日本の金融再生ナントカって、ダメすぎ。

Japan's Bank Bailout: Some Simple Arithmetic

Paul Krugman 著,1998年10月17日

山形浩生 訳(hiyori13@alum.mit.edu


 「日本の行政当局が、深刻な状況の金融システムをなおすべく、抜本的な支援を行ったことを歓迎したい」と今週末(1998/10/15)にクリントン大統領は声明を出してる。でも日本のやったことって、要するになんなんだ? 一部の報道では、パッケージの中のいちばんだいじな部分――大手銀行への資本注入――は問題に直面するだろうと書かれてる。銀行自身がいやがるだろうからってね。ぼくもこれを理解しようと努力してきたので、こんな例で説明してみようか。

 かりに、預金を 1,050 億円もってる銀行があって、資産としては額面 1,150 億円の債権をもっていたとしよう (はいはい、日本の銀行はそれ以外にも資産として株や土地を持ってるけど、でも話の基本は同じだ)。まことに残念ながら、この債権のかなりは怪しげなしろものだ。かりに、確率 50% で日本の経済が回復して、債権がすべて回収できるものとしようか。でも、残りの確率 50% で、この銀行が回収できるのは 850 億円でしかないとしよう。

訳注:銀行にとって、預金っていうのは預金者のみなさんからお金を借りてるわけだから、債務になる。融資・債権がかれらにとっての資産だ。で、差額分が自己資本や株主資本になる。ややこしいので混乱しないようにしてね。)

 さて期待値から考えると、この銀行は破綻してる。純資産価値(訳注:資産から債務をひいたもの。自己資本、エクイティ分ですな)はマイナス 50 億円だ。でも、株主価値(エクイティ)はプラスのままだ。これは、預金者保険が put オプションとしての価値を持つからだ。リスクプレミアムを無視すると、エクイティ分は 0.5*(1150 -1050) = 50 億円になる。

訳注:ここの算数を復習。まず、期待値からいえば、というのは、1/2の確率で資産の価値は 1,150 億円で、1/2 の確率でそれが 850 億円だといってるわけだ。だから、資産の価値の期待値は 1,150/2 + 850/2 = 1,000 億円 になる。これに対して債務が 1,050 億だから、これは債務超過ね。
 さて、預金者保険が put オプションだというのは? オプションってのは、行使してもいいししなくてもいい、権利のことだ。putってのは、ここでは気にしなくていい。預金者保険があれば、銀行としては破綻したときにそのオプションを行使すれば、預金をカバーする分はだまって出てくる。破綻しなければ、行使しなければいい。
 で、もし確率 1/2 で全額回収できたら、オプションはいらないから行使しなければいい。でも、確率 1/2 で 850 億しか回収できなかったら? そしたら預金者保険オプションを銀行は行使する。そして債務(つまりは預金)をカバーするだけのおかね 200 億を保険からもらう。すると、本文に書いたような計算が出てくるわけ。)

 さて、そこへ政府がやってきて、銀行に資本注入しましょうなんて言う。優先株を買ってあげるよってことで(実はこの例では、優先株だろうと普通の株だろうと関係ない。現実の世界では、優先株にすると銀行はもっといやがることになる)(訳注:優先株ってのは、株主総会で投票する権利はないかわりに少し配当の条件がいい株のこと)。かりに政府が 50 億出そうと言ったとする。いま考えられてるプランだと、このお金はひもつきだ。銀行は不良債権処理を進めるべし云々とかね。でも、このプランの「甘いお金」版ってのを考えることもできる(訳注:いまの法案って、モラルハザードなんかどうでもいいからとにかく資本注入をしろというシドイしろものだから、こっちに近いかも)。これだとお金は無条件であげることになる。でも、どっちにしても、ふたをあければ銀行さんはそんなお金をほしがらないだろう。

 まずは条件付き資本注入。これは形式的に、銀行が資産をホントの期待価値でもって再評価するように強制されるというふうに考えてみよう。これをやると、即座に株主たちは一巻の終わり(もちろん経営者たちもね)。こんな条件つきでお金をほしがる銀行はないと思うぜ。

 じゃあかわりに、だまってお金をくれる場合を考えてみようか。そうなると銀行の資産は、1,150 億の債権に、プラスすることの 50 億円の国債だ。対する資本(エクイティ)は 100 億円で、その半分が優先株の形で政府の持っている分。うまくいけば(日本の景気が回復して債権全額回収できれば)、元の株主たちは 100 億円もらえる(1,200 - 1,100)。まずくいけば、前と同じで、株主たちの取り分はゼロ。というわけで、期待値で計算すると、かれらの期待収益は 100億+0の半分で50億。前とまったく変わらない。

 ちなみに、もし政府が優先株じゃなくて一般株を買ったら、もとの株主たちの期待収益は、実は減ってしまう(37.5 億円)。うまくいけば(日本の景気が回復して債権全額回収できれば)、元の株主たちは 75 億円もらえる(1,200 - 1,050 の半分)。まずくいけば、前と同じで、株主たちの取り分はゼロ。というわけで、期待収益は 37.5 億円。ここでの理屈の基本は、ファイナンス上のモラルハザードの根本原理みたいなものだ。リスクを無視して金を借りられるなら――預金者保険はまさにこれをさせてくれる――なるべく借り入れを増やして資本は減らしたくなってしまうんだ。

 だから日本の大手銀行は、かなり脅してやらないと政府の申し出を受け入れたりはしないだろう。銀行さんたちみんな、資産が市場価格で再評価されたら、すでに破綻しているかそれに近い状態のはずだから。

 さいごに、もし政府がほんとにわれらが仮説上の銀行をおどかして、大量の資本注入を受け入れさせたとしよう。これで銀行はもっとお金を貸すようになるかな?(訳注:つまりいわゆる貸し渋りが解決されるかな?) ならんだろう。モラルハザードの論理を適用するなら――そして資本注入を銀行が受け入れたがらないってのは、たぶんそれが適用できるってことだ――資本比率の高くなった銀行は、前にもましてリスクの高い融資をしたがらなくなるはずだもん。だって、期待収益の配分の左側(訳注:回収できない場合のほうってこと)を前より気にするようになるはずだから。

訳注:資本がちょっとしかなければ、「どうせなくしたって大した金じゃないや」というのでバシバシやばい融資もするだろう。でも、資本が増えると、つぶれた場合に失うものも多くなるので、融資は慎重になって、あまりやばい融資はできなくなるってことだ。つまり貸し渋り状態は続く。金融再生法案は、一つには貸し渋りで資金不足になって倒産する企業が多くてやばいってんで焦ってつくられてるんだから……)

 変、だよねぇ。日本の銀行救済って、日本経済再生の鍵のはずでしょ。で、それってアジア経済復活の鍵でもあるはずだ。この救済措置のおかげで、アジア全域に楽観的なムードが華開いたくらい。でも、こんな簡単な例でみても、この救済措置を銀行たちがお断りして話が茶番に終わりそうだってのがわかる。さらには、日本政府が銀行たちに、とにかく無理にでもお金を受け取らせるようにしたところで、それはかえって事態をまずくしちゃうのもわかる。

 うーん、これってぼくがなにか見落としてるんだよねえ。お願いだからそうだと言って。

訳注:経済屋さんはシャレがわかんない人ばっかだから言っおくけど、最後のはもちろん嫌みだからね)


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