面子がどうのとか、浮わっついた話をしてる場合かね。

DELUSIONS OF RESPECTABILITY


Paul Krugman
山形浩生 訳



 とりあえず、いまならほとんどだれでも認めることから始めてみよう。日本は明らかに経済が停滞していて、潜在的な生産能力よりはるかに低いところでしか動いていない。実際問題として、もしあの楽観的な日本のお役人たちが正しくて、1999 年に日本経済がちょびっとばかり成長したとしても、生産能力と実際の生産量とのギャップは拡大する一方だ。通常の金融政策はほとんど限界までやっていて、それでもまだダメ。財政政策もとことんまでやりつくしてるのは、国債の利回りがあがっていたり、格付け機関からの格下げの脅しをみる限りでは明らかだし、それでも効果なし。銀行は、むりやり追加の資本注入を受け入れさせられているけれど、でもこれで消費が増えるとは思えない。そして、政府の政策道具箱の中には、もうこれ以上は「メンツのたつ」ようなツールが残っていないわけだ。

 残された選択肢は、マネタイズすることだ。日銀が通貨ベースを増やして(まあ国債を買うのが定石だろうね)、そこそこのインフレ期待を意図的に起こさせることだ。これは別に、いい加減な思いつきで言ってる政策じゃない。日本は古典的な流動性トラップにはまってるんだし、ぼくが主張しているとおり、こういうトラップはいちばん古典的なマクロ経済モデルからすぐに導き出せる ( Japan:still trapped、邦訳は鋭意進行中)。しかもこれは、ややこしい数式をこねくりまわさないと説明できない常識はずれな話でもない。日本の悲運と、それに対する当然の答がインフレ期待であることは、すごく簡単なたとえ話でも説明できる ( Baby-sitting the economy 邦訳は、うーん、どうしようかな)。そして日本がいっしょうけんめいインフレを起こしなおさない限り、デフレスパイラルに陥るリスクはすごく大きい。

 でも、このマネタイズというアイデアはやっと本気で政治的に勢いがついてきたのに、その反対者たち――日本の内外を問わず――は相変わらずテコでも動かない。この人たちの言い分を読むと、唖然とするね。先週のロイター電で展開されてたのは、こんな議論だった。

1. マネタイズはインフレにつながる。: お金を刷って、赤字支出をしたら、1940 年代にはインフレが止まらなくなった。当時の経済は、巨額の戦争支出をしていたし、さらに生産能力いっぱいで動いている経済だった。マネタイズを批判する人たちは、マネタイズするといまでもインフレがおさえられなくなる、と主張する。えーとあの、目下の問題って確かデフレなんじゃありませんでしたっけ? これってまさにラルフ・ホートリーが 1931 年に言ったような、「ノアの洪水のさなかに『火事だ、火事だ』と叫ぶ」ようなものじゃないだろうか? (これについてはぼくの The hangover theory を参照。邦訳は、うーんと時間ができたらね)。

2. マネタイズすると、政府はどんどん赤字支出を増やす。: いまの日本政府は、財政政策で経済を刺激しようとしてものすごい財政赤字を垂れ流してる。そしてそれを批判する人たち――たとえばジャーディン・フレミングのエコノミスト、クリス・カルダーウッドはこれがお気に召さず、「日本の財政政策に拘束衣を着せ」たがってる――は、需要を維持する代替案もないままに、財政支出をやめろと言ってるわけだ。ということはつまり、日本は責任ある行動をとるという名のもとに、不況をだまって受け入れなさい、と主張してるように読めるんだけれど。ぼくとしては、マネタイズすれば財政政策の代案にもなるし、さらに経済が回復したら税収も増えるから、将来的な政府の赤字は減ると思うんだけれどね。そして逆に、その赤字規模が危険なほどになっているからこそ、いまマネタイズするのが不況回避の最良最終手段なんだ。

3. マネタイズすると円安になって、アジア経済が困る:  この話は実際より大げさに取りざたされてると思う(Further notes on Japan's liquidity trap 邦訳「日本の流動性トラップについて:追記」を参照)。これはぼくのインフレ期待論が最初に出回った、1998年の春の時点ですらそうだった。だいたい、それ以来円はずっと高くなったし、日本以外のアジアの通貨だってそうだ。韓国にいたっては、ウォンが高すぎるといって心配してるくらい。それにそもそもだね、すごい不景気の国――しかも世界第二位の経済だったりする――が、唯一残った回復へのマクロ経済政策ツールをあきらめたら世界が助かるなんて、そんなバカな話があるものか。日本が景気回復してくれたほうが、アジア各国だってありがたいに決まってるじゃないか。

