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山形浩生の『ケイザイ2.0』
第13回 「よい」公共投資っていうけど、それを誰が見分けるんだろう text: 山形浩生 ●『経済政策の正しい見方』は正しいか? 小野・吉川編『経済政策の正しい見方』(東洋経済)という本を読んで、ぼくはかなりがっかりしている。小野善康、吉川弘、岡崎、大瀧など、若手の一線級の学者(一人年寄りがまじってる)による本だけれど、かれらにしてこの程度か。 本書の結論は、景気回復のためには「よい」公共投資をしろ、ということになる。新しく需要をつくる新産業創出への投資をしなさい。そうしたら日本経済は回復します。そしてそのためなら、赤字国債をどんどん出して、構想力を持ってビジョンある公共投資をばんばんしてかまいません。なに、公共投資も赤字国債も、お金は国内でまわるだけだから、ノープロブレム! 本書の議論は、ほぼそれだけ。さらにこれを補うために、まず財政再建を重視すると悪影響が出るという論文と、情報投資は有効性が高いよ、という話とあまりリストラするのは考えものだよ、という論文がついてくる。 もちろんかれらも、公共投資はなんでもいい、とは言わない。無駄な公共投資はかえって有害だ、という点は何度も主張される。そして現状行われている、だれも使わない東京湾横断道とか地方のすっごい 6 車線農道整備みたいな公共投資はダメ、ということは言われている。ただしここんとこ、小野の議論だけはよくわからない。小野は一方では、失業者がいる以上、かれらになんでもいいからさせるべきだとも論じる。どっちなんだろう。なんでもいいの? いけないの? まあいい。ここでのポイントは、「よい」公共投資であり、新規の需要につながるようなインフラ投資、という話だ。 なるほど、これはまちがった議論じゃないだろう。「よい」公共投資はよいだろう。新規の需要を創り出すなら、それはすばらしいこと。それがわかっているなら、すこし借金してでもやらせてやろうという気になる。しかしながら、ふつうは当然そこで疑問が起きてくるだろう。 いったいその「よい」公共投資ってなんなの? さらにもう一つ。これってずいぶん気の長い話じゃないの? 気がながいという話については、本書ではなにも言わない。でも昔あるネット掲示板で、小野善康がちょっとこういう疑問に答えてくれたことがある。かれはそこで、こんな状況なら短期的な対処療法なんかないから、じっくり腰をすえて新規の需要をつくってくしかない、と述べていた。結局これは、長期的には需給がマッチして完全雇用が達成されるという議論と大差ないわけだ。 ついでながら本書の中には景気回復のシミュレーションがあってだね、公共投資をしようとしまいと、2002 年以降は大差ないし、どんなケースでも景気底打ちは2007年って結果が出てるんだ。これは現状のダメな公共投資を続けたケースだけど、ダメな公共投資でも 8 年したら回復。新規産業がたちあがるのとどっちが早いかな。 さらにその具体的な産業の中身はかなり要領を得ないのだ。小野が好きな、需要を生み出した新産業の例は携帯電話なんだけど……これってどこまで公共投資の成果だっけ? いま需要をつくってるプレステやファミコンやアニメや宇多田ヒカルは、公共投資の成果だろうか。 あるいは湾岸戦争に金を出すのは無駄だった、ダイオキシン処理にその金を使えば、というのは小野が好きな比喩だけれど、本当に湾岸戦争がそんなに無駄かどうか。大きな市場であるアメリカのご機嫌うかがいという意味では大事だったはずでしょ。国内に金が落ちなかったから無駄っていうなら、自衛隊の海外派兵をやって景気回復しますか。「アイアンマウンテン報告」(ダイヤモンド社)の議論は実はかなり正しいのだなあ。 もう一人の吉川弘は、都市計画の話が好きだ。電柱をなくせとか(どうして学者はみんな電柱を目の敵にするのであろうか)、歩道整備しろとか、通信網で在宅勤務(でました)とか。うん、そうなってくれたら、ぼくはいまより開発がらみの仕事が増えるだろうから、うれしい。でもそれって……歩道整備で景気が回復するんだろうか。一回作ったら終わりじゃないか。さらに日本の狭い道だと、歩道のつけようがないんです。在宅勤務が本格化したら、たぶん短期的には、オフィス需要が低下して景気にはマイナスに作用するぞ。 もちろんかれらは経済学者だ。かれらが有望新規産業のメニューを考えつかなくたって、責められる筋合いはない。でもそれならば、だれが? 公共投資なら、それはお役人がやるしかないことになってしまう。 そしてその通り、吉川弘の論文では「官僚がすじのいい技術情報を集めて重点投資」と書かれている。なるほど。でもそれって、とっくに破綻した官僚主導の重点育成産業政策じゃないか。それができれば苦労しない。