GQ 書評 2004年

山形浩生



 なかなかおもしろい趣向の依頼。何かベストセラー本をとりあげてけなし、それに対して対抗本を出すというもの。公然とけなしていいのは、楽しいなあ。1600字もあるとなかなかだし。唯一の欠点は、クズのようなベストセラー本を無理して読まなきゃいけないということ。ただ、これもたまに意外な発見があっていいね。

 毎月、編集担当が候補を5-6冊挙げてくれる。その中から選んでもいいし、また別の本をこちらで選んでもいい。対抗選書はもちろんこっちの裁量。

橘玲『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬社)

 ベストセラーが必ずしもよい本、というわけではないのは、だれでも知っていることだろう。それどころか、むしろダメな本のほうが多いかもしれない。一過性の、ちょっとした気分に便乗しただけのバカなベストセラーはいくらでもある(このコラムはまさに、それを前提にして成立するはずのコラムだったりするのだ)。だからと言って、別にベストセラーだから必ずダメ、ということにはならないしょっぱなからその例外にあたったのは、ぼくとしては嬉しいことだ(ぼくだって、茶化すためとはいえ敢えてダメな本を読みたいわけじゃないんだから)。  今回の本は橘玲『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬社)だ。よくある、楽してウマウマ儲かりますとかいうバカな本のたぐいのように思える。「あなたも明日からオンライン株式投資!」とかいう類の本じゃないかという感じもするだろう。

 でも、この本はそうじゃない。本書の帯で「金持ち父さん貧乏父さん」は日本人には役に立たない、と書いてあるように、これまでの金持ち系ベストセラー(特に翻訳もの)の多くの持っている問題点を理解したうえで、日本の事情を勘案したうえできちんと書かれている。すごくまともな本だ。とにかく、ぼくたちパンピーは無駄な支出を減らすことでしか資産形成はできないんだよ、ということを丹念に述べた本は、ありそうで実はなかなかない。

 え、投資による資産形成はないのかって? ない。いまの日本には、資産形成ができるような投資先がないから。不動産? ダメー。地価は下がってばかりでしょ。株? 今の株式市場を見てどう思う? この本は、それをきちんと説明して、税金と年金と保険のところでとにかく支出を減らして、さらに住宅取得と子供というお金がかかるものは、よく考えろと教えてくれる。立派です。

 実はこの本、いきなり湧いて出たわけじゃない。これまで何冊か出ていた「ゴミ投資家」シリーズというのがある。この本はその流れを汲むものだ。これも波のあるシリーズではあったけれど、巻を追うごとに少しずつ知恵がついているのはうかがえた。この『黄金の羽根』の著者はこのゴミ投資家軍団(「海外投資を楽しむ会」というのが正式な名称だけど)の創設メンバーで、だからこの本には同シリーズのエッセンスが詰まっている。さらに、税金の仕組みや年金の仕組みも手際よく解説してくれて、なぜそれが多くの人にとって損になるように作られているのかを示すことで、単なる目先の小銭稼ぎには(読み方によっては)終わらない、世の中のあり方を考えるきっかけにもなる本となっている。ここまでできたら文句はありませんな。  ただ不満があるとすれば、この本は ぼくはインフレ目標設定によって、いまから日本の景気が大きく上向くことは十分にあると思っている。もちろんそれが実際に実行に移されるまでの道筋はわからない。でも日銀が国債の買い入れをやってくれればかなり状況は変わるだろう。福井くん、ガンバレ! それが起きたとき、本書を貫いているいまの日本に対するペシミズムはかなり変わってくる。不動産投資は損だという話や、株式市場の話も、あと税負担や年金の話も結構ちがってくるだろう。

 あと、内容的に一つケチをつけるとすると、 この本の中には、MBA用ファイナンスの授業で習うモダンポートフォリオ理論について、とても簡単だけれどよくまとまった解説が出ているんだけれど、それをもとに「いまの」それは議論が乱暴すぎる。著者がもとにしている議論は、いくつかとても極端な仮定を置くことで初めて成立しているもので、現実社会はこの理論が想定しているほど完全には合理的じゃないので、多少はたちまわりの余地があるのだ。が、まあマイナーな点ではあるんだけれど。

