Mag X 連載「山形浩生の世界を読み解く叡智:結局、そういうことだ」 (2011年)

2011年1月号 連載第21回:中国と日本の文化振興策

文化とは何か、と言い出すときりがなくて、人が動物や自然界と己を区別する(と思っている)行為すべては文化の範疇に入る。その中で何をありがたがるかというのは……これまたその文化の選択ではある。

 ただ一般にぼくたちは、絵とか詩や小説とか音楽とか踊りとか、それ自体は実用的な意義を持たないものに「文化」というレッテルを貼る。音楽や小説や絵は、別に生産効率を上げるわけでもなく、それ自体で生活の利便性を高めたり人の腹を満たしたりすることもない。それでも、人はそこに価値を見いだす。アーティストは、お金のために作品を作るのではない、創作それ自体の喜びのために作るのだ、と言いたがる。そしてそれは完全にはウソではない。目先の儲けや生存に直結しない活動ができることは、それ自体が生活の豊かさの証ではある。

 一方で、文化に価値を見いだす人はそれに対してお金を出す。そしてまた、文化的な意匠が各種の商品の添え物として非常に有効なのも事実だ。お金のためにやるわけではないが、でも間接的には夫姉につながる——それが各種の文化振興策の一つの根拠でもある。

 が、振興策で安易に振興しないのも文化活動の困ったところだ。ゴッホにもっとお金をあげれば、もっといい絵をたくさん描いただろうか。実は、そういうエサで創作や文化活動を釣ろうとしてもよいものはできない、それ自体の楽しみから絵を描いたり音楽をやったりする人でないと、よい作品にはならないという実験結果もある。

 お金を見ないようにしつつお金を気にする。振興の意図を意識させないように振興させる。こういう矛盾したことを同時にやらなくてはいけないので、文化振興は難しい。

 実は世界で近年、文化的な核として成功したところを見ると、いくつか共通の特徴がある。パリのカルチェラタン、ベルリンのノイケルンやフリードリッヒシャインなど、ニューヨークのグリニッジビレッジなど、どこも寂れて荒廃し、見向きもされなかったところに貧乏アーティストたちが、安い家賃だけを理由に大量に集まり、それがおもしろい地域を作りだした。放置され、何も手出しされないことこそ、最大の文化振興策なのかもしれない。

 実は先日北京にでかけたんだが、そこでは実質的に政府主導のアーティスト街789 芸術地区が作られている。国営工場のまわりの、工員宿舎や倉庫をそのままアーティストに開放している地区だ。このやり方は、上に挙げた文化拠点の成功原因を非常によく理解したものとなっている。そこで作られている作品を見ると、特にレベルが高いわけではない。でもそれがちょっとおもしろい地区の雰囲気を作りだし、観光拠点になっている。そしてファッション街やデザイン街を隣接させて産業にもつなげようとしている。文化政策、産業政策、都市計画がうまく融合させ、直接はお金にならなくても、その周辺に経済活動が発生するような仕組みが作られている。

 日本の場合、文化振興策というと、なにやら立派な美術館を作ったり音楽ホールを造ったりするのに血道を挙げることが多い。そして運営予算は雀の涙で、えらい芸術家や先生を座長に呼んでは見るものの、何も活動が伴わずに赤字を垂れ流すだけとなり、数年後に議会で追及されたりする。それは日本で、お茶やお華など各種の文化活動が、型の概念に基づく家元制という利権まみれの官僚機構と同義になっていることの一つの結果なのかもしれない。各種文化活動にはすでに決まった型があり、それを知っているえらい人がいて、そのえらい人さえまつりあげておけば安心というわけ。確かに、それでまわる世界もあるんだが、その適用範囲はかなり限られている——といったあたりが明らかにわかっていないのが、日本の文化振興の限界ではあるのだ。

近況:インドにきておりますが、ここ数年での変化は半端ではなく、目を白黒させております。タタのナノも初めて走っている実物を見たが、思ったより大きかった。


011年2月号 連載第22回:(原稿紛失)


2011年3月号 連載第23回:日本の停滞と外国展開のすすめ

 2011年の日本が2010年や2009年に比べてことさらマシになるという見通しがあるかといえば……ない。政治的には、民主党政権がこのまま続くわけはないのは当人たちもご存じなので、是が非でも時間稼ぎをして選挙までとにかく延命をはかるだろう。

 それはつまり、政治的には現状が続くということだ。そして経済のほうも、いまの政権の人々は経済のそもそもの仕組みについてまともな知見を持っていない。だから目先の思いつきだけで小手先の朝三暮四が経済政策だとかんちがいし、結局本質的なところは官僚や日本銀行の意のままに操られ、何も変わらない。経済全体に出回るお金の総量が変わらないので、経済自体も大きくならない。お金を使わないのが一番安全というデフレ経済の中で、人々は消費を尻込みし、それが経済全体の沈滞を引き起こす。

 その状態はたぶん今年も続くだろう。

 いや、一層悪化するかもしれない。ちょうどいま、民主党の内閣改造の人事が決まったようだが、もうしばらく前から大増税路線まっしぐら、さらに金利を上げると景気回復するというトンデモ理論信奉者が官房長官で、デフレ解決どころかそれを悪化させそうな与謝野が入閣らしい。これでは経済回復は一切期待できない。経済とは関係なく人は幸せになれるとかいう人がいるけれど、そういう人には具体的にこの状況でどうみんなが幸せになれるか、教えてほしいもんだ。

 むろん、単発ではよいニュースもあるだろう。でも日本全体のパイは限られ、その中での取り合いになる状況は変わらない。

 で、ぼくたちにできることはというと……みんなとりあえず自分の既得権にしがみつくしかない。するとそれがさらに経済を悪化させて社会も沈滞し……

 というわけで、国内では明るいことが何も言えないのだが、強いていうなら、外国に出たほうがいいかもしれない。いまこの原稿はベトナムで書いている。ベトナムは、あれこれ問題も多いけれど、これから成長するのは確実だ。こちらにきている企業の人と話すと、日本はもう現状維持を考えるだけだけの後ろ向きの環境だけれど、こちらでは事業の拡大や発展を前向きに考えることができると、いかにもうれしそうだ。昔は東南アジアの事業所に派遣なんていうと左遷まがいの場合もあったが、いまや全然違う。

