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家族

HB 2001.9 表紙
Harper's Bazaar 日本版 12 号(2001 年 09 月)

山形浩生



 家族っていうのは、なかなかよくできた仕組みだ。セックスの確保を口実に人をくっつけて、人間の再生産と、その結果生まれてきた子供の安定した養育の仕組みを確保する。そしてそれを逆手にとって、その子供を人質にしてこんどは大人を労働に駆り立てて、社会の運営に役にたてる。そしてそのガキが大きくなってきたところで、歳とって動けなくなった親の面倒をみさせる。これを考えたやつは天才にちがいない。それを支えるいろんな仕組みも充実している。宗教とか、あるいは各種の家族向け優遇措置(扶養家族手当とか配偶者手当とかね)なんかがとか。動物界に見られる育児本能とか、子供を守るための親の献身ぶりともパラレルがあって、PR上もなかなか。

 というわけで家族という仕組みはとっても優れものなんだけれど、んー、だんだんガタが来ていて、ぼくはこの先つらいと思うのだ。だって子供のほうでも親がうっとうしいし、親のほうも子育てはあまりに面倒だ。世界的にも、経済的な余裕がちょっと出てくると、みんな子供を減らしたがる。いやなんだよ、子供なんて。子供を産めば産むほど、女は体力を消耗して寿命が縮むしね。

 そして高齢化が進んで介護負担が家庭内では処理しきれなくなるから、介護サービスのニーズが高まると言われているけれど、もしそうなら育児のほうだって同じくはどんどん家族の外で処理されるようになると思うんだよね。特に育児はそうしたほうがいいんじゃないかと思うんだ。だっていまの親たちが、子供に対して何をしてやれるの? 何も提供できない。テレビに勝てないし、ゲームにも勝てない。いまの親たちはつまんないんだ。自分じゃ何もできないから子供に提供できるものがないんだ。本を読む習慣がないから、子供に本を読んだり選んだりとかできないし(本もメディアだけれど、テレビとかに比べて選択肢が異様に広いのね)、まともな社会観もないからしつけもできないし。コミュニケーション的にも、携帯電話やネットに親なんか勝てないよね。それに子供が減って、育児ノウハウがぜんぜん蓄積されないで、効率は悪化するばかり。これじゃダメでしょ。子供にあまりかまいすぎず、放置もせず、というバランスをとれる別のシステムを作るほうがいいと思うぞ。とはいえ、そういう機能を果たすはずの学校がまたボロボロですからねー。だから実際にはどうなることやら。

 もちろんパラサイトシングルとか言う話はある。あれは、子供が親にずっと寄生し続けるという説だけれど、ぼくはあれは逆だと思っているんだ。あれは親が子供をずっとペットみたいに飼い続けているんだと思う。ああいう形の家族は続くかもしれない。でも、これも後がないでしょ。親が死んで遺産食いつぶしたら? そして多くの人がペットを虐待して喜んでいるように、自分や他人の子供を性的に虐待したりするペドファイルたちの隠れ蓑として家族は機能するかもしれない。でも、それだって少数派だろう。

 結局、今後家族というものを成立させるべき根拠ってなんだろう。昔の人はずっと人口爆発を心配していた。映画ではどうなっているか知らないけれど、「AI」の原案「スーパートイズ」では、主演のロボットの子とその相棒のクマを飼っている夫婦は、子供を産む権利に当選しないから代用品としてロボットを持つ。そういう世界では、子供の希少価値とかステータスシンボル性なんてものが家族を維持する理由になるかもしれない。でもいまみんなが心配しているのは、人口減少のほうだ。そして人口を増やすだけなら、試験管ベビーとか、確実な方法がもっといっぱいある。無理してコストかけて(そう、実は家族って別に自然じゃなくて、かなりコストをかけて維持しているのだ)家族を維持する理由はなくなるんじゃないか。そのときの社会ってのがぼくにはまだ想像つかないけれど、でもいずれ、親とか子とか兄弟とか、そういうのが完全なアナクロになる時代が、あと半世紀くらいできてもおかしくないんじゃないか。ぼくはそう思う。

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