4. マネタイズすると、円が国際基軸通貨になれなくなる。: こんなくだらんこと考えて、いまの日本ほど窮地の経済の政策が左右されるなんて、まったく呆れるね。だって、まじめな推計はどれもすべて、国際基軸通貨になったからって、その通貨を発行してる国にとってはほとんど何のメリットもないことを示してるんだよ(訳注:これについては「ユーロなんかこわくない」を参照のこと)。たとえば、もしユーロが大幅にドルに取って代わったとしても、アメリカにとっての損失はGDPの0.1〜0.2% がいいとこだ。日本の国内経済を危機から救うのに比べれば、こんなのどうでもいいはずじゃないか。それなのに、ロイターの記事は、元日本の大蔵省役人なかひらこうすけの談話を引用していて、かれはこう言ってマネタイズに反対する。「マネタイズは日本の円を、三大国際基軸通貨の一つにするという目標に反するものです。(中略)この目標は、日本の長期政策と戦略にとってきわめて重要なものです。特にいまではユーロが国際通貨となる可能性が出てきましたから」本当のことを言っちゃうと、円の国際化なんてのは、見栄だけのプロジェクトで、ふつうの日本国民の福利厚生には基本的になんにも関係ないんだよ。そしてその「ふつうの日本国民」は、自分たちの犠牲のもとでだれが見栄を張ろうとしてるのか、説明を求める権利がある。

5. マネタイズすると、構造改革に対する切迫感が薄れる。: カルダーウッド氏曰く「公共セクターはいつも、あと少しという口実を持ち出してきて、このせいで構造改革が遅れて、危機意識も下がってしまいます」。これは、不景気は実はその国のためになるんだという昔ながらの考え方だ。苦労したほうが人間(ならぬ経済)ができてくる、というわけだね(No pain, no gain?を見てね。邦訳は、うーん、時間があれば)。でもみなさんお気づきではないかもしれませんが、日本はそんな「危機感」なんていう想像上のもので困ってるわけじゃない。危機そのものにすでにどっぷりつかってるんだよ。そしてそれは、改革が進まないせいで生じてるんじゃない。需要がないから起きてるんだ。

6. マネタイズなんて、まともな国のやることじゃない。: 要するにみんな、これがいいたいんだと思う。カルダーウッド氏はこう言う:「(マネタイズすると)日本は責任感ある先進国の立場から、異様で奇怪な金融構造をもつ国々の仲間という低い立場に下がってしまうことになります」。つまりは、日本は伝統的な金融財政政策を続けなさい、ということだ。それが責任ある国が通常やることだから。

 でもね、こういうと驚く方もいらっしゃるでしょうが、いまの日本の状況は「通常」ではないんだよ。世界がこの 60 年間というものお目にかかっていないような、深い問題にはまっているんだ。確かに、いまの日本の悲運を「異様で奇怪」と表現したい気持ちはわかる――でも、それは実際に起きちゃってるんだ。しかもまさにいま、この瞬間に。そして日本の問題がもつ風変わりな性質を考えれば、それに対する対応も、ただの反射的な従来型の知恵なんかじゃなくて、きちんと理論的に考えをつめてやらなきゃならないはずだろう。

 結局のところ、話としてはこういうことだ。これだけ日本がマネタイズしたほうがいいよという証拠があるのに、日本にそんなことするなと言ってる人たちは、破産しかけた家族の育ちのいいお友だち諸君みたいなものだ。このお友だちは、その家族の旦那にたった一つきてる仕事の口を断れとすすめてる。そんなことをしたらきみの名誉にかかわるぞ、紳士はそんな雇われ仕事なんかしたら面子がたたない、とか言ってね。その紳士は、そのお友だち勢に言い返さなきゃいけないんだ。おれの面子が復活する唯一の道は、まずもう一度ちゃんと稼いで暮らせるようになることなんだぞ、と。

 いまの時点で、日本が繁栄に戻れそうな唯一の方策は、マネタイズすることなんだ。それをけなす連中には、なにか代案があるのかな? ないなら、日本にマネタイズをやめろなんて薦めるのはやめてほしいな。


訳注:

楽観的な日本のお役人たちが正しくて、1999 年に日本経済がちょびっとばかり成長したとしても経済企画庁は、0.5% 成長するつもりでいて、しかもそれを公約しちゃったという・・・大胆だねえ、堺屋長官!

財政政策もとことんまでやりつくしてるのは、国債の利回りがあがっていたり、格付け機関からの格下げの脅しをみる限りでは明らか:なぜ明らかかというと、ハイリスク・ハイリターンというでしょう。リスクが高くなってきてるので、投資家や格付け機関は、日本はやばいから高い利息をはらってくれないと金貸せないよ、といっているわけ。利回り上昇や格付け低下は、金借りすぎててそろそろやばいよ、という証拠なわけだ)

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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)