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第 2 回世界ハッカー会議 Beyond HOPE 見参!

(Eye-Com 1997 年 10 月号 終刊号)

山形浩生


 「なに? ハッカーってーと、あの人のシステムに侵入してデータ壊したりクレジットカードの番号盗んだり、世界大戦始めたりする連中のことかって? バーカ、なめた口きくと殺すよ。無知なくだんねーゴシップマスコミの無責任報道を鵜呑みにしやがって。脳味噌再フォーマットされたい? どうせあんたみたいなタコ、ウィンドウズ 95 にインターネットエクスプローラなんか使ってんだろ。そんな MS の走狗が何きいたふーな口たたいてやんでぇ。うちのサイトに来てごらん。一瞬でシステム落として、ついでにハードディスク抹消したげるぜ。おれたちエライから、そーゆーことしねーの(できるけど)。そんなママゴトで喜んでんのは、青臭くてせんずり臭いクラッカーって連中よ。おれたちの真の姿は……」

 というわけで、蒸し暑い NY の真夏の 8 月 8 日、ダウンタウンのパック・ビルディングは異様な集団に囲まれていた。年齢 13 から上は 50 以上だが、おおむね前半よりの 20 代というところだろうか。そのほぼ半分近くが、インダストリアル系ロックの大御所ナイン・インチ・ネールズの T シャツや帽子を身につけ、ある者はラップトップを抱え、ある者は早速 CD-ROM を売り歩き、ある者はステッカーやポスターを抱えてしきりと出入りを繰り返す……

 この会議、3 年前にもここニューヨークで開催された。題して Hackers On Planet Earth、略して HOPE。今回は第 2 回目なので Beyond HOPE。HOPE の彼方と読むか、あるいは希望が持てる範囲を越えている(つまりは「絶望的」)という意味にとるかは、人によってわかれるところだ。


ニューヨーク市もスピルバーグ映画もハッキング?!


 会場となったニューヨークの街は、すでに開催数日前から密かにハッキングされつつあった。市内いたるところには HOPE 開催を告げるポスターがベタベタと貼られたが、それだけではない。公衆電話についている電話会社 NYNEX のマークが、いつの間にやら HOPE のロゴ入りステッカーに貼り替えられていたのだ。なお主催者のハッカー雑誌『2600』は、この件について一切の関与を否定している。

 このロゴ、アメリカの電話会社で共通のベルのマークとほぼ同じなんだが、よく見るとひびが入っている。これはリバティ・ベル、アメリカ独立の際に打ち鳴らされてひびが入ったという、自由の象徴なのだ。

 なお、この公衆電話のロゴハッキングが集中的に行われたタイムズスクエアでは、たまたま(いやホント)スピルバーグが来年夏公開予定の映画の撮影中で、「あれは絶対映っちゃったよ、うん」。さらにはそのステッカー貼りのハッカーたちが多数エキストラに(しかも最前列に)まぎれこみ、本会議は図らずも映画ハッキングという新分野の幕開けを告げるものとなった。


セキュリティ専門家としてのハッカー


 前回の会議は、アメリカで通信機器に設置が義務づけられようとしていた暗合化装置クリッパーチップの反対運動の盛り上がりの中で開催された。同時に有名ハッカーのファイバー・オプティックが逮捕投獄され、この世界もきなくささを増している時期だった。

 今回の会議は、それ以来かなり状況が見えてきた中での開催だ。

 一つには、プロ化の動きがある。ファイバー・オプティックはある大企業のセキュリティコンサルタントとなっている。最初のパネルも情報セキュリティ審査コンサルタント座談会。かれらはこの会議をモロにリクルートの場として位置づけていた。「犯罪歴があるとウチでは使えないのよ。イタズラ小者ハッカーより、ちゃんとシステム管理とかの経験があるほうがいいね」。