 これは日本だけじゃない。欧米の銀行でも、いまやニューヨークやヨーロッパ勤務よりは香港勤務やシンガポール勤務のほうがうれしいという。成長して需要が明らかにあるところのほうが、仕事は絶対におもしろいし、それ以上に楽だ。縮小する市場でがんばるのはむずかしい。ものすごく運がいいか、ものすごく有能でないとなかなか続かない。

 それに比べ、パイが成長していれば、そんなに有能でない人もビジネスチャンスはある。失敗してもしばらくすれば次の機会は出てくる。普通の人が普通にがんばれば、十分に成功できる環境だ。

 そして今なら、日本人であることだけでそれなりに競争力はある。現地に出ている企業も、日本人マネージャを探しているし、多少現地事情を知っていれば結構珍重される。

 むろん、だからといって今年いきなり外国を目指せというんじゃない。でも、日本人であるというだけで優位性がある時期も、たぶんあと五年くらいじゃないかな。現地のマネージャーも育ってきているし、日本企業の進出もいつまで続くか。というわけで、そういう脱出口も少し横目でくらいは見ておいた方がいいかもしれない。むろん、その後もインドやさらにはアフリカへの進出で、それなりの需要は出るかもしれないけれど、アフリカ暮らしは結構きつうございますし。

 むろんそういう思い切った方策に頼らずとも、日本でごろごろしつつ平凡な人がふつうにがんばって普通に成功できる、成長環境が日本でも復活することをぼくは祈ってはいる。が、この祈りは少なくとも現実を見る限り、どう見ても報われそうにないんだよね……

近況:というわけでベトナムにきていますが、不要で無駄なものを政治的な要請でもっともらしく見せる仕事なのでちょっとげんなり。


2011年4月号 連載第24回:研究資金はOBにも頼ろう

 日本の大学のレベルが低いんじゃないか、というのはしょっちゅう言われることではある。が、それが具体的にどういうことかというのは、なかなか難しい。論文の数、ノーベル賞の数、卒業生の企業における即戦力、何で見ようか?

 正直いって、純粋理論的な面でぼくは日本の大学が特に劣っているとは思わない。ノーベル賞だってそこそこ取っているし、えらい研究者もたくさんいる。ただ日本とアメリカの両方で教育を受けた身として感じるのは、実学とのつながりという点において日本は弱いなあ、ということだ。

 アメリカだと、工学部の先生(いやそれ以外でも)はたいがい自分でもビジネスをやっている。そして講義で教えるいろんな内容が、外での応用とどう結びついているかを常に教えてくれる。外部の人をつれてきて、議論するチャンスも多い。

 先生だけじゃない。特に大学院は、日本では入院とまで言われ、かなりの比率で社交性に問題ある人や就職に失敗した人が時間稼ぎにいくところだったりする。もちろん学部から直行する人がほとんどだ。でも欧米では、一回就職した人がキャリアアップに行く。生徒のほうも、アカデミズムの外の世界を十分に知っており、教授ごときに簡単に説得されたりはしない。「オレの経験ではちがう」と平気で口答えするし、教える側もそれに対抗すべくかなりの努力が必要だ。

 そしてその緊張関係が、講義もおもしろくする。またその講義から得られる知見の応用についても、いろんな可能性を作り出す。欧米の大学はベンチャーを生み出しやすいと言われるし、日本でも大学にベンチャー支援だの、企業と教授とのマッチングサービスだのがいろいろ試されてはいる。でもぼくは、最大の要因は学生と教授陣のこうした経験の差だと思うのだ。

 たぶん日本でも、卒業して就職してから「ああ、あのときの講義はこういうときに使えるのか、もっとまじめに授業に出るんだった」と思うことはあると思う。でも、日本ではその後学校に戻ることは(あまり)ない。欧米では、結構ある。そこに差が出ると思うのだ。

 もちろん、教授陣や生徒をそっくり入れ替えるのはむずかしい。就職のシステムもかなり変えないと、これは実現できないだろう。日本の大学で教授陣がさらされる雑用の多さもあるし予算取りも云々。でも、外との関係をもっと強化する方法はあると思うのだ。そしてそれを通じて大学の研究室運営だって変えられると思う。それは、OBにもっと頼るという方法だ。

 たとえばいくつかの大学が、人工衛星打ち上げの国際コンテストに参加したときの様子を描いた『上がれ! 空き缶衛星』という本がある。コンテストへの参加自体がえらく苦労したようだし(就職とか論文書きとか)、そのための費用捻出に研究室の教員たちはずいぶん困ったというんだが、その費用が百万円とか。さて、そんな程度のお金なら、OB回りして寄付をつのれば? それがいかにおもしろいプロジェクトかプレゼンテーションして、四、五万円ずつ出してもらえればすぐに実現だ。その研究室のOBなら、プロジェクトの意義だってすぐわかるだろう。資金集めも重要な技能だよ。

 たぶん資金集めに限らず、OBに頼れる場面はもっと多いはずだ。アメリカの大学では、修士論文の研究テーマをOBから募集したりする。生徒や教授はテーマ探しの幅が広がるし、企業は無料で調査してもらえるし、どっちもお得だ。それ以外の研究のヒントや支援だっていろいろあると思うんだが。

 ひょっとしたら、いまの大学にはこれをやりにくくする仕組みがあるのかもしれない。企業側でもこれをしたくない理由もあるだろう。でも、企業でなくてもOB個人だっていろいろできると思うんだが。いまはOBは、就職のときにあてにされるだけなんだが、それじゃつまらない。そこらへん、いい仕組みを作れば日本の大学が特に欧米に(そしてアジア各地に)負ける理由はないはずだと思うんだが。

