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山形浩生の『ケイザイ2.0』

〜天下のまわりもの高座〜

text: 山形浩生

第4回 官僚いじめもほどほどにね。



 ぼくは東京大学を出ているので、知り合いのかなりの部分はいま評判の悪い官僚という仕事についている。確かにあれは変な職業で、こないだまでコンパで醜態をさらしていたあのXXが、いつの間にやらナントカ行政の専門家とかいうことになって、会社の先輩とかがそいつをさん付けで呼んでいて扱いに困るとか、あるいは院を出て就職して最初の仕事である県にいったら、同期のあのZZがそこの税務署長(しょしょしょ署長!)なんぞにおさまっているではないか! とかいう理不尽なことはいろいろあって、あいつらが官僚なら日本の将来真っ暗だぁワッハッハ、というのは同窓会の定番のネタではあったのだ。
 だから、最近はやりの官僚バッシングは、変だなと思いつつも、まあ納得できないわけじゃなかった。そもそもあんな連中に期待するのがまちがってるよぉ、だからそういじめてやるなよ、とは思ったけれど。たとえば小室直樹という人の『日本人のための経済原論』という本がある。ひどい本で、前半では経済学の勉強をしないとダメといいつつ、後半になると、日本はちゃんとした資本主義じゃないから、ふつうの市場を前提にした経済学は適用できないと平気でのたまう。だったら前半のご託はなんだったんだ! そしてじゃあなにがいけないのかというと、官僚がすべてわるい、官僚が腐敗してる、官僚を粛正しないと日本はたちなおれない、というような話をする。
 だけれど、そうなんだろうか。


■すべて官僚がわるい、のかな?

 この種の官僚批判論、官僚亡国論は山ほど出てる。佐高信とかね。でも、そもそもこの議論は変なのだ。だっていまの官僚が腐ってるにしてもだよ、じゃあたとえばいまの官僚のクビをすべてすげかえて、みんな清廉潔白にしたとして、かれらがなにをすれば日本はよくなるんだろうか? 官僚さえよくなればかれらがちゃんと政策を考えてくれるよ、というのでは、なにも言ってないに等しい。官僚にどういう政策をやってほしいのか、それをきちんと言えてない官僚批判なんか、愚痴でしかないでしょう。でも、それを見かけることはほとんどない。みんなお手軽に責任転嫁してるだけなんだ。
 そしてこの種の議論すべてに共通するのは、昔はよかった、という認識。つまり官僚が腐敗したからいまの日本はダメだというのであれば、かつての官僚は優秀で清廉潔白で、だから日本は絶好調だったんだ、という前提がないと話が通じないよね。しかしながら、この点については、ほとんど説明されることはない。「昔の日本は高度成長していて、オイルショックにも耐えた。それが90年代に入ってダメになってきて、同時に官僚不祥事も増えてきた。だから、官僚の腐敗こそが日本失速の原因だ」という、因果関係もなにもあったもんじゃない話が平気で載っているんだ。
 でもそれはもちろん、そんなのは常識だからじゃないの? 高度成長期の「官僚たちの夏」はみんな知ってる。日本の発展を担ったのは大蔵や通産官僚たちの産業政策だなんてことは、あえて説明するまでもなく、議論の余地なく論証されつくしてるんじゃないの?
 ぼくもしばらく前までそう思っていた。が。まるでちがうのよ、これが。


