ニューヨーカーといえば、身勝手で自己中心的で短気でいつも怒っているもの、とだいたい相場が決まっているのだ。もちろんこの場合のニューヨークはマンハッタンのことだけれど。そして去年の夏、少なくともぼくの知り合いの数人のニューヨーカーたちは、いつにもまして怒っていたのだった。
まあ、この世間の評はあたっていなくもない。でも一方で、ニューヨークにはかれらの属しているコミュニティがいくつかあって、その中に入れてもらえれば、もうそれはそれは居心地がいい。急にみんな親切で気さくになる。そしてちょっと外をあるけば、あちこちでその同じコミュニティの人間に出くわすことになる。これはニューヨークのいちばんの魅力だし、多くの人がここを離れられない理由でもある。一方でポール・オースターは、「散歩するたびに一時間も立ち話することになって仕事にならん」とマンハッタンを敢えて避けている。これはまあ、コインの裏面みたいなもんか。
それは一つには人口密度が高いからだ。マンハッタンには戸建ての住宅なんかない。その密度の高さが、いろんなコミュニティの同居を可能にしている。もちろん、隣の人と自分とはまったくちがうコミュニティにいる。だからドアにはがちがちに鍵をかけるけれど、でも同じところに、いっぱいコミュニティがあって、多くの人はそれをいくつか掛け持ちして暮らしているわけだ。
そして、レストランや雑貨屋やその他の商店も、そういうコミュニティの関係の中で成立している。マンハッタン、特に南のロウアーマンハッタンの店舗は、ローカル色がとても強い。ここは量販店や大型スーパーのあまり栄えない場所だ。でかい高級デパートなんかは別だけれど、でもウォールマートやKマートといった大型スーパー業態は、何度も出店しては撤退を繰り返している。地元の中小商店がすごくがんばっていて、こうした大型店の入り込むスキがないからだ。その中小商店をささえているのが、こうしたコミュニティの存在だ。ある価格帯と、それに応じた品質(そしてもちろん商品)とのバランスでそこを利用するコミュニティが決まってくる。
で、去年の夏のニューヨークはいつになく涼しくて快適で、そしてぼくの友人たちが何に怒っていたかというと、その天気に怒っていたのだった。「まったく、こう天気がいいと、またバカなドットコムの連中がかんちがいして大挙して押し寄せてくるから迷惑しごく。連中が札びらで横っ面はたくようなまねするから、家賃はあがるし、おかげで古い店が追い出されて廃業して、生活のリズムが狂いっぱなし! 不快な湿気よよみがえれ! うだるような暑さはどこ行った!」
ここでかれらが嘆いているのは、身勝手な話だけれど、一つにはさっき説明したコミュニティのあり方に関わる話で、かれらはそれがニューヨークの魅力を殺ぐものだってことは敏感に感じ取っている。
ちなみにこいつらは、数年前はニューヨークの犯罪が減ったといって文句を言っていたのだった。「ジュリアーニ市長はおれたちを観光客どもに売り渡した! 世界殺人ランキングで百位にも入れないなんて、ニューヨークも落ちたもんだ!」
でもこれもまた変わりつつある。ドット・コムブームが去って、いまマンハッタンの不動産価格もそろそろ下落しそうな気配が見えている。まずは億ションあたりが、買い手がつかなくなっているようだ。撤退組もかなり増えたらしい。そしてアメリカは、一部の信頼できない説によれば不況目前。かれらはいま、ダウ平均が下がるたびに大喜びしている。がんばれニューヨーカー。きみたちの大好きな、汚い犯罪まみれのいやなニューヨークは、近い将来必ずや復活するだろう。もちろんそのときには、きみたちは「ここも最近は汚くて危険で」とまた怒るのだろうけれど。そういうこいつらの一貫性というか節操のなさというかが、ぼくはいつもおかしくてたまらない。ぼくにとってニューヨークの一番好きなところかもしれない。
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