近況:チュニジアとエジプトの様子をかたずをのんで見守っているが、打倒独裁政権とかツイッターでわめいているお調子者たちはだまれと思う。


2011年5月号 連載第25回:北アフリカ動乱、東北震災、インターネット

 もともと今回は,北アフリカ情勢についての話を書く予定だったが、ご承知の通り状況がまったく変わってしまった。今日は震災後三日目、まだ原発危機が終わっていない状況だし、まだ何も落ち着いたとは言えない状況なのだが、本稿が出る頃にはそろそろ落ち着いて、復興に向けての動きが始まっているだろうか。

 が、北アフリカの場合と今回の震災とで共通して、一つ思うことはあった。それはインターネットの役割だ。

 北アフリカにおいては、ツイッターやフェイスブックが人々の結びつきを作り、それによりデモが拡大したと言われる。ただ、これだけでは話がまったく不十分で、人々が結びつく原因となる不満というのが何だったのか、というのは未だにわからない。独裁政権への不満というのは、事前にはそんなに強くなかったし、貧困者の不満という話も、今回騒動のあった国ではそんなに大きくない。大卒者の失業問題と、食料価格の高騰くらいが考えられなくもないが、それについては今後こうしたデモの発生過程についての細かい分析が必要だろう。

 ただ、いったんデモが起こり始めたときにネットがその拡散ツールとして大きな役割を果たしたことはまちがいない。そしてまた、既存のメディア、特にアル・ジャジーラもまた非常に優れた報道を行い、必ずしもネット利用者ばかりではなかったデモの形成に貢献した。ネットと既存メディアとの絡み方が、一連のデモとその国際的な伝搬を過去にあまり例のないものにしていたとぼくは思う。

 一方で、日本の震災においてもネットの果たした役割は多かった。一瞬でダウンした電話やケータイメールに対し、インターネットだけは異様な堅牢性を示し、東京においてすら地震当日の夜はツイッターなどが唯一あてになるメディアだった。そしてその後、原発事故の展開においても、デマやパニックなどは流れたものの、だんだん信頼できる情報源が特定されるにつれて(たとえば東大物理学科長の早野龍五教授など)、人々の安心を維持するのにいちばん有効なツールとして機能したように思う。

 これに対し既存メディアは、完全な役立たずぶりを露呈した。一部、津波の映像や福島第一原発の外構爆発の映像などでは手柄があっただろう。またラジオも威力を発揮したと思う。だがそれ以外の報道は、悲惨な映像を撮ろうと被災者をいたずらに怯えさせ、各種の記者会見では無知なうえに明らかに不勉強な記者が、えらそうな態度で口汚い取材を展開し、記事や報道も明らかに自分でも理解していない話をひたすらショッキングに描くばかりで不安をあおるばかり。

 そして事態の急激な変化に対し、特に新聞はまったく対応できなかった。原発の爆発でも、事態が一応沈静化した翌日になってでかでかと「原発爆発」などと見出しを掲げて話を蒸し返すのみ。そして何とか紙面や放送時間を埋めようとして、ショッキングな映像を繰り返し流し続けて不安と絶望を拡散させるだけ。

 おそらく、リアルタイムで事態の進行を追っていた人々は、こうしたインターネットと既存メディアとの落差を如実に感じたことだろう。それは事態が落ち着いたあとに、メディアの役割の見直しを迫ることになるんじゃないだろうか。いまこれを書きながらも、東北地方の復興はすでに始まりつつあるようだけれど、たぶんそれと並行しておそらく、メディアって何するものなのか、という見直しもすすむんじゃないか。もう新聞やテレビが速報だの号外だので情報伝達をすることに意義はない。前から言われていることだけれど、紙メディアは(欧米の新聞や雑誌がそうであるように)速報性ではなく、少し落ち着いた分析の提供に存在意義を見いだすしかないんじゃないか。

 その中で、北アフリカで見られたような,ネットと既存メディアの望ましい(と思うかどうかは人によるかもしれないのだけれど)コラボの方向性がだんだんできてくるんじゃないかと思うんだが。

近況:一方で今回は、情報乞食になってネットをあさりまくる不毛さも思い知った。ネットを切って外に出ると、世界はまったくちがって感じられる。


2011年6月号 連載第26回:リビア情勢

日本にいるとつい、「いまや世界の目は日本を注視している」と思ってしまいがちだけれど、欧米のまともなメディアを見るとそんなことは全然ない。なぜかといえば……状況に変化がないので、新しく伝えるネタがないのだ。震災処理は相変わらず、原発も相変わらず。政府も相変わらず。ちなみに、一部の自称識者は、日本のメディアは政府とつるんで情報隠蔽していて、外国メディアのほうが信用できるとのたまっていたが、往々にして各種報道の食い違いは外国メディアのほうの勇み足だったりする。かれらだって自分で原発に突入できるわけじゃなし、情報源は東電や日本政府しかないのだもの。

 ではこの4月上旬、国際的なメディアが何に注目していたかといえば、リビアだ。北アフリカの一連の民主化デモが飛び火し、デモ鎮圧でカダフィが一般人を虐殺するに至って軍の一部も造反、国内の反カダフィ勢力と組んで雪だるま式に盛り上がり、一時はカダフィ勢をトリポリに追い詰めたものの、反攻にあって劣勢になったところで多国籍軍が加勢。執筆時点では、カダフィが和平提案をのむようなのまないような、はっきりしない状況にある。

 さてこのリビア情勢は、日本からは遠いし、日本はいまそれどころじゃない事情もあるのであまり報道もされない。そして、すぐに健康に影響が出るレベルの話ではない。

 が、長期的にはきいてくるだろう。それはやはり原油の生産にかかわってくる。リビアの原油の産出量はサウジアラビアほどではないにしても、かなりの水準に達する。多国籍軍の攻撃も、カダフィによる市民虐殺が口実ではあるけれど、やはり石油の安定供給目当てといわれても仕方あるまい。いちばん熱心だったのは、パイプラインでつながっている欧州各国でもあったし。