 だから併読すべき本をいくつか紹介しておこうか。まず、本書の本題と関わる、とにかく支出を抑えろという話についてはショア『浪費するアメリカ人』(岩波書店)。金がなくなればいやでも節約する、という説もあるけれど、そうなる前に、自分にとって本当に意味のある支出はどれかについて考えておくほうがいい。そのための参考として読んでおこう。さらにいま挙げたポートフォリオ理論の問題点みたいなことを考えたければ、セイラー『市場と感情の経済学』(日本経済新聞社)をおすすめしておく。必ずしも橘玲が言うほどは合理的にはなってないのだ。

 あと、この手の本は一冊だけ読んでそれを鵜呑みにするようじゃいけない。類書を比較することで、長所や短所が見えてくる。比較対象を何にするかは迷うところだけれど、桝山寛『マネースマート―ほしいものが手に入る方法教えます』(角川書店)あたりがお気楽でいいかも。この本は『黄金の羽根』とある程度は似たようなことを述べている。ただしその中身はかなりお気楽で、『黄金の羽根』の持つシビアさはない。『マネースマート』に書かれていることのどこが甘いのか、その甘さは著者の能力のせいなのかそれとも本としての立場がちがうせいなのか――そこらへんを考えながら読み比べると、善し悪しが見えてくる。

 それとこの手のお金儲け本全般に対して眉にツバがつけられるようになる本として、ベルスキー&ギロヴィッチ『賢いはずのあなたが、なぜお金で失敗するのか』(日本経済新聞社)を薦めておこう。この本は読んで字のごとし。お金がからむと、人は目の色が変わる。ゲームセンターや、外国のカジノのスロットマシンで「あと一回」「負けを取り返すまで」「今度こそ」とか思ってついつい負けがかさんでしまう人は多い。この本はその心理について楽しく説明してくれる。自分だけはうまく立ち回って、黄金の羽根を真っ先に拾えると思ってあわてて行動してしまうような人は、こういう心理的な罠にはまりやすいかもしれないのですよ。

ウッドワード『ブッシュの戦争』(日経新聞)

 この本はタイミングの勝利ではある。戦争ってイラク爆撃のことだと思うのが 人情でしょう? 帯にもそう書いてあるし。でもちがうのだ。これは前回のアフ ガニスタン爆撃の話だ。さらに帯に書いてある金成日がらみのブッシュ発言は、 本文ではほんのおまけだ。

 いろんなインタビューをもとに、本書は9.11テロからアフガン爆撃までの様子 を詳細に描く。いつ、どこの会議でチェイニーがこう発言するとブッシュはこう 言った云々。書き方は真に迫っているし、爆撃へと至る道のりが克明にえがかれ ――るのだけれど、でもおもしろくない。アフガニスタン爆撃は別に大した駆け 引きの産物じゃなかったからだ。爆撃自体は早期に決まって、あとはそれを実現 するための事務手続き話が延々と続くだけなんだもの。

 さらに本書は本当にブッシュの実態を描いているんだろうか。ここでのブッシュ は妙にかっこよくて知識も決断力も高いけれど、ホントかね。かれは選挙中にタ リバンを知らなかったし、アフガニスタンだの北朝鮮だのについてそんなに詳し いはずはないのだ。

 そしてもう一つ気になるのは、著者がジャーナリストらしく各種の密室内の秘 密会議をほじくり出すことばかりにかまけていて、マクロな話に目が向いていな いこと。著者が有名になったウォーターゲート事件ならそれでよかった。ニクソ ンは選挙違反をしてけしからん、おしまい。でもテロや戦争は、もっと大きな影 響を持つ。テロや戦争を口実に、ブッシュ政権がせっかく均衡していた政府財政 を真っ赤にしたうえ、金持ち向けの大減税を詭弁で導入する一方で貧乏人向けの 各種施策は切り捨てた話については、ほとんど書かれていない。テロや戦争とこ うした経済失策との関連は見逃せないはずなのに。さらにテロ対策やアフガン復 興のひどい状況もまったく無視。

