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パソコン通信からインターネットへ

サブカルチャー世界遺産

サブカル世界遺産保存委員会『サブカル世界遺産』(扶桑社、2001)

山形浩生(hiyori13@alum.mit.edu)



 むかしむかし、いまから 15-20 年近く昔、CPU が 8bit から 16bit に移行しつつありクロックはせいぜいが 10MHz 単位で、不動にして不倒と思われた PC98 シリーズの圧制と各種「独自標準」なる代物のくびきに日本人民があえぎ苦しみ、一方でダイナブックが20万円ちかくの低価格で人民に希望をもたらし、一方マッキントッシュがステップの並行輸入商法を通じて日本人にも for the rest of us の福音をもたらしつつあり、X68000 がつっぱり、という世界が展開されていたのであった。

  で、当時、時代はパソコン通信。1200 ボーで、違法コピーの「まいとーく」を使ってつなぐ通信は、画面に文字が一文字ずつぱらぱらとあらわれて、いまにして思えば風情があったな。大手パソコン通信となると NiftyServe と PC-VAN や AsahiNet は、Asahi が若干素人っぽい感じがあった、かな。もうむかしのことなので忘れてしまった。でもいまの各社のパソコンと同じで、五十歩百歩って感じ。唯一、日経 MIX はかなり異質なナビゲーション方式でとっつきにくかったし、ちょっとお高い感じが個人的にはしていた。

  そしてそういう大手に対して、各地にはチマチマと、趣味の人たちが独自の「草の根 BBS」というやつを組んでいたのである。

  大手も小さいほうも、基本は自分の趣味関心にしたがってそれぞれ、適当に部屋にこもって他愛のない雑談と内輪のけんかに終始するという、まあ平和なものだった。草の根BBSはもちろん、地域別とか趣味別に設置されていて、参加するにはその持ち主の家や事務所に直接電話をかけなきゃならない。人数が増えるとすぐに回線がパンク。参加人数と、管理者の熱意やジャンルのニッチ度がつりあっていれば、ちんまり平和につづいていたのだった。大手の場合は、みんな適当に関心別にわかれて似たようなことをやっていた。

   いまにしておもえば、内輪だけがたむろする平和な世界ではあった。そしてまたそれは、境界がきっちりと引かれた、管理の世界でもあった。何をやっても管理者の手のひらの上で、そしてその管理者も、経営陣の思惑の中でしか動けず……

   そして今にして思えば、ひどい世界だった。閉じた世界の常として(いかにも日本的ではあるのだけれど)、そこはじめじめとした不文律の世界。内輪だけの隠語体系。ローカルルール。既得権益にあぐらをかく常連と無言のヒエラルキー。新規参加者へのプレッシャーと非関税障壁。いやよくあんなのにがまんしていたものだ。気に入らなくても新しく自分で場をつくることもままならない……

  そこへ、インターネットがやってきた。

  さいしょはこれもエリートだけの世界で、大きなパソコン通信と変わらなかった。ニュースグループの日本語を使うfjの閉鎖性、排外性、雰囲気の悪さ(特に新規参加者への)についてはいろいろと逸話がある。でもネットが一般化・大衆化するにつれて、状況は一変した。

  なんでもあり。ほかが気に入らなければ、自分で自分の場をつくれる。うるさくあれこれ指示されることもない。さらにリンクというのがどんなに驚異的なものだったか、想像つかない人も多いだろう。どんな場も、潜在的にはほかと接続されるし、知らない人が乱入してくる可能性、だれかに見られている可能性はいつもある。

  そういうレベル以上に、web でいきなりマルチメディアできるようになった衝撃は大きかった。おかげでパソコン通信は、大きな危機を迎える。日経MIXは店をたたんでしまったし、NiftyServe等はインターネットのプロバイダとして方向転換をよぎなくされる。そのなかでAOLの手口はおもしろかったんだが、それはまたべつの話。

  サブカルチャー的な役割は? うん、パソコン通信もインターネットも、ある種のアンダーグラウンド・サブカルチャー的なコミュニティにとってのインフラ的な役割を果たした、とはいえるだろう。いろんなレベルで開かれた各種コミュニティや組織がその中でうごめいている。

  そしてもちろん、インターネットはそんなサブカルレベルをはるかに超えるインパクトをもたらした。ネットは、IT 革命という(おそらくは)幻想を生み出すだけの力は持っていたし、革命までいかないにしても、それなりの新しい産業を支えるだけの力量はあった。パソコン通信ではIT革命は不可能だ。意図的な管理放棄、意図的な放任(これが意図的だというのは重要なことだ。ちなみに日本のネットは、初期はかなり管理されていて、メールの検閲まで一部では行われていた)、特に商業利用の容認によって、ネットはそれ自体がサブカルチャーの出自でありながら、メインのカルチャーに大きなインパクトを与えるようになった。

   それとの関連で、このパソコン通信、インターネットの影響は、長期的にはことばの問題に帰着するだろう。日本で、これほど大規模に、人が自分のことばを不特定多数の目にさらす機会を持ったことはなかった。ことばだけを通じてコミュニティを形成する実験も。あらゆる集団は、自分と他を区別する排外性と、そして自分が拡大するための公開性のバランスの上になりたつ。パソコン通信もネットも、そういうバランスの壮大な模索の場として機能している。そしていま、すでにその過程でことばの変質がはじまっている。一部の作家とかが、パソコン通信やメールという形式をまねた作品を発表しているけれど、かれらは実際のことばの変化をとらえきれていない。もっとストレートで、オープンなことばのあり方が、いまだんだん出現してきているし、それはすでに企業や役所なんかでも、じわじわと情報交換の形態を浸食しつつある。いずれこの影響が、もっと目に見える形で出てくるだろう。



 「そのとき、詩はすべての人によって書かれ、そしてゾーンにはエミューがいるだろう」

——クリス・マルケル



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YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>