 ちなみに反カダフィ勢は、当初は「石油目当ての外国の支援はいらん!」といきまいていたものの、劣勢になると多国籍軍サマサマ状態。まあ背に腹は代えられないので、仕方ないだろう。とはいえ、問題はこの後だ。カダフィは本当に和平に応じるのか? 和平交渉が決裂して内戦が慢性化したら、当然ながら原油採掘とパイプラインにも影響が出る。そうなると、世界の原油供給も逼迫することになるだろう。今後、原発が動かせなくて化石燃料(主に天然ガスなので、石油とは直接関係しないにしても)に頼らざるを得ない日本にとっても、かなり高い買い物を余儀なくされるということでもある。

 本当は、こういうリスクがあるからこそ脱石油のために原発を、というのもかつての安全保障の論理としては強かった。が、いまやもちろん、原発のリスクのほうが圧倒的に顕在化してしまっており、そんな議論を持ち出す余裕もない状況ではある。でも、実際に財布を出す段になれば、やはりみんな文句を言うことにはなるだろう。

 そういう事態にならないことをみんな祈っている。これですっぱり戦闘がおさまり、カダフィが責任取って退陣して二度と顔を見せず、あとは何事もなかったように日常回復…… エジプトやチュニジアは、それに近い状態になりそうだ(まだわからないが)。が、リビアはすでに結構なすでにかなりの交戦が行われており、死者も多数出ている。何もなかったような顔はしにくいんじゃないか。カダフィだって、大人しくひっこむ柄じゃないし……

 実は多国籍軍攻撃前夜、イギリスの『エコノミスト』は驚いたことに、多国籍軍はカダフィを重点的に見つけ出して殺せ、とはっきり述べていた。一応、国際的な決まり事としてそういうことはやっちゃいけないことになってはいる。でも、カダフィがいなければ現政府軍はまとまりを、トリポリは2週間で陥落する。混乱を長期化させないためにはそのほうがいいのだ、と。

 幸か不幸か、今回はそういう事態にはならなかったわけだが、すると話をどこに落とせばいいのか、現時点ではまだだれにもわからない。

近況:先月の今頃は、一ヶ月もすればもうすべて落ち着くだろうと思っていましたが、地震も原発も政府の無能ぶりもここまでひきずるとは……

(pdfのゲラバージョン)


2011年7月号 連載第27回:原発事故の影響

 原発事故は、沈静化してきたとはいえ長期化が確定だ。こんな状態と年単位でつきあわなくてはならないかと思うとうんざりではあるが、他にどうしようもない。

 それに伴い、日本以外の反応や報道も落ち着いてきた。当初の報道は、日本のみならず、諸外国もろくでもないものばかりだった。これは仕方ない面はある。メディアはインパクト重視だし、煽るのが仕事だ。それにあの水素爆発映像の衝撃は比類がなかった。今後、世界の反原子力運動のシンボル的な映像となるだろう。そして未だに放射線がフランスまできたとかハワイまできたとかいったヨタ報道が出るのも、まあやむを得ない。みんな知らないんだし(ぼくも含め、日本人のほとんどだって、今回冷や汗流しながら勉強して知識を蓄えたのだ)、不安がるのも当然だろう。

 でも、しばらくするうちに、それもおさまってきた。というより、目新しい情報が出てこないので、それ以上の報道がほとんどされないだけなのだが。日本では、格納容器の温度がちょっとあがれば大ニュースだが、遠くの人々にとっては「まだ収拾ついていない」でおしまいだもの。

 しかしそれと並行して、各種の輸入規制や入国検査の強化が出つつある。日本からの農産物には放射線証明書を義務づけたり、関係ないところまで含めて輸入禁止にしたり、日本からの旅行者がえらくきびしくチェックされたり。

 さてこれらの判断や処置が過剰反応かといえば、もちろんそうだ。意味があるかといえば、ないだろう。

 でももちろん、こうした判断は別にガチガチの科学的根拠に基づいて行われるわけではない。その国の国民が日本産は不安だ不安だナントカしろと騒ぐなら、そこで科学的な根拠をギチギチ詰めるよりは、面倒くさいから全部輸入禁止にしたほうが簡単だし、過剰反応だと言われた場合でも「国民のため万が一をおもんばかって厳しい措置をとった」と言い逃れができる。たぶんそう言ったほうがウケがいいだろう。くわえて幸か不幸か、別に日本からの輸入を止めて困るような食品はほとんどない。

 あるとすれば、日本料理屋は困るかもしれない。在外の多くの日本料理屋では、材料を日本から空輸している。余談ながら、いつぞやスリランカの日本料理屋でインドマグロの刺身が出た。目の前のインド洋で採れたんだからさぞ新鮮だろうと思ったら、「築地から空輸してます」と言われてのけぞった。インド洋のマグロでも質のいいものは全部日本にいくし、スリランカで水揚げされる分なんて量が不安定すぎてダメなんだと。でも、それが停まったところで、スリランカの多くの人には関係ない。

 それに……日本のニュースを見ていても、やれ魚から基準値以上、山菜から基準値以上、ほうれん草から基準値以上、水道水から基準値以上と、何がくるかわからない状態だ。他の何から検出されるかわからない、と言われれば至極ごもっともだ。面倒みきれないから、輸出する前に自分でチェックしといてくれよ、と言いたい気分もよくわかる。日本人だって、中国のほうれん草の農薬だの狂牛病だので同じことをしていたわけだし。

 だから不満ではあるけれど、あまり文句を言える立場でもない。それにこうした規制も、年末くらいにはどんどん緩和されるかなくなるだろう。原発方面も新しいトラブルはもうないと願いたいし、それにつれて世界の人々も忘れるか、気にしなくなる。何も出ませんというのが続けば、向こうも規制する理由はなくなるだろう。それに加えて各国の日本大使館がちゃんと要望し続ければ、比較的短期でおさまるはずではある。