 たぶんこれを読む人は、実は本当に戦争やその影響について知りたいんじゃな いのだろう。本書の訳者あとがきにははからずも、そこらへんの心情が書かれて いる。「日本や中国の戦国時代の智将たちの駆け引きもかくやと思うこと、しば しばだった」。読む人たちは、ラムズフェルドにでも感情移入しつつ、乱世の指 導者の意志決定を演じてみたいんだと思う。そもそもこれは、ノンフィクション とはいえ、著者がいろんな証言をベースに勝手に想像したフィクションなんだし。  じゃあかわりに何を? 歴史的な叙事物語を読んでヒロイズムに酔いたいなら、 ほんもののエピック小説を読んだほうがいいんじゃないか。『指輪物語』はおも しろいし、いま読むと映画の話もできるし人気者になれるかもしれない。「あの ゴラム(ゴクリ)はね、実は最後に……」。一方で、個人崇拝のフィクションに とらわれず、本当に世界や国の運命の動きを考えたい人にはダイアモンド『銃・ 病原菌・鉄』を。ひょっとするといま本当に世界で重要なのは、ブッシュよりも SARSのほうかも。もっと短期的にはランデス『強国論』とマン『ソーシャルパワー』 を。ブッシュの経済政策についての分析は、ニューヨークタイムズのポール・ク ルーグマンのコラムが最高だけれど、残念ながらまだ本になっていない。たぶん 来年くらいには何か出るので、今から頭の中でブックマークしておこう。また、 本書で描かれたエリートたちのせめぎあいと駆け引きのもたらす一つの可能性に ついてはハルバースタム『ベスト・アンド・ザ・ブライテスト』を見ておこう。 同時に、ブッシュの別の面については『ブッシュ妄言録』が楽しい。

 『ブッシュの戦争』は、読んではイケナイ駄本じゃない。でも一方で本書を鵜 呑みにするのは、『項羽と劉邦』をありのままの歴史書だと思いこむような危険 性を持つ。個人を過大評価せずに大きな流れの中でバランスのとれた見方をす必 要がある。いま挙げた本を読んだ上で本書を再読したら、印象はまた変わるだろ う。

だれか『リーダーシップの何とか』??号

 昔から、長のつく役職についたり「センセイ」と呼ばれたりして喜んでるやつにろくなやつはいない。単にいばりたいだけの人、能力もないのにたまたま年功序列の順番や天下りでそういう長になってしまった人。だがそういう人たちの行状を見て顔をしかめているうちに、ふと気がつくと自分も立場上、なにやら後進の指導にあたらなゃならない立場になっている。「そろそろきみも、若手を喰わせるようになってくれなきゃ困るよ」とか言われて。やべー。

 人が各種のリーダーシップ本を手に取るのはそんなときなのかもしれない。そしてその手の本はたくさん出ている。えらい人の回想本も、マニュアル本も。最近ではもとニューヨーク市長ジュリアーニ『リーダーシップ』、あるいはマッケナ&マイスター『初めてリーダーとなる人のコーチング』なんかだ。

 さてたぶんこういう本に書いてあることは、まちがっちゃいないのだ。ただ、困ったことに書いてあることがどれも同じなのだ。組織は目標をはっきりと、みんなで共有、成果はきちんと確認しよう。会議は効率的に。若手育成なら、権限と責任を積極的に任せましょう、それに対する評価を明確にしましょう、とか。

 それはわかる。そしてそれを実現する小細工――早朝会議とか、ナントカチャートとか――は、真似すれば目先が変わっていい。でも、いちばん肝心のことは書きようがない。これが困ったところ。よく読むと、実は各種のポイントは、しばしば矛盾している。他人の言うことに耳を傾けましょう、というのと、他人に言われても動じずに信念をつらぬきましょう、という話は、どっちも事実だけれど両立はしない。状況にあわせてすばやく動きを変えるのがいいか、ヘタにおたつかずにどっしり構えるのがいいのか? リーダーシップ本にはどっちも書いてある。ぼくたちが知りたいのは、それをどう使い分けるか、なのだけれど――それはたぶんだれにも教えることはできない。そしてそのためには、もっと広い視野からリーダーシップを考えたほうがいいかも。

 そもそも、リーダーシップを考える前に理解すべきことがあって、それはそもそもリーダーの存在する組織の力学、なのね。それを理解するにはC.N.パーキンソン『パーキンソンの法則』(至誠堂)を挙げておこう。意地悪な目で、組織が硬直・疲弊化するプロセスを冗談めかして描き出した傑作。読みなさい。そしてそこではっきり描かれるのが、組織内政治という発想だ。多くのリーダーシップ本は、それを明示的に書かず、机上の空論となる。実は同じ著書が書いたホントのリーダーシップ本があるんだけれど、それが無法につまらないのは興味深い。真剣な考察より、立派なジョークのほうが洞察に富んでいるというのは、結構ありがち。

