ユーロなんかこわくない

Who's Afraid of the Euro? ( Fortune, 1998 年 4 月)


Paul Krugman
山形浩生 訳



(訳注:この記事が書かれたのは、1998年4月だけど、話はまったく変わってないことに注目)

 むかし、出たある会議で、日本のえらいお役人の一人が、円を国際リザーブ通貨にしなければならないという情熱的な演説をしたことがあった。で、ぼくが話す番になったとき、ぼくはそんなのばかばかしいよ、という話をした。もし円がリザーブ通貨になったとしても、日本にも(ほかのだれにも)ほとんどどうでもいいことなんだもの。

 でも、パネルの終わりになると、司会はぼくの貢献に謝意を表明してくれたんだけれど、なぜ感謝したかというと「クルーグマン教授もまた、円がリザーブ通貨になることがきわめて重要であることを強調してくれました」というんだ。これって、通訳がぼくの発音をききとれなかったせいなのか、それとも遠回しに、そんなこと言われちゃ困るのだ、と告げられていたのか、いまだによくわからん。でも、確実にわかってることはあって、みんなリザーブ通貨の問題――国際貿易やファイナンスの世界での、ドルやそのライバルの役割――について、ほとんど必ずといっていいくらい、必要以上すぎるくらい大げさに考えすぎてるの。

だからまあ、ユーロ――来年(1999 年)に到来するらしくて、いずれドルの覇権を脅かすかも知れないと思われてる)――が根拠レスなばかげた恐怖感をかきたてるのも、当然予想されたことだった。そして、ほら言わんこっちゃない、どっかのビジネス誌が何週間か前に、こういう痴的ファッションの犠牲になって、社説欄に「ユーロで変わる国際貿易のグローバルスタンダード」なーんてのを載せてるではないの。その記事の意見はこんな具合だ。「ドルがリザーブ通貨の役割を担ってきたおかげで、アメリカはほかのどの国にもできないことができる――つまり、輸出するよりも多額の財を輸入し続けられるということだ。(中略)アメリカは外国のドル資産を持つ人たちに、5 兆ドルもの借りがあるのである」 うーむ、その人たちがユーロに乗り換えたら、いったいどうなってしまうんだろう?

 うん、心配するほどのことは起きないのだ。まずそもそも、輸出する以上に輸入できるというのは、アメリカの専売特許なんかじゃないんだよ。1980年以来、アメリカの経常赤字(これは貿易収支に加えて、サービスや投資収益なんかも含めた数字)は平均で GDP の 1.5% だった。これはイギリスの平均と同じくらいで、カナダの 2.2% より小さいし、オーストラリアの 4.2% とは比べものにならないくらい低い。この国たちも、アメリカと同じやり方で輸入の超過分を支払ってる。外国人に、株や債券や不動産なんかを売ってるんだ。唯一のちがいは、この国たちの赤字のほうが大きくて、だから GDP 比で見ても債務が大きいってことだ。一方のアメリカは、そんなにでかくないの。少なくとも、ネットでみてやれば。確かにアメリカは、外国人に 5 兆ドルほど借りがあるんだけれど、外国人のほうはアメリカに 4 兆ドルほど借りがあるの。その差額は、8,000 億ドルほどで、アメリカの GDP の 10% くらい。

 でも、ドルの特別な立場のおかげで、少しはメリットってないの? ほとんどない。ドルの国際的な役割のほとんどは、「会計上の単位」――つまりは国際取り引きの物差しとして使われるという点にある。たとえば日本の精油会社がクウェートの原油を買ったら、契約はドルだてでやるかもしれない。これは確かに、アメリカの経済的な影響を裏付けるものではあるんだけれど、そういうおだてはさておき、この取り引きで実際にアメリカが一銭でも儲かるかというと、そんなことはない。

 でも、アメリカはドル建てでお金が借りられて、外国人にドル建ての債券を売れるではないのって? そうだけど、ほかの国だってそのくらいやってるんだよ。でも、アメリカの対外債務はアメリカの通貨だてじゃないか! うん、でもそれがどうしたの? どのみち利息はちゃんと払わなきゃいけないんだよ。確かに、アメリカがすごいインフレを起こして対外債務を目減りさせることは、できなくはない。でも、アメリカはそんなことはしない――そして投資家がそんな兆候をかぎつけたら、連中はもっと高い利息を要求するようになる。

 でもでも、という人もいるだろう。ドルの国際的役割のおかげで、外国人も取り引き用にドルをもたざるを得なくなるのは確かでしょう? うん、そのとおり。でも目に見える形でではない。韓国の大宇(Daewoo)が三和銀行にドル建てローンを返済するときには、どっかの国際銀行にある自分の口座から小切手を振り出すわけだ。確かに、その国際銀行はニューヨークに口座をもっていて、その口座の一部は、連邦準備銀行におかれてる無利子の準備金に裏書きされてはいる。だからアメリカは実質的に、ドルの国際的な役割のおかげで無利息の融資をうけていることにはなる――でもたぶんその金額はほんの数十億ドル程度だろう。8 兆ドルのアメリカ経済にとっては、小銭程度でしかない。

 外国人がドルを喜んで受け取ってくれるので、アメリカがかなり得をしている部分は、確かにある。それは、現金取引。外国人は、ドルの現金を 2,000 億ドル以上も持っている。そして、大金を現金払いしなきゃならない商売とか、外貨保有の制限にとらわれない連中の商売ってのがどんなものか、考えてみてよ。そう、ご想像のとおり。ドルは非合法取り引きでいちばん大量に使われる現金なんだ。アメリカは毎年外国人に、現金 150 億ドルほど(GDP の 0.2% くらいにあたる)を送り出して、かわりに各種の財やサービスを受け取っている。どんな財やサービスかって? 知らないほうが身のためよ。

 というわけで、ユーロの登場によってアメリカが被る脅威ってのはこんな具合だ:いまから 5 年たって、ウラジオストックのイカサマ師どもがあなたに何かとんでもないものを売りつけようとしたら、そのときには支払いは 100 ドル札じゃなくて、100 ユーロ札ですることになるかもしれない。こういう商売をユーロにとられたら、アメリカ経済の GDP には 0.1% くらい影響がでる可能性がある。うーん、ぼくはそんなの平気だとしか思えないんだけど、なぜだろうね。


訳注

*1 国際リザーブ通貨っていうのは、いろんな政府や企業が「外貨準備高」と称して外貨をある程度手元に持って置くんだけれど、そのときにあんまりマイナーな通貨をいっぱいもっててもしょうがないので、まあでかい代表的な通貨をいくつか持つんだよね。そのときに使われる通貨。

 で、なぜそんな「準備高」を持つかというと、まず国や企業としていろいろ外国に支払いをしなきゃいけないでしょう。借金を返すとか。で、為替レートはすごく変わりやすいから、場当たりで両替してると、返済計画がとってもたてにくい。だから、少し外国のお金を手持ちで持って置くわけ。海外旅行のときを考えてみてよ。その日、使う分のお金くらいは現金でもって置いて、あとはでかい買い物とかするときには、必要に応じて両替する(クレジットカードで払うってのは、その場で両替してるようなもんだ)。その、手持ちの現金分が「外貨準備高」だ。

*2 ユーロは予定通り、1999 年に導入されて、クルーグマンの指摘してる「痴的ファッションの犠牲者」は日本にも山ほど出てる。でも結局、導入されても為替相場ではじりじり下がってて、だれもあまり将来に期待してないのがわかってしまった。ユーロそのものがそんなにいい考えかどうかも、実ははっきりしない。ユーロって要するに、ヨーロッパの中ではこれ一本ですみます、という話だ。すまなきゃどうなの? はあ、マルクとかフランとかたくさんあって、両替に手間がかかります。ふむふむ、それでその両替の手間って、そんなに大きかったの? それは・・・そりゃ出張精算で外貨の精算は面倒だけど、世の中が決定的に変わるほどのもんかぁ? さらに統一通貨なんかができたおかげで、ヨーロッパ各国はマクロ経済政策を自分では持てなくなっちゃた。金融引き締めでバブルを絞め落としたり、金融拡大で景気刺激をしたりとか、できなくなっちゃったんだよ。これのデメリットがこれからどう出てくるのか、かなり怖いものはある。ユーロもヨーロッパ共同体の見栄でやってる部分のほうが大きいのね。だからたぶん、これで経済が大きく変わったりはしないし、変わるとしても、マイナス方向に変わる面がでかい可能性だってかなりあるんだ。

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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)