Linux Magazine 不定期連載コラム「ぬるぬるりぬっくす」

アミーガ、Linux、QNXのあやしい関係。

Issue #02

山形浩生<hiyori13@alum.mit.edu>



 アミーガを知っている人はかなり古参のマニアで、持ってるヤツは、こりゃもうかなりビョーキ入ったマニアだろう。そうだなあ、いまでも「あのウゴウゴルーガのCGマシン」とかいう紹介をするのがいいのかなあ。とにかくもう、変なことしかできない。画像やサウンド処理に専用のカスタムチップを使い、80 年代からバリバリのフルカラーグラフィクスやステレオサウンドが使えた。変なゲームとか、変な CG とか、あるいは音楽関係とか、マルチメディア系がむちゃくちゃ強くて、さらにお値段の安さから、貧乏人のたむろするヨーロッパでは絶大な人気。さらにマッキントッシュのエミュレータとか、異常な発想の機器やソフトがテンコ盛り。最近、PC/AT 互換機上をマック化する、FUSION というソフトが話題になったけれど、あれをつくったジム・ドリューも、BeOS や Linux 用のマック環境 Sheepshaver を作っているクリスチャン・バウアーも、アミーガ出身の変なやつら。CG ソフトの LightWave3D も、もとは、アミーガ用の化け物ビデオ編集システム VideoToaster の付属ソフトだったんだ。さらにアミーガ OS は、はじめからマルチタスクを平気でこなす先進ぶり。

 そんなわけで、このシステムには貧乏であやしいファンが群がった。Linuxのファンは狂信的でやな連中が多いと言われるけれど、アミーガのファンはそれを蹴倒すキXXイぞろい。製造元のコモドールが10年以上前に倒産したのに、このマシンはまだ生き残っているのだ。まずドイツの数社が、アミーガのCPUボードを出している。しかも、もともと68Kマシンだったのが、PowerPCアップグレードボードまである。そしてそれをベースに、クローンシステムみたいなものも出ている。ソフトもまだちまちま出ている。

 だから製造元の倒産後も、買収話はたくさんあった。けれど、まったく腰が落ち着かない。たらいまわし状態で、どこもきちんと開発に資源を割かない。一方でかつての優位性がどんどん薄れる。もうアミーガくらいのマルチメディアなら、マックやDOS/Vでもこなせるし、マルチタスクもそんな先進的なものではなくなってきた。このままではじり貧、存在意義すらなくなってしまう!

 それがようやく、去年に落ち着き先が決まって、開発も本気で再開されようとはしていた。そして次期OSの開発パートナーもほぼ決まりかけていた。あのQNXだ。

 QNX。リアルタイム OS の雄。マイクロカーネルで、ほとんど極限までコンポーネント化が進んでいる。Linux も安定性では定評があるけれど、QNX の敵ではないね。Linux でも、カーネル更新にはシステムを止めるしかないけれど、QNX はシステムを止めずにリアルタイムで更新できる。常に最新システムを使いつつマシンを一度も止めない、などという芸当ができてしまう。

 リーヌス・トーヴァルズは、マイクロカーネルはオーバーヘッドが増えて、かえってでかくなっていやだ、という。でも QNX の場合、本当に必要なコンポーネントだけを使えばすさまじくコンパクトなシステムが構築できる。いまでも QNX のホームページでデモシステムがダウンロードできる。これは、フロッピーディスク一枚に、システムと Web ブラウザ(それも Lynx みたいなシケた代物じゃねーぞ、ちゃんと画像も音声も使える)がおさまる驚異的な代物。

 アミーガファンは狂喜した。こ、これはすごい。こいつをベースに新アミーガOSが出たら、かつての栄光も夢ではない。考えただけでもあやしい可能性がうじゃうじゃわいてくるではないの。フロッピー一枚でそこらのマシンがアミーガ化するとかできちゃわないかな。うー、もう二度とよみがえることはないと思っていた、あのアミーガの先進性とあやしさを、ふたたびうち立てられるかもしれない!

 ところが。ここで(やっと)Linux が出てくるのだ。この夏、正式アナウンスが出た。QNXとの話はご破算。次期 OS は、Linux をベースに開発する、という。

 えええええええっ! なにそれぇ?

 何を考えておるのじゃ。アミーガのファンたちは激怒した。りぬっくすぅぅぅ?なんだぁ?あの古くさい、手垢にまみれた、既存の標準を実装しただけの新規性まったくなしの、モノリシックの、すでにミーちゃんハーちゃんに IBM だのオラクルだのまで手を出している、とりあえず動くだけが取り柄の、これ以上の発展も成長もない、あのどんくさいただの Unix もどきぃ? いまさら、いまさらだよ、いちばん最後になってノコノコやってきて、何をしようってんだ! だいたい Linux をベースにってどういうことだ、オープンソースにでもしようってのか!

 確かに、ここで出てきたLinux罵倒というのは全部本当だ。リーヌスだって、もう Linuxカーネルはピークにきちゃったよ、と発言しているし、Linux の売りが先鋭性ではないことも、知っている人はちゃんと知っている。Linux って、確かにシステム自体は動くだけが取り柄だよな。どうせ、いま話題の Linux に便乗するとPR効果もあるだろう、というような腹はあるんだろう。なんか、そんなことで Linuxが利用されちゃうってのが、ずいぶんつまらないのだ。その後、話が進んで、Corelとツルんでアプリケーションをつくってもらうとか。そうか、そういう話か。アプリケーション目当てね。でもいまさらアミーガでそんなオフィス系のアプリを使おうなんてヤツがいるのかしら。

付記:あと、ドライバとかもあるみたい。いまから QNX 用のドライバをすべて開発するのはつらすぎるので、それを Linux のやつが拝借できるとうれしい、という話。(1999.10)

 でもそれはさておき、この一件があって、なんとなく最近ちょっと Linux も飽きたなー、という一部の雰囲気がわかるような気がする。Linux の最初のおもしろさってのは、こんなの動くの? おおおっ、動いたぁ! すげぇ! しかもまともに! というあやしさと驚きとうれしさの混じった感動だったんだよね。それがもう、動くのが当然になって、もっとあやしい世界が見たいよー、という感じなのだ。かつて Linux そのものがあやしかった時代が終わって、あとは使うだけ。それはもちろん健全で望ましいことなんだけれど、マニアは健全性なんかで動いちゃいない。健全だけなら、そもそもだれも Linux なんかに手を出さなかったろう。かつての魅力だった不健全さが、確かにもうなくなってきているなあ、それが寂しいというかつまらんというか。

 もちろん、アミーガは存在自体が不健全といっていいような代物。今回も、事態はさらにわけのわからん展開を見せている。資源をつっこんだあげくにあっさり蹴られた QNX はカンカン。で、黙って引き下がるどころか、なんとこんどは、ドイツのアミーガ用 CPU ボードのメーカ Phase5 とつるんで、独自システムの開発をアナウンス! おおおおっ! Linux VS QNX だぁっ! いいぞういいぞう! Linux め、目にもの見せてくれるわ! アミーガ・コミュニティは今日もあやしさをみなぎらせているが、さてどうなりますやら。

付記:しかしみんなの期待もあえなく、アメリカの Amiga は 1999.11 に入っていっせいに電話線が切られ、Web ページからもアメリカ側へのレファレンスが消えた。ついに Gateway が(あるいはその直前に Gateway を参加におさめた AOL が)うちきりを決めたのではないか……というのが有力。あーあ、これでついに(ついに!)おしまいかも。(1999.11)

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