ぼくは世の中のドットコムのブームがあんまり好きじゃないし、どう好きじゃないかについてはいろいろ書いてきた。一言でいえば、実力以上にさわがれすぎだってことだ。
これは別に、実力がない、と言っているんじゃない。実力のあるドットコム企業はいっぱいある。ドットコムのブームを作った功績のかなりの部分は、オンライン本屋さんのアマゾンのおかげだろう。アマゾンは、本当に実力のある会社だ。ここは最初から自分たちがインターネット上の本屋だというのを強調し、売り物にしようとしていた。だから名乗るときに「アマゾン」といわず、必ず「アマゾン・ドットコム」と名乗るようにしていて、やがてアマゾンが急成長するとともに、ドットコムというのが成長企業の代名詞のように思われてきた。そしてその結果、ドットコムならなんでも買っておこう、という風潮がでてきて、こんどは逆にハクをつけたいがためにドットコムを名乗る、実力のない軽薄な企業がいっぱいでてきて……そしていま、ちょっとドットコム企業は落ち目だ。
ドットコム――というのは、まあインターネットを活動の拠点にしている企業、くらいに考えておけばいいだろう――が従来型の企業に比べて成長力がある、という説は、まったく根拠レスじゃあない。たとえば、これまでよりは場所にしばられないですむ。高いオフィスはいらない。日本企業が、やすい途上国の人を雇って仕事をさせることもできる。そしてインターネットという、まったく新しいメディア上で、webというバカみたいに簡単なツールを使って、単にアイデアだけで全世界の人を相手に商売ができる――これはいままでの企業にはできなかったことだ。しかもアイデアさえあれば、投資なんてふつうのOLの貯金でもお釣りがくるくらい。これはビジネス参加のチャンスを一挙に広げたのは確かだし、そこにはすごい夢も希望もあった(いまもある)。
でも、不安要因もあった。まず、いままでの大企業だってバカじゃない。出足は遅くても、必ず追い上げてくる。さらにドットコム企業の多くは、ネットを使う企業であると同時に、ネットを使わせる企業でもあった。ネット関連機器を作って売るところ、ネット関連ソフトを売るところ、ネット広告を出すところ……ネット関連メーカーがネット関連ソフトのサイトにネット広告を出し、という堂々巡りが、いろんなところにみられる。これって怖くない? かつてある住宅地で、大規模なマンション開発があった。それで、その建設業者がその土地のマンションに、大挙して入居したんだ。するとそれがマンション不足を生んで、どうもマンションが人気あるようだ、とマンション建設のブームが起きて、そしてさらに建設業者が……でもある日、そのさいしょの大規模マンション建設が終わって、業者たちがそこを去ったとたんに、なにが起きたと思う? いま、それがネットのドットコムの世界でも、ちょっと見え始めているようだ。
さて日本では、コンピュータなんかさわったこともないとおぼしき爺さんどもが、やれIT革命だのドットコムなんとかだのとさわいでいて、それでいろいろ税金を無駄遣いしようとしている。まあそれはそれでご愛敬なんだけれど。ただ、それで出てくるのが、ハードウェアの整備で、回線増強しか考えてないのは嘆かわしいな。そして中身のソフトやコンテンツの話しでなにが出てくるかというと、あのインパクだぁ。ゼツボー。
日本のe-なんとかの障害っていうのは、もっと実はソフトっぽいところにある。はやいはなしが、ドメイン名の取得、なんてあたりから。ドメイン名というのは、http://www.hogehoge.com/の、まあhogehoge.comの部分だと思ってほしい。アメリカだと、これがじつに簡単にとれる。空いてればだれでもとれる。あなたでも、20 ドルほど出せばすぐにとれてしまう。このぼくですら、genpaku.org と cruel.org という二つのドメインを持っていて、これがドットコムではなくてドットオルグ(.org)になっているのは、これをとった時点ですでに、ドットコムはその筋ではあまりに軽薄になりすぎていたのと、会社じゃないのにドットコムを持つのはなんかいやだったからだ。アメリカは、こうやってドメイン名をほいほい出している。