 ただそのためには、福島原発がなんとか制御できるようになって、もうこれ以上は絶対にでかい放射性物質の放出はないことを示せるようになる必要がある。そして土壌や食品の放射線データも常に更新し続けて、何も出ない状態が十分続いていることを見せなくてはならない。

 それは結局のところ、通常の信頼回復プロセスというやつではある。それをきちんとやってもらうためにも、まず日本国内できちんとした情報の流通と評価ができなくてはいけないんだが。大丈夫、と思いたいところだ。

近況:GWは珍しく国内で瀬戸内観光をしてまいりました。やっぱ車があったほうが便利。


2011年8月号 連載第28回:ビン=ラディン射殺と北アフリカ情勢

 ビン・ラディンがついに見つかって射殺されたというニュースは、すでに旧聞に属するどころか、これが掲載される頃にはみんな忘れているかもしれない。

 かれについて基礎的な知識を得ようと思ったら、やはり何をおいてもライト『倒壊する巨塔』を読む必要がある。アルカイダという組織について思想的なルーツから解き明かした上下巻の長大な本で、ビン・ラディンはその中の三割程度の記述だけれど、アルカイダを理解せずにビン・ラディンを語ることはできないんだし、無法におもしろいので絶対に読んで損はない。

 ビン・ラディンはサウジの大ゼネコン財閥に生まれ、石油で潤っているだけでまともな産業も職もないサウジアラビアの環境の中、自分の存在意義について悶々と不満をつのらせる。そして熱心なイスラム教徒からだんだんと、イスラムの聖地からアメリカを追い出すべきだ、諸悪の根源はアメリカだという思想に走り、純粋なイスラムを求めてアフガニスタンの反ソ連ゲリラに参加はしてみる。だが甘やかされて育った戦闘経験もない頭でっかちなビン・ラディン一派は何の役にもたたず、単にサウジのお金をアフガンに流すだけの存在となる。だがやがてだんだん、同じように自分の存在意義に不満を持つ頭でっかちの連中が増えるにしたがって、アルカイダは徐々に組織力を増し……

 そこに参加する人々は、ある意味で世界中どこにでもいる連中だ。ちなみにアルカイダが出しているとされる、英語のリクルート雑誌と称するものがある。正真性を疑問視する声もあるが、なかなかよくできている。中身はあまりレベルの高くないプロパガンダ雑誌だ。「さあ、今日からキミも聖戦士」「台所用品でできる簡単な爆弾の作り方」「AK47整備方法」「アメリカの犯罪とイスラムの大義」……

 その雰囲気は日本の2ちゃんねるでよく見かける人々に似ている。なにやら自分が正当に評価されていないと思い、日本はすばらしいとわめきたてて、アメリカや中国や韓国のいいなりになるなとひたすら書き続ける。無力感とエリート意識と被害妄想のかたまりを垂れ流す人々がいる。日本なら、それが爆発すれば秋葉原事件だ。アルカイダもある意味でそれに近い。

 さてアメリカがビン・ラディンを射殺したのは正しかったのか? ここで道義的な問題を云々してもあまり意味はないだろう。正当性はあったと思う。でも、それで何か変わるだろうか? そこに象徴的な意味以上のものがあったのか? 最終的には、それが各種のテロ軽減につながるか、というのが重要になる。アルカイダは中心を持たない分散的な組織だから、ビン・ラディンを殺しても無駄だという意見もあった。

 だが現在、確かにかつてよりアルカイダの魅力は薄れたと思う。ただ、それはビン・ラディンが殺されたから、ではない。むしろそれは、北アフリカの各種騒乱のせいだ。かつては、テロ以外に自分たちの政治的主張を通す方法はないのだ、というアルカイダの主張がもっともらしかった。でもいまやチュニジア、エジプトなどで、それ以外の選択肢が現実性を持つことが示された。そうなったとき、アルカイダに魅力を感じていた人々も、行動を変えるんじゃないか。

 むろん具体的な状況ははっきりしない。以前書いたように、北アフリカ諸国も新しい方向性を出すのに苦労しているようだ。一方でいまでもソマリアのアルカイダ地域には、聖戦士志願者たちがたくさん訪れているという。そうした状況の進展次第では、またテロのみが選択肢だ、という人々も増えるかもしれないのだけれど。

 でも、もし北アフリカの状況が少しはよい方向に動くなら、たぶんアルカイダのご威光はもっと弱まるだろう。その意味では、ビンラディン殺害はアメリカとして区切りをつけるためには重要だったけれど、今後のテロの状況にはあまり影響しない可能性もある。

 個人的には……ビン・ラディンがそのまま生き残り、いずれだれにも相手にされなくなり、勇ましいビデオ声明を出し続けても嘲笑の対象にしかならなくなればいいとは思っていた。日本のよど号ハイジャック犯たちのように。とはいえ、時間の問題ではあった。死んだビン・ラディンは、説いていたようなイスラム戦士の極楽にいけたのだろうか。


2011年9月号 連載第29回:北アフリカ情勢とCSR

 今回のお題はCSR、つまり企業の社会的責任というやつで、通常は企業が社会貢献活動と称して環境保護活動をしてみたり、ボランティア活動を奨励したり寄付活動をしたり、というような話だ。もちろん、自動車メーカーの多くもこれをやっているし、専門の部署を設けて熱心に取り組んでいるところも多い。

 が、ぼくはこうした活動をまったく信じていない。実はぼくの所属する会社は、CSRを推進しましょうとあちこちの企業にアドバイスするチームを持っていて、かれらは真摯にあれこれやってはいる。でもぼくはまったく説得力を感じないのだ。

 だって企業は、顧客(社会の一部)に対してある程度の有益な(つまり相手が対価を払おうとするような)財やサービスを提供しているからこそ存続している。それがその企業の、社会に対する貢献でなくて何?

