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ロマンス

HB 2002.4 表紙
Harper's Bazaar 日本版 20 号(2002 年 4 月)

山形浩生



 去年、知り合いカップルが離婚した。結婚して2年目。ぼくはそれ以前から、双方それぞれからグチをきかさるのが結構うっとうしかったんだけれど、それがしばらく収まっていて(まあぼくが日本にいなかったせいもあるのだけれど)、忘れた頃のニュースだった。

 そもそもこの二人の結婚については、結構な大騒ぎがあったのだった。ぼくは最初、女のほうと知り合いだったんだけれど、特に情熱的とか多情とかいうところのない、てれーんとした女の子ではあった。それがいきなりの男に熱を上げだして、転がりこむように同棲。よほどすごい男なのかと思ったら、ひたすら朴訥でまじめそうなだけだったんだけれどね。仕事上のつきあいが、だんだん深みにはまっていったそうな。

 ところがそいつ、困ったことにすでに婚約中で、そこへ彼女が割り込んできたもんだからさあ大変。様子見で事態が進行するうちに、両者がそいつのアパートで鉢合わせて大喧嘩、すさまじい攻防が繰り広げられ、その後も親族まで巻き込んだ大立ち回りがあったとかなかったとか。ぼくが男の方と初めて会った宴会も、その大騒動の直後のこと。彼女が自分の正当性を力説していたのは覚えている。「これは運命なのよ! だれにも止められないわ」とかなんとか、ほほえましさを越えて辟易したものだった。男のほうは、うん、うんとうなずくだけで黙っていたっけ。

 で、その後三者でいろいろ談合が行われたのだけれど、まあそんなことがあった後で大人しくもとのさやにおさまれるはずもなく、男は婚約破棄で慰謝料を払わせられて、そしてその後すぐにこの二人が結婚したときには、知り合いの間では、やれやれこれでやっと落ち着くわい、というようなホッとした雰囲気が流れたものだ。ゴシップはおもしろいのだけれど、それがある程度以上の知り合いの話となると、(そして単なる惚れたはれたレベルを越えた壮絶なバトルにまでなっていると)生々しすぎて聞くに耐えないのだもの。その頃、彼女はもう意気揚々としていたし、男もずいぶん嬉しそうではあったのだ。

 ところが、それが一年ほどでかなり冷え込んできた。彼女のほうは、男が自分の気持ちに応えてくれずそっけない、とグチをたれ、男のほうは、「いやあ、もう疲れましたよ」を繰り返していた。で、破局。やれやれ。その後、この二人には会っていない。

 去年の暮れの飲み会で、この二人が話題にあがった。「いやあ、あれだけ大騒ぎしたのにねー」「あっけなかったよねー」で、男が悪いの、女が一方的に対決モードに入ってたのが諸悪の根元の、いろいろ無責任な放言がひとしきり出尽くしたあとで、ちょっと沈黙が続いてから、だれかがこんなことを言ったっけ。「でも、あれも小説か映画にしたら、一大ロマンスだったんだけどねー。少なくとも結婚するまでは」

 みんな無言でうなずいて、そしてだれかが言った。「でも結婚前だって、当事者や関係者から見たら、ロマンスどころかロマンチックのかけらもなかったよねー。なんか壮絶だったよね」

 「だってさ、現実だもん。ロマンスなんて、基本はフィクションで、ありえない他人事だから面白がれるんだよ」

 「でも、あの子は完全に『ロマンス生きてます』状態だったよね」

 「たち悪いよな。ロマンスが終わっても人生は続くからなあ」

 で、その後ぼくたちは、この一件をすてきなロマンス小説かドラマに仕立てるにはどうすればよいかについてぎゃあぎゃあと論じて、他人の不幸をネタにして配役や脚本をあれこれ考えてみたのだけれど、やればやるほど、それはできの悪いコメディにしかならくて、そのうちみんな飽きて別の話題に流れていったのだけれど、で、ロマンスか。ロマンスというと、最近ぼくはあの二人の顔がつい頭に浮かんでしまうのだよ。

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