 さらにリーダーシップ全般について、理詰めできちんと考え直すための本。G.M.ワインバーグ『スーパーエンジニアへの道』(共立出版)。これは技術屋だけの本じゃない。プロジェクトをうまく動かすためのコツと同時に、むしろ失敗につながる各種の法則をはっきり示して実に参考になる。リーダーの持つべき謙虚さについて明確に指摘するし、組織内政治の視点も強力。

 そして最後に、ロバート・ペルトン・ヤング『危機察知の鉄則 生き残る人・ダメな人』(講談社)。厳密には、これはサバイバル本だ。でも戦争地帯にいったら、山で遭難したら――このときある集団をどう動かすかが生死を分け、そしてその集団の中のリーダーシップがその鍵となる。そういうとき、自信たっぷりにみんなを導きたがる「リーダー」は事態をなおさら悪化させる。最良のリーダーとは、まめな雑用係であり、グチ聴き係なのだ、と。これはワインバーグの指摘とも同じ、重要なポイントだ。リーダーって、めんどくさいんだよ。さて、あなたはそういうリーダーシップに耐えられるかな?

(コメント:なんの本だっけ。そのくらいジェネリックな中身の本だったってことで。)

ロバート・ケーガン『ネオコンの論理』(光文社), ??号

 おはよう。今回はケーガン『ネオコンの論理』だ。いまのアメリカ上層部で支配的な世界観を述べた本だとされている。本国ではベストセラーだそうな。日本でも、これを書いている時点であちこちですでに書評が見られて、それなりに評判がいいようだ。

本書のいいところは、なんといっても薄いところ。そして、身も蓋もなくてわかりやすいところだ。ある意味で、こんだけわかりやすい内容にしては、これでも長すぎるかもしれない。だって、本書の記述は一ページも使わずに要約できるんだもの。

 本書の内容はこうだ。アメリカは軍事的に強い。だから軍事を使う。ヨーロッパは、軍事的に強くなる可能性はあったけれど、EU統合の時の内輪もめのせいで、そのチャンスを逸してしまった。だから十分な軍備を持っておらず、軍事力に頼れない。ヨーロッパがいろんな折りに反戦を唱えるのは、別に平和主義だからじゃなくて、ものを言わせられるだけの軍事力がないひがみだ。だからアメリカは、ヨーロッパなんか無視して好き勝手にやればよろしい。どうせあいつら口だけで、何もできやないんだし。

 単純明快。実証的ではないし、実際にアメリカ上層部がこう考えているのだという証拠はないのだけれど、アフガニスタンやイラクの後では説得力はある。あるんだが、いまの要約を読んだら、本そのものは読む必要はまったくないんだよね。だってそれ以上の中身ってないんだもの。

 さて、かれの議論が正しいかどうかはさておくが、軍事的に強けりゃ何してもいいのか、というのはある。まあここは一つ、軍事にばかり頼るうちに、内部から崩壊をとげた各種の国の話なんかをあげておくのが定石だろう。ローマ帝国とか、モンゴルとか、その手の例はいろいろある。ギボン『ローマ帝国衰亡史』なんてのはいかが。塩野七生なんかに手を出しちゃだめよ。

 さらに軍事以外の側面として、気の長い人にはダイアモンド『銃・病原菌・鉄』。千年単位の文明観が身に付きます。そこまで気が長くなければランデス『強国論』。訳者の名前が気にくわないし、あとこれ抄訳なんだよね。だけれど、まあいい。読んでおこう。ヨーロッパの隆盛について一定の知見が得られる。その中で、『ネオコンの論理』が重視している軍事力というのがどういう位置づけになるのか、というのを見ておこう。

 ついでに、かつて「もう武力の時代は終わってこれからは情報だ」とのたまっていた、トフラーやそのエピゴーネンの本を、ブックオフの100円コーナーから拾ってきて読み返すと、なかなか感慨深いものがありますな。しかしその一方で、いまのアメリカの一つの弱点としてその諜報能力を挙げる論者が何人かいる。エシュロンが云々と思ったあなた、勉強してますね。でも、いま情報のあり方が変わっていて、あれではとらえきれない、という説もある。これについては日本語のいい本がないのが残念。

 あともう一つ、日本の多くの書評者(や本書の解説者)はバカで気がつかないのかへっぴり腰なのか知らないけれど、日本にとって本書の議論が持つ意味をきちんと指摘できてない。簡単なのに。本書の議論を認めるなら、日本の立場は非常に単純。国としてのプライドも誇りも捨てて、アメリカのケツをなめて奴隷追従外交に徹しろ、ということだ。だから本書を持ち上げる人の多くが、一方で愛国心だの国の誇りだのと口走るのは滑稽なことだ。奴隷になりたがる人の「誇り」って何? さらに本書を読んで、「だから軍事が必要」とか言って再軍備論をふりかざす単細胞なバカにもご用心。本書の議論をまともに受け取れば、アメリカに対抗できないような軍備なんか持つだけ無駄、ということになりかねないんだから。とはいえ、本書を読まずにすませるためには、何らかの軍事的な考え方は必要になると思う。これについてはたとえば兵藤二十八『「新しい戦争」を日本はどう生き抜くか』なんてのは悪くないと思う。ではまた。

(コメント:これは朝日新聞でもとりあげたけれど、むしろ日本の評者のあほさ加減をあらわにした点が大きな功績だと思う。)

藤井 孝一 『週末起業』(ちくま新書), ??月売号

 兼業のすすめ、ですねえ。いやぼくも、兼業すること自体は悪くないと思うのだ(ぼくもやってるしぃ)。この不景気で就職難の時代に、転職ったってそう簡単にはいかない。資格なんかとったって、そもそも求人が少ない状況ではあまり意味ない。起業しろといってもすぐに脱サラしろというのは無理。商売するにしても、まずはいまの職場を維持したままで、ちょっとやってみたら? うまく行ったらそれこと専業にしてもいいし。はいはい、まったくその通り。ばかな経済学者が、「日本人はもっとリスクをとれ」だの「サラリーマンの古い殻を飛び出して新しいことにチャレンジしようと言う気概がなければいけない、もっと起業家精神を」なんていうしょーもない煽りを(自分は安全な立場でぬくぬくとしつつ)書き散らしているのに比べたら、この本はとっても良心的。無理するな、できる範囲で、好きなことから、借金なんかもってのほか――うなずける部分はとても多い。

 ただ……確かに兼業はいいし、まあそれを進める立場上、そんなにむずかしい部分は書けないという事情はわかるんだけれど、商売になることってそうそう簡単に見つかるかね。経営コンサルである著者は、何を商売にすればいいか、というのに対して、実にコンサルちっくなお答えをする。「顧客はいるけれど、ほかにやっている人がいない分野こそが有望分野」。そんなの当たり前だ。そんなのがすぐわかるなら苦労はしない。ほかにだれもやってなければ、そこに客がつくかどうかどうしてわかる?

 アメリカの深夜番組では、通販番組の一つとして「ぼくのすぐに大金持ちになれる方法伝授します」みたいなのがある。で、かれのやり方って「ダイエット用レシピとか、ブックセレクトとかを作って、町の小新聞の売ります欄にのせる。そのうち、ヒットするものが出てくるから、そしたらそれを州の新聞にのせて、全国紙にのぜて、そうしているうちにドカドカ注文の舞い込むやつが出てくるのだ」というものだそうな。でも、この手法のために必要な無数のインチキリストはどうやって作る? それはもうだれにもわからない。

 そしてその意味で、「起業しよう!」というのを動機に起業するのがどこまで有効なのかな。当の著者自身ですら、独立してもまともな仕事がなくて、でも手すさびにメルマガを出しているうちに、それがどっかの雑誌社の目にとまって、そこから糸口が開けたそうな。ネット上の何かが本になったりする例を見ても、出版とかを考えずに気ままに書いているのがおもしろくて、商売はあとからついてくる。起業しようとか思わずに趣味でいろいろやっているうちに、なんかたまたまヒットする、という感じだ。逆に、ふつうのコラムを有料メルマガにしたとたんに文の質がおちて、やがて消えた書き手もぼくは数人見ている。このぼくの場合でも、物書きとしての価値の大半は、副業だから商売を気にせず、何にも気兼ねせずに何でもかける、というところだったりする。むずかしいもんだね、商売は。だからもちろん著者も「自分の好きなことを気楽にやれ」と書いてはいるんだけれどね。そしてそんなにだれでも確実に儲かる商売なんてのが、たかが新書でホイホイ教えられるわけはないから、これはないものねだりなんだけれど。

 というわけで、本書は積極的にけなすべき本じゃないし、どっちかといえばまあ読んでもいいんじゃないかな。趣味を商売にしたければ、やってみるのも悪くないでしょ。あわせて読むとすれば、そうだな、ホントに好きなことをやってるうちに、それがとんでもない商売になった人の話。大平 貴之『プラネタリウムを作りました』。自分で趣味でプラネタリウムを作り続け、ついにそれが商売になった、あるキチガイの物語。が、一方でこのくらいすごくないと、商売につながらないのか、と常人はびびってしまうかもしれないけれど。

(コメント:大していい本でもなかったが、別に悪い本でもない。まあぼくも兼業ですし。でも、それが目的になるとつらいよ。)

大前研一『ドットコム仕事術』(小学館), ??月売号

 なんなの、これ。この欄はベストセラーをけなしてダシにしつつ、もっといい本を薦めるという趣旨なんだけれど、これまでダシにされたほうの本であっても決定的にダメというのはなかった。どれも、それなりに見所はあったし、読まないよりは読んだほうがいい本ばかりだった。が……これは初めての例外だ。だって、中身ないんだもん。思いつきを適当に並べただけなんだもん。

 まずこのご時世にドットコムとタイトルに冠するセンスのなさにはあきれるけれど、それよりも驚くこと:本の中身が、ドットコムとは何の関係もない。ネットがらみの話はほとんどなし。散漫な自慢話が並んでいるだけ。週刊誌連載を集めただけの本だから、しょうがないといえばしょうがないんだけれど。アイデアはいつも用意しておけとか、貯金を減らせば生活は潤うとか、書いてあるのも言うまでもないことばっか。巻末には大前がらみの会社の広告が載っているという、大前研一のただの営業本ですな。

 また連載時には成立していたかもしれない自慢話のフォローもない。世界の料金格差のおかげで、日本の国内郵便を使うより、アメリカや香港から国際便で送ったほうが切手代が安いことがある。で、香港にDM印刷の会社を作ることを提案した――という自慢話が載っている。でも実は、郵便局はそういうのを追っかけて、不適正な利用だということで差額を要求したり、やめるようにお願いしたりしているのだ。だから最近こうしたDMのリメーラーはあまり流行らなくなっている。さて、これで大前の提案したという会社はどうなったろうね。

 またこの人のアドバイスも眉唾。英語に慣れるにはフィナンシャルタイムズを読むと、英語が格調高いからいい、とか書いてあるけれど、お堅くて読んでもつまんないし新聞は断片しか追えないから記述にまとまりがないんだよね。同じ読むなら、The Economistを読んだほうがいいよ。週刊で持ち歩きもしやすいし、冗談記事もいっぱい載っていて、一週間単位のまとまった起承転結のある話が読めるから。

 発想術だの仕事術だの勉強術だの、あたりまえか安易な思いつきか眉唾かのいずれかを、いま流行の「XX力」とか称してまとめる、実に安易な本だな。だれがこんなのを読むんだろうか。でも結構売れているみたいね。やれやれ。週刊誌のおまけで読むならいいだろう。でもわざわざ金を払って読む本とはとても思えない。

 こんな本を読むくらいなら――いっそ何も読まずに映画でも見に行ったほうがいいんだが、うーん、発想術とかものの考え方という点で、ぼくはワインバーグ「ライト、ついてますか」と「コンサルタントの秘密」をお薦めしておこう。大前の発言は経営コンサルタント的としてのものなんだけれど、表面的な物言いだけがあってその考え方の背景がない。ワインバーグは、根本の哲学を非常に重視している。大前の言う発想の転換だってなんだって、もっと明確な形でこっちに書かれている。

 また大前が途中で、昼飯を抜くのはだめで、生活を抜本的に見直すことで豊かな生活を、というひどい話を得意げにしている。そりゃ貯金を取り崩せば生活は豊かになるだろうよ。そりゃ家を売れば生活は豊かになるだろうよ。でもそのくらいのトレードオフはみんなわかってるのだ。もっときちんと生活を考えるために、海外投資を楽しむ会「ゴミ投資家のための人生設計入門」は読むように進める。この人たちも、最近は小富豪を自称したりして墜ちたもんだけれど、これは掛け値なしにいい本。自分の生活設計ってのは、大前みたいな小手先のことじゃなくて、こういうことをきちんと考えるんだ、というのが明確に出ている。お薦め。と書いたところで、ぼくはこの「ドットコム仕事術」なる駄本をゴミ箱にたたき込むのである。あー時間を無駄にした。なめんじゃねーぞ、まったく。

(コメント:なんで大前研一のあほさ加減が一読して多くの人にはわからないのか、あたしにゃ理解できん。だから売れないんだけどさ、おれは。)

サミュエル・ライダー『トラ