Harper's Bazaar エポックメイカーたち
送った原稿がこれだが、実際に載ったのはトレント・レズナーとエスピン=アンデルセン、残雪、ソローキン、八谷和彦、北野宏明……ほとんど載ったのか。
- トレント・レズナー
ご存じナイン・インチ・ネールズの頭領というかNINそのもの。スマッシン
グ・パンプキンズのビリー・コーガンが絶望とともに語ったように、ロックはす
でにもう死んでいるのかもしれず、テクノやヒップホップを混ぜた新しい形の音
楽に発展的に解消していくのかもしれない。でも言い古されたことではあるけれ
ど、トレント・レズナーならロックの未来形を見せてくれる、かもしれない。あ
るいはかれはロックに有終の美を飾らせる人、になるかもしれない。<
- 八谷和彦
ポストペットの人。発想も、思考の深みも、そしてなにかをつくってしまう行
動力もおそろしい限り。エネルギー枯渇後の世界にそなえて馬を検討? 馬車を
つくって無駄な消費を増やそう? いや、こういうわけのわからないことを思い
ついて実行してしまうという意味で、数少ない真のアーティスト。二十一世紀に
も必ずや時代を画す何かをやらかしてくれます。
- ローレンス・レッシグ
現在はスタンフォード大教授で、インターネットにおける法や規制、著作権や
プライバシーといった問題についてまともに深く考えている数少ない人物。二十
一世紀に入っても、たぶんネット上の法規制の問題は当分もめるだろうし、それ
がわれわれの生活と関わってくる面はますます増えるけれど、最終的な考え方の
基盤は、たぶんこのレッシグ先生のアイデアになっているはず。
- フリーソフトウェアのハッカーたち
だれ、と名指しで上げることはできない。でも、ハッカーたちがだれに命令さ
れたわけでもなく開発し、普及させていったソフト群がインターネットの基盤を
築き、われわれの生活の一部を大きく変え、マイクロソフトやアップルに基盤を
与え、そのマイクロソフトをさらに震撼させている。二十一世紀に入っても、必
ずみんなを驚かす何かがかれらの腕から出てくる。それがGNOMEプロジェクトの
発展形か、Berlinプロジェクトの成果かはまったく見えないけれど。
- ポール・クルーグマン
経済学も、新しい人がなかなか出てこない分野で、「今後10年の期待の星」み
たいな特集を経済雑誌がやってもとても限定された分野のマイナーな人しか上が
らない。80-90年代のスターはとてもはっきりしていたのに。クルーグマンは、
たぶんポール・ローマーあたりとならんで、最後のスターの一人。コロンブスの
卵みたいな発想で次々に新分野を開拓、さらに経済理論を政策的にどう反映させ
るかについても、非常に明快。やまっけもあるし、まだ過去の栄光にしがみつこ
うとするところはみじんも見せない。もう二,三発、経済学の分野であっといわ
せることを必ずする人。
- ゲスタ・エスピン=アンデルセン
デンマークの、社会学者。福祉国家の将来像についての明確な分析と考察。こ
れから日本は高齢化社会になっていくし、そのなかで福祉国家としての方向性を
模索しているけれど、たぶん総合的な方向性はエスピン=アンデルセンの考えた
ものになっていくだろう。要するに、女どもをもっと働かせろ、という……この
先、エスピン=アンデルセンがそれをもっときちんと詰めたとき、みんな無視で
きなくなると思うな。
- 北野宏明
まだSONYの研究所にいるのかな。脳科学から遺伝子アルゴリズムから、いまは
ロボカップ。頭もいいと同時に目端がきくし、政治的なたちまわりもできる。こ
の先かれがどんな分野に手を出すかさっぱりわからないし、その中でかれ自身が
なにかまったく目新しいものを見つけだすかどうかはよくわからないけれど、か
れがやらなくてもかれの育てる人の中から必ず得体の知れないものが出てくる。
- ジェイミー・ザヴィンスキー
ネットスケープのプログラマ。XEmacsの重鎮。天才プログラマなのは確かだ
が、多才すぎて次に何をするかわからない。文章もすごい。かれが片手間でつく
ったプログラムは、そこらのアーティストのちんけな作品をしのぐ。ネットスケ
ープをやめてから、いまはクラブを買って開業準備にいそしんでいるけれど、次
にかれがやるのはなんだろうか。またプログラミングに戻ってきてくれたら、な
んかやらかしてくれると思うのだけれど。
- ソローキン、残雪
小説も枯渇しつつあるジャンルかも。小説の新機軸を見せてくれる人がいると
はなかなか思えない。村上龍は完全に枯れ果てたようだし、トマス・ピンチョン
やエリクソンの新作が出てもそれが決定的な衝撃を与えるとは思えない。あれほ
ど一世を風靡したラテンアメリカも、これといった目新しさはない。そのなかで
近年、ぜんぜんちがう小説のオドロキを見せてくれたのがソローキンと残雪。ソ
ローキンのほうは、いわば瞬間芸的なオドロキではあるけれど。
- その他
建築デザインでは、注目したい人がぜんぜん出てこない。ザハ・ハディドやダニ
エル・リベスキンドは、実作をつくらせてみたら図面の迫力がぜんぜんないし、
レム・コールハースはアジア都市がどうしたという能書きは多いけれど、それが
どうしたというものばかり。その後強い図形的な構築力を持った人もなかなかい
ない。
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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)