 さらにもちろん、企業活動はその下請けや関係企業にとって仕事を作り出す。そうした企業の支え合いの網の目は、社会そのものの大きな一部を構成している。

 それに企業は、その従業員に対して給料と福利厚生を提供することで、社会の安定と存続に貢献している。失業の多い社会の不安定さは、北アフリカの騒動を見るまでもなくあきらかだ。雇用を創出してそれを防いでいる企業が多大な社会貢献をしていることは自明だとぼくは考える。

 ぼくは基本的に、それ以上のCSRなんか不要なはずだと思っている。逆に、その財やサービスが社会にまったく必要とされれず、顧客に感謝されていないなら、それをCSRで補えるはずもない。

 かろうじて言うなら、企業活動の恩恵を被る人々と、その害を受ける人とが異なる場合がある。生産活動がもたらす害——汚染や騒音、渋滞——は、工場やオフィスのまわりで生じる。顧客は別のところにいる。そういう人をなだめるための活動をCSRとして位置づけられるかもしれない。

 が、それをCSRなどと言う必要があるのか? それってただの補償では? 補償というと、何か被害があることを認めることになるので、聞こえのいい言い換えをしているだけではないの? それは電力会社が原発予定地に公共施設を気前よく作ったりするのとまったく同じでは?

 そしてもっと漠然とした芸術支援などのCSRは、基本は社長の道楽だ。社会貢献なんて方便にすぎない。ぼくはそうあるべきだと思うのだ。

 CSRの支持者は、CSRをやることで企業の収益性が増加するのだと主張することもある。でも、CSRで収益が上がるよりは、儲かっているからCSRなんかに無駄遣いする余裕があると考えたほうが実態に近い。どの会社でも、不景気になったら真っ先に削られるのはCSRなどだ。当然だろう。とはいえ、この話は一応理屈はわかる。自動車会社が、自動車の安全教育にお金を出したり、自動車文化の歴史研究にお金を出したりすることで、いずれ本業に役立つのだ、という主張はできる。情けは人のためならず、いずれは自分の利益になるのだ、というわけだ。

 だがもっと極端なことを言う人もいる。高名な経済学者の岩井克人は、企業は社会のものだから、赤字になっても企業は社会貢献活動すべきだ、と論じている。でもぼくはかれの本を読んでも、なぜ企業がそんなことをすべきなのかさっぱり理解できない。本業が赤字なら、それは事業自体が社会に貢献できていないということだ。それが続くようなら企業は倒産し、本業が社会にもたらす直接の貢献をすべて無にしてしまう。それがなぜいいの? だめな本業をよいCSRで救うことはできないのだ。

 むろん、企業が己の事業促進のためにCSR活動をすると、下心があると言って非難されることがある。でもそれは、CSR推進者たちのお題目を真に受けて、公平無私に何かをしているようなふりをするからでは? うちは本業に関係ある活動しか支援しないと明確に主張して、それを恥じることなく実施すれば? そう思うのは、ぼくがいい歳をして、いまだに本音と建て前の使い分けが嫌いだというせいもあるのだろう。でも、ぼくは人や企業が何かをするとき、どういう理由でかれらがそれをしているのか、わかったほうがすっきりするし、変な邪推をしなくてすむので気分がいい。

 むしろぼくは、CSRを企業に要求する人々の厚顔ぶりのほうにいつも驚く。ホント、企業はそういうのを無視して、本業に専念してほしいと思うのだ。どんな社会貢献をしようと、人気ある車が作れなければ、自動車メーカーなど何の存在意義もないのだから。

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2011年10月号 連載第30回:電力不足とイベント自粛の愚

 原発事故に伴う電力不足で、あれこれ節電せざるを得ない状況にあるんだが……ちょっと困ったことに、正直言ってうちは家庭レベルでは、節電余地がほとんどないのだ。

 もともと、ぼくはほとんど家では冷房をかけない。テレビもほとんど見ない。照明もそんなに多くないし、電子レンジも週に一回使うか使わないか。洗濯機も、三日に一度まわすくらいだろう。たぶんいちばん電力を使っているのは、冷蔵庫とパソコンくらいじゃないかな。

 もちろん冷蔵庫を買い換えるという手はあるが、これとてそんなに古いわけでなし、節電効果は限られている。パソコンについても同じ。それにぼくはもともと工学畑の出身でもあるので、エアコンや洗濯機などの各種フィルタの掃除なども結構普段からやっていて、あんまり効率の悪い回し方もしていないはず。というわけで、そこから節電しろと言われても、物理的にできることに限界があるのだ。

 節電自体にはもちろん、何の文句もない。水や電気がらみの仕事をたくさんしていることもあって、高いお金と手間をかけてインフラ提供してるんだから、無駄遣いしないでほしいと常に思っているし、ボールペンをさいごまで使い切るとか、何かを無駄なく使うことに喜びを感じたりすることもあって(あと面倒くさがりなので)最小限の手間とエネルギーで何かを実現するのは積極的に推進すべきだと思っている。当然ながら、節電だの効率向上だののポーズのためにかえって多くのエネルギーをつぎ込むなんていうのは、言語道断だとも思う。

 一応日本人は、茶道だなんだで、そうした無駄のないミニマリズム的な感性を持っていることになっているんだが、実は実質よりはポーズを重視することが多くて、世間的な動きを見ていると今回の節電もそんな感じがしないこともない。とはいえ、家庭でできることがそんなにない以上、ポーズだけでもやらないよりはまし、ということかもしれない。

 これは温暖化防止の議論でも出てきた話で、ケータイの充電器の待機電力が大きいからコンセント抜こうとか、そんな話が頻出したけれど、実際にはそれが電力需要の総量に与える影響なんて微々たるもの。そういう行動が意識を高めて他の部門での節電につながる、という説もあるんだけれど、一方では逆の説もある。心理学の実験によれば、なんだか節電っぽい行動や環境によいとされる行動をされると、人間は自分がえらくなったような気分になって、他の部分で悪いことをしても大目に見られると思うようになるんだそうな。そうした悪影響まで含めると、ポーズだけでどこまで有効かどうか。