■官僚って、むかしから大して役にたってないのだ

 実は、ある発展途上国で、こんど日本の産業政策とインフラ開発(インフラというのは、交通とか電気とかガスとか上下水道とか港湾とか、そういう産業や生活に必要な基盤のことね)というお題で講演をすることになった。ぼくはインフラ開発には詳しいけれど、それを産業政策とからめるとなると、きちんとは押さえていなかったので、付け焼き刃でいろいろ勉強しているんだが……
 すっごく意外なことに、日本の戦後の産業政策って、ほとんどと言っていいくらい評価されてないの。少なくとも、世間で考えられてるような「官僚が日本をひっぱって高度成長させた」というような意味では。官僚は、そんな大した役割を果たしたとも思われてない。
 いや、別にぼくが特に変な本を選んでるわけじゃない。どうもこれって、かなり定説だったりするのだ。小宮et al.『日本の産業政策』(東京大学出版会)あたりでも読んでみてよ。あるいはKrugman/Obstfeld "Interenational Economics" (AddisonWesley) でも。要するに、かれらがやったと思われていることをいろいろ見てみると、ボリューム的に意味があるほどの規模ではやってないし、なんか一貫性や論理性がなくてはやりだけで動いてるし(たとえば最近はバカの一つおぼえで情報産業にベンチャー育成だぁ)、結果的に高度成長したからよさげに見えるけれど、別に官僚のかじとりがうまくて高度成長ができたわけじゃなくて、実はあんまし関係ないんじゃないか、という見方はかなりあるのだ。
 そもそも産業政策がいいとかいうけど、産業を「保護」して「育成」するという考え方自体、どこまで有効なのかもはっきりしない。だってさ、どの産業を保護すればいいのか、どうやってわかるのよ(えらきゃ日本の10年後の成長産業をいま当ててごらん。わかんないでしょ。でも産業保護育成って、それができなきゃ成立しないでしょう)。さらに保護されなきゃ成長できないような産業って、ほんとうに有望といえるの?
 確かに、明治維新の頃とか、あるいは戦時体制とかのときには、まあ官僚や産業政策はそれなりに意義があったかもしれない。でも、その意義はかなりはやい時期に消えているのね。そして日本の産業界だって、別に官僚さまをありがたがってきたわけじゃない。むしろかれらは昔から、官僚は役にたたない、腐ってる、じゃまだ、と言い続けてきていた。なぜかっていうと、日本の産業(そして財界)はそれなりに競争力もあって、お役所にとやかく指導される必要なんかほとんどなかったから。日本の官僚は、直接的な政策じゃなくて、行政指導というソフト(または陰湿)な形で産業誘導をすると言われるけれど、これってむしろ、まともに政策的な指導をしても言うこときいてもらえないから、コソコソした手口に頼るしかなかったということでもあるのだ。これについては、この論文を見てね。


■日本って、単に運がよかっただけかも。

 じゃあ日本ってどうして発展できたんでしょうか? うん、これは前回も書いたように、はっきりとはわかんないんだけど。一つには、民間企業がそれなりにがんばりました、というのはある。でもそれにもまして、日本ってすごく運がよかったんじゃないか。アメリカは、かなり長期にわたって東南アジア市場には手を出さないでくれたし、途中からは自分の市場をも解放してくれた。市場を用意してもらえて、しかも1970年代まで、1ドル360円なんていうとんでもないレートを続けさせてもらえてたのよ。官僚うんぬんという前に、黙ってたって輸出がどんどんできて発展したのはあたりまえではないか!


■かわいそうな官僚たち

 まあ最後のところは議論がわかれるにしてもだ。するとだよ、官僚バッシングって、なんか意味あるの? お手軽な悪者探しをして、わかりやすいスケープゴートに責任おっかぶせて、それで悦に入っているだけじゃん。いまの官僚がそんなに最高だとは言わない(だってしょせんはぼくの同級生どものなれの果てだぜ)。でも、かれらが腐敗したために日本の経済が停滞してるわけじゃあない。そもそも、きれいなだけで政治ができると思ってるの? 国がまわると思うの? だからぼくはかつての同級生や先輩後輩たちに、深く同情しているのだ。あんな安月給で、あんなひどい労働環境で、あんなに長時間こきつかわれて、それでなんでもかでも悪者扱いじゃあかなわないよなあ。
 しかし困った。かれらがそんな役にたってないなら、そして日本の発展がただの偶然なら、ぼくはその途上国でなにを話せばいいんだろう。いやそれ以前に、日本はどうすりゃいいんだろう。官僚も考えろ(考えてるんだろう)。だけど、官僚だけでどうにかなるわけじゃない。官僚批判は、そこらへんを頭にいれて、眉にツバをつけながら読まなきゃいけないのだ。



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