ところが日本でこのドメイン名の管理をしているところは、じつにうるさい。com に相当するのは、co.jp ってやつだけれど、これはちゃんとした所在地を持った企業でなきゃとれない。手続きも煩雑で時間がかかって対応も官僚的で、しかも一社一ドメインってことになってるので、たとえば Power to the People 社は ptp.co.jp というドメイン名をとったらそれでおしまい。製品別にドメインをとるとか、そういうのいっさいなし。
念のためいえば、これはいい部分もある。たとえばアメリカには、他人がほしがりそうなドメインを先回りしてとっちゃって、あとから法外な値段でそれを売りつける、なんてあこぎなまねをする人たちがたくさんいる。日本の方式だと、それは無理だ。もっとも、そうでなくてもドメイン名をめぐる争いなんてのはいくらでもでてくるんだけれどね。こないだミュージシャンのスティングが、sting.com を取ろうとして、いまそれを持っているゲーマーを訴えて敗訴した。同じくあの、最近とみに下品で駄作しか出せなくなったマドンナが、madonna.com を横取りしようとしてすごく横暴で強引な訴えをおこして、係争中だ。でもまあ、そういうのはかなり減るかもしれない。
けれど、一方でそれはネットワーク上で存在感をうちたてるのに、すごく手間がかかって煩雑だ、ということでもある。日本だとドットコムのブームじゃなくて、co.jpブームってのがあってしかるべきなんだけれど、そうはなってない。ネットの活動なんて、かなりの部分が思いつきだ。大きな元手もいらない。アイデアさえあればいい。そしてただの思いつきが、いつしかでっかい企業活動になったりもする。そして思いつきなんて、さいしょの勢いが肝心でしょう。アメリカのドメインなら、今日思いついたアイデアをテーマにしたドメインが、明日には取得できて、すぐにwebページでアナウンスできる。最近落ち目だけど、yahoo! をごらんよ。さいしょはただの学生の思いつきだ。それがいまや大ネット企業。そしてその間ずっとかれらは、yahoo.comであり続けられる。日本の仕組みだと、それはできない。だから、何か新しいことをやろうとする人はみんな、アメリカの.comとか.orgとか.netドメインをとるので、それでなおさらいろんなネット関連の活動がアメリカのほうを向いちゃうのだ。ようやく、それをなんとかしようという動きが出ているけれど……まあお手並み拝見ってとこだな。
たぶん日本で本当にIT革命だの、ドットコムに匹敵するブームみたいなのを起こすには、なによりもそういう簡単な考えかたのところでいろんな障害をとりのぞかなきゃダメなんだと思う。国家戦略でいろんな回線整備とか、そういうのもいいんだけれど、それをどう運用するかっていう、技術とは関係ないところでのハードルってのがたくさんあって、ぼくはそっちのほうがだいじなんだと思うのだ。でも、「回線が足りないから増設しよう」というのと「だれそれのやり方はまずいから変えよう」というのとでは、後者が角がたつから、ぜったいに前者でみんなおちゃをにごして、結局モノにならんだろうなあ、という気はしなくもない。
そして日本がそうやってITだのドットコムだのを盛り上げようとしているいま、アメリカではすでにかつてのドットコム企業たちが、名前からドットコムを取る動きが増えている。昔は急成長企業のしるしだったドットコムが、いまはあちこちで倒産したり株価暴落したりしていて、ヤバくてあぶなっかしい企業の代名詞になっちゃっているので、いっしょにされちゃいやだ、ということで会社名にはドットコムを入れたくない、というわけ。
……それはそれで、またいかにも軽薄というか、つれないと言うか。いまにして思えば、アマゾン・ドットコムがえらかったのは、別にドットコムがはやりだったからドットコムを名前につけたわけじゃなくて、ほかと差をつける手段とはいえ、自分たちの活躍と成功によって、逆にドットコムというブランドを自ら立ち上げてきたという点だ。それだけの才覚と決意が、かれらをすごくしている。結局だいじなのは、なにをどうやるかという、本当にあたりまえのビジネスの基本であって、ドットコムであるかどうかじゃあない。そのあたりまえのことが、いま一部ではやっとはっきりしてきたんだけれど、あなたのドットコムやe-ビジネスはそれに応えられるだろうか。そういうことだ。
Harper's Bazaar index 山形日本語トップ