 現代の生活環境で、本当に節電や省エネを家庭で進めるなら、いちばんいいのは、住宅の質を上げて、断熱性能をよくすることだ。伝統的に日本家屋は、風通しをよくして夏に対応し、冬は人間が着込むことで対応する、というのが基本だ。だから気密性が悪くてエネルギー効率の低い安普請の住宅も許容されている。でも高密居住の都市生活では、たぶんそれがもはや成り立たない。最低限のエネルギーで空調をまわせるように、住宅性能を上げることが必要だ。これは、温暖化対策でも言われていたことだ。できもしない二酸化炭素排出の削減や、効きもしないセコい節電なんかでがんばるよりも、建物の廃熱を抑えて熱効率を高め、エネルギー利用を減らせば?

 もちろん、いますぐぼくたちが自分の家の断熱性能を高めることもできないし、家の中でできることがほとんどない以上、節電に協力するなら外で、ということになる。出かけるときにエレベータを使わず階段にするとか、くらいだろう。でも、ぼくはそれも前からやっていたんだよな。だからこの節電運動で新しくやったことは、ほとんど何一つない。仕方ないとはいえ後ろめたいものだ。

 そのうちなんだかんだで、一時は止まっていた駅のエスカレータなどもずるずると動くようになり、前ほどの節電は実現できず、なんだかみんな不健全な後ろめたさを強制されているようでもある。

 となると、継続的な節電を本当に促したいなら、短期的に電気料金上げるほうがいいとは思う。無理な節電を強制し、効果もあまりあがらず、妙な後ろめたさが残るよりは、すっぱりお金で方をつければどうだろう。規制で一律十五パーセント節電を義務づけとかするよりは、そのほうがずっといい。それが電力会社の懐に入るのがけしからんというのであれば、その分は別勘定にして放射線汚染の除去に使うようにするとか決めればすむ話だと思うんだが。

 そのほうが、節電余地のある人は節電するし、ない人は少なくとも何らかの負担をしているということで気分も楽になるし、いちばん健全な気がするんだが……と言っているうちに、夏の電力需要ピークもすぎて、この話自体が風化するんだろうね。

近況:そもそもぼくは日本にあまりいないので、日本の電気も使わないのです。今いるラオスは、電力は売るほどあるので節電どこふく風ではあります。


2011年11月号 連載第31回:スティーブ・ジョブズ他界に思うパソコン史

 アップル社のスティーブ・ジョブズがついに引退となった。この報道の直後に、何やら最近撮られたジョブズ近影なるものがゴシップ紙にでまわり、見た瞬間にもうこれは無理だ、と思わせるようなすごい状態になっていたし、それを信用しないまでも最近のやつれぶりはとうてい普通ではなかったので、ほとんどの人は仕方ないと思ったことだろう。

 実は個人的には——そして多くのパソコンおたくは——アップル社、なかでもジョブズには愛憎半ばする感情を抱いている。ぼくはロートルだから、アップルIIが登場した時代以前からコンピュータを自作していた。アップルIIが当時いかにすさまじいマシンだったかを説明するのは、ほとんど不可能に近い。そしてその後あれやこれやで、マッキントッシュというマシンの衝撃は、それをさらに上回るものだった。パーソナルコンピュータの概念そのものが揺らぐ、すさまじい衝撃だった。ファイルが、実際に目に見えるものになって表示される! それを具体的につかんで動かせる! 外部の周辺機器をつけるのも、コネクタでつないでドライバを入れればおしまい。マックII ではさらに拡張カードも刺せばおしまい。あとはマシンがそれを自動的に判別して勝手にいろんな処理をしてくれる!複数のソフトの間で相互にデータのやりとりができる! しかも、文字だけじゃなくて、絵や表や音までそれができる! いや、それだけじゃない。ネットワークというものを初めてまともに使えるようにしてくれたのも、マッキントッシュのアップルトークという仕組みだった。

 もちろんいま、あなたたちにとってこれはどれもあたりまえに見えるだろう。でもこれが当時、どんなにすごいことだったか。アップル社はあるときまで、常に技術の最先端を走っていた。それは技術おたくにとっては垂涎の的だった。

 が……その技術おたくたちは、別にジョブズのことなんかどうでもよかった。みんなが尊敬していたのは、もう一人のスティーブと呼ばれたスティーブ・ウォズニアックであり、マッキントッシュの主要ソフトの開発をしたアンディ・ハーツフェルドであり、ジョブズは腕のいいセールスマンだとしか思っていなかったのだ。いや、たとえばジョブズは、アップルIIの拡張スロットを嫌っていたり、最初のマッキントッシュを閉じた箱にしたりして、技術おたくたちの楽しいお遊びを邪魔するやつとしてのイメージが強かった。その後も、マックが互換機を一時は認めつつ、やがてそれを潰しにかかったりした時など。最近でも、iPod用のアプリストアで自社のソフトや機能と少しでも競合するものは、すべて難癖つけて潰すやりくちなど、とにかくすべて自前でやって、利用者も周辺開発者も、とにかくジョブズの決めた枠内でしか活動させないという、コントロールフリークなところは、ジョブズが非常に嫌われているところだ。

 一方でだんだん、ジョブズがただのセールスマンでないことははっきりしてきた。彼がアップルを追い出されて作ったネクスト社のマシンは、明確な哲学を反映したもので、その美しいデザインとあいまって技術おたくですら感嘆した。さらに出戻った後も、だんだんコンセプトが不明になっていたマッキントッシュをはっきりした哲学で復活させ、そしてその後の ipod, iTunes, iphone, ipad などの躍進ぶりは、ぼくがここで解説するまでもない。それが持つ技術的な哲学、特にデザインと見事に融合した設計は、ジョブズの閉鎖性とコントロール好きな部分に辟易している人々でも、感嘆せざるを得ないものだ。

 いまなら、ジョブズのビジョンが正しかったのだ、ということになるだろう。そして技術もビジネスも勝てば官軍だし、結果的にはその通りだったということになる。でも、一時、パソコン業界においてアップルは、ウィンドウズに比べてかなり技術的に見劣りする存在となって虫の息だった時代が続き、身売り話も頻発していた。それはまさにジョブズがなんでも自分で抱え込もうとするのが原因だ、あいつが(つまりはジョブズのビジョンが)アップルを潰す諸悪の根源だとすら言われた時代もあるのだ。

 結局、彼をどう評価しようか。考え始めると、結局ぼくはパソコンの歴史——そして電子ガジェットの歴史——をすべておさらいすることになる。その期間ずっと第一線で活躍し続けた人物は、ジョブズだけだった。よくも悪しくも、彼はパソコンとその後の歴史を体現した存在ではあった。いま、かれの引退をきいて、そうしたものの時代が終わりつつあるのだ、という感慨をいだかずにはいられない。

近況:なんだか突然思い立って、ケインズ『雇用、金利、お金の一般理論』全訳を初めてしまいました。一週間で7割完成、我ながら脅威のペースです。


2011年12月号 連載第32回:ミャンマーの民主化と発展

 ミャンマーはとてもよいところで、いつかまた行こうと思いつつ果たせずにいる。空港からヤンゴン市街に近づくにつれてドーンとそびえたつシェンダゴン・パゴダ、かつてアジア五大ホテルの一つと言われ、今もまわりとまったく独立した変な空間を維持しているストランドホテル、その前から川一つ渡っただけで弥生時代に戻ったかのような風景が広がる変な雰囲気、あまりの異様さに地元民も長年近寄らなかったバガン。

 観光的な興味だけじゃない。人口も数千万人と多く、識字率も高く、イギリス統治で法制度も形(だけ)はきちんとしていて、証券取引所も昔から機能し、農業も資源もかなりいい。生産拠点としても将来的な市場としても、有望きわまりない。うまく行けばベトナム以上の展開も望める。ここが軍事政権なんかのせいで経済封鎖されているのは、ホントにもったいないとだれもが思っていた。

 実際、禁輸措置なんか最初から関係ない中国や韓国の企業は昔からどんどん出てきた。ちなみに欧米計の企業だって、トンネル会社を通じてあれこれ暗躍している。ちなみに日本と欧米のこうした規制へのちがいとして、「一線を越えてはいけないというのが共通理解。でも日本企業は、線を踏んでもいけないと思う一方、欧米企業は、線を越えなければ踏んでもいい、しかもその線の太さはかなりフレキシブル」というのがある。だからミャンマーの様子を見るたびに、日本企業の弱腰と欧米中韓の図々しさに歯がみをするのが通例だ。でもミャンマーにはジェトロの事務所もあるし、日本企業もだんだん進出しつつある。

 そんなわけで、軍事政権が少しでも態度を軟化してくれれば、いろいろご褒美をあげて民主化進めて国を開放してもらおうというのは、あらゆる関係者の願いではある。そして軍事政権側だってハブにされ続けるのは損だと知っている。スー・チーも自宅軟禁から解放しました、総選挙もやりました。手続き的な部分はかなり進めた。一時は、総選挙さえやれば経済制裁解除をオバマ大統領がアナウンスする、という噂も流れていた。

 それがその後のデモ隊への発砲や台風対策の扱いなどで後退してしまったのは残念ではあるんだが、それでも話は少しずつ進んでいる。今朝も、政治犯を少し釈放したとか。

 さて、そういう動きを見て、形ばかりじゃないかと心配する人も多い。真の民主化にはまだ遠い、もっと圧力をかけねば、と言って。でも、ぼくは民主化というのはそもそも形の話だろうと思う。そして最近の北アフリカにおけるジャスミン動乱を見ても、中国の様子を見ても、豊かになれば独裁国家だって昔ほど簡単に人々を弾圧できなくなる。むろんそうした国々の歴史をみれば、当初は強権的な開発独裁が進むだけで、人々は豊かになっても「真の」民主化はほど遠い、という事態にはなるかもしれない。でも「豊かでなくても自由が」「貧しくても人権や民主化が」なんてことを口走る人々は、通常は先進国の豊かさをたっぷり享受した「活動家」連中だけだ。人々だって携帯電話はほしいし車も家もほしい。しばらく前のミャンマーでは、携帯電話が手に入らないので、室内電話の子機を持ち歩くのが流行っていたという。そのくらいミャンマー人だって豊かさを求めている。

 というわけで、ぼくはミャンマーの民主化進展には非常に期待している……ただし経済的に開放される条件が整うという意味においてだけ。いきなりスー・チー支持の頭でっかちな連中にすべてを任せることには、ぼくは不安を感じるのでやめてほしい。理想にだけ燃えた実務能力なしの連中が得たいの知れないことを始めるのは避けたいところ。

 ちなみにミャンマーは、日本のぼくたちは一枚岩と思いがちだけれど、地域ごとにかなり文化も習俗もちがう多民族国家なのだ。むろんみんなが仲良く共存している部分もあるが、反目もありそれぞれ別の思惑がある。ヘタに民主化が急速に進行して、変な内紛が表面化したらいやだし、そこで内戦でも起きたらあらゆる人が損をする。経済発展をえさに民主化の形式を進めさせ、国内の相互依存基盤を作り、実務能力の不明なスー・チー勢にはまず端役を任せるくらいから入って、いずれ豊かになった人々が自分で体制を変えるに任せる——そんな話が現実的だと思うし、実際に世界が期待しているのもそうしたシナリオだろう。

近況:身内で不幸があり、ばたばたでした。葬式とは面倒なものです。葬式とか墓とかをどうしてほしいかは、書き残して欲しいもの。

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