 コンピュータのセキュリティをめぐる問題点もほぼ見えてきた感じだ。暗号技術などはもうかなりの水準に達し、すでに問題はその使い方となっている。企業情報の大半は、人や書類を通じて漏洩している。もちろんコンピュータの不備はまだある。だが最終的に、コンピュータセキュリティは総合的な情報セキュリティ対策の一部でしかない。

 ケヴィン・ミトニックの一件でもわかるが、それを無視して、ハッカーだけを悪者とし、スケープゴートにしたがる傾向が強い。コンピュータについては一般の知識が浅いため極端な法ができたり、不合理な判決が行われたりするケースが多々ある。それに対してロビイングや法廷闘争を展開している団体多数が報告を行った。ファイバー・オプティックの獄中生活談などとともに、会場にはきわめて真剣な空気が漂っていた。


きみたちにプライバシーはない!


 参加者の多くはプライバシー保護に大きな関心を持っているが、今回異色だったのは政府や保険会社などに雇われて、いわばプライバシーの侵害を職業とする民間捜査官の講演だった。開口一番、「きみたちにプライバシーなんかない。その気になればほとんど何でもわかる! きみたちの知らないところで、ありとあらゆる情報がデータベース化されて市販されているんだ!」

 その実例が次々に挙げられ、参加者の多くが唖然。「どうしても匿名性を維持したいなら、飛行機のチケット以外は現金を使え! 絶対必要でない情報は出さないこと! 外国で死んだ人間の社会保障番号を狙え! XX国では、金さえ出せば国籍が買えて正式なパスポートが出る!」

 後に人身御供が志願して、個人データ取得実演が行われたが……いやすさまじいの一言。


「全商品無料でーす!」


 しかしシリアスな話題もさることながら、やっぱハッキングの醍醐味はいたずら。そして今も昔も、一番危うくて反応がおもしろいのは人間だ。

 というわけで、会議の一つの山はソーシャル・エンジニアリングのセミナーだった。人からほしい情報を聞き出してしまう手口の紹介。「人は責任をとりたがらない。責任を肩代わりしてあげようと言えば一発!」「オフィスの秘書とかに、簡単なこと(サーバの電源を入れるとか)を頼むとホイホイやる」「自分も同じ立場だと強調してタメ口きくと、あっさり口を割る」

 前回も異様な盛況だったこの企画、今回はステージ上での実演つき。その場で適当に電話をかけて、ビデオ屋から赤の他人の個人情報をバンバン聞き出すわ(「お、それはおれの離婚した女房だ! 住所は? 云々」)、AT&T の回線ダウンの原因を聞き回るわ。あげくの果てに近くの某大型スーパーの構内放送システムに電話で侵入してデタラメな店内アナウンスをして(「みなさーん、本日店内全商品無料でーす!!」)、場内は大爆笑。

 一方で講演会場となりのコンピュータ室では、ハッカーたちが端末にかじりついて己の腕を披露しあっていた。そして会場のあちこちでは、会期中の三日間というもの昼夜を問わず、怪しげな情報が縦横に飛び交っていた。

 「……ところでさ、あくまで噂なんだけど、年末にかけて某表計算ソフトねらいのウィルスが出るとかって聞いてない?」「これからはやっぱ遺伝子ハッキングらしいよねー。こいつはすげーよ。次回はみんな遺伝子組み替えで尻尾はやすって……」


HOPE 公式クッキー!―― 一口できみも Major Hacking!

 準備で走りまわっていたスタッフが、近所の店で見つけたのがこの Major Hacking クッキーだった。「すんごいハッキング」クッキー! まさにハッカーのためにつくられたような名前。しかもこれがなかなかうまい。ピーナッツバター味にチョコチップ、ナッツ&レーズンと種類も豊富。天啓だ!

 というわけで、このクッキーは即座に HOPE 公式クッキーに認定され、会場でも飛ぶように売れていたのだった。さらに、なんだかんだで、製造元社長のハッキング少佐(メイジャー)が夫婦でわざわざ会場に登場してあいさつ! じいさん、やるじゃーん、と一同大喝采の一幕だった。

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