というか、それはそれで見込みがあるならやってほしいんだけれど……見こみあるの? ●産業政策そのものがどこまで有効か、実はわからん 昔この欄でも書いたけれど、産業政策そのものがどこまで有効か、実はわからん。大規模公共事業や産業政策というと必ずひきあいに出されるTVAも、日本の傾斜生産方式も、第五世代コンピュータも、その他の世界の産業政策もどこまで有効だったのか。日本の超LSIはよかったとか、ECのエアバスはいい、アメリカのフリーウェイやインターネットは、というのはあるけれど、かなり例外的なんじゃないかな。官僚が産業を誘導でき、正しいインフラづくりを主導できるという考え方自体が、疑問視されているからこそPFIみたいな民間によるインフラ整備スキームが提唱されているはずだ。 この本のなかで吉川は、「これまでの公共投資の内容が無意味であることから必要なインフラ整備までをも否定してしまうのは知的敗北主義にすぎない」と力強く述べる。そりゃそうかもしれない。お役人サイドとしてはね。前書きを読むと、これは通産省の産業政策局が仕切ってるらしき委員会の成果物なんだって。うん、そりゃそういうのが協力していれば、こういう内容にもなるだろう。通産省は、がんばって新規産業作ってね、と税金を任せられたらうれしいだろう。ぼくはついそう思ってしまう。ゲスの勘ぐりと言われればそれまでだけれど、でもそう思うのは人情だろう。 しかし民間側ではどうだろう。実績がほとんどない、理論的にもよくわからないときに、役人を全面信頼して、これからは立派な公共投資やインフラ整備をしてくれるだろうと言って、ホイホイお金を出すというのは? これは知的に言ってどうなんだ? 民間からすればそのほうがお役人任せの知的敗北主義だろう。うん、いまは民間も情けないかもしれない。でも、新しい需要をつくり、新しい産業をつくりだす実績からいって、お役人に任せるのとどっちが分がいいかな? ついでにこの本、公共投資以外の話は本当に弱い。特にクルーグマンの議論についての浜田宏一という人の議論は、本当にきちんとわかって言ってるのかな。インフレ期待(ついでながら浜田宏一は、インフレとインフレ期待とを区別しない議論をしているけれど、歌田明弘みたいなにわか評論家はさておき、本物の学者がそんながさつなことでいいのか?)が起きると、円安で輸出が拡大して外国が迷惑する、だって。日銀が金利を下げたとき(影響は同じだ)、一言でもそんなこと言った? それにその手の議論への反論は何度も出てる。見てないだろう。さらにアジア通貨危機は、日本が円安になったせいで起こったって? そんな説、あんまりきかないぞ。そしていろいろ言ったあげくに、この浜田論文(じゃないぞ、エッセイだぞ、これは)は、なんの結論も出さない。 ●あなたたち学者が出せるのは、この程度のものなの? 結局、この本のメッセージというのは、日本はもう当分ダメですってことだ。短期的には何もできることはありません。10 年先に新規産業がたちあがるのを待ちましょう、ということだ。新規産業がなくても、どうせ 2000 年からは 2.5% 成長まで回復するけど。そしてその間、構想力のあるお役人さまを信じて、どんどん公共投資をさせなさい、ということになる。 さてそれでいいの? そこまでお役人を信用できるんだろうか。なぜ? ぼくはできない。じゃあ民間が信用できるかというと、そこは口ごもるところだけれど。でもぼくは民間のほうにいるから、役人に無駄遣いされるよりは、税金まけてくれたほうがありがたいような気がするのだ。それにどうせ 2000 年にはかなり回復してくれるんでしょ。結局、あなたがたがここで出している結論の政策的な意義っていうのはどこにあるんだろうか。 本書の最後の(ゆるい)浜田宏一のエッセイは、もっと学者なんかが政策議論に参加できるような場を(だれかが)作れと述べる。まったく、いい歳こいて他人に頼るなよ。それに作ってもいいけどさ、そこであなたたち学者が出せるのは、この程度のものなの? そもそもこの程度のものしか出せないから、参加させるだけ無駄と思われてそういう場がないだけじゃないの? 意地悪だけれど、ぼくはそういう気がする。 場はどうであれ、優れた政策議論を目立たない形でも発表すれば、官僚はその情報収集能力を発揮してそれを見分けて採用してくれないの? だって本書では技術情報については、官僚はそういう情報収集力を発揮してくれる(べきだ)という主張になっているでしょう。それが経済情報で起きないとしたら、それはその情報の中身が悪いか、あるいはここでの官僚の情報収集力がかいかぶりか、どっちかなんじゃないか、とぼくは思うのだ。そしていずれにしても本書の主張は…… ◆山形さんと小野善康教授とは早速ネット上でバトルが始まっている。その経緯、内容は以下を参照のこと。 https://cruel.org/econ/ono2.html https://cruel.org/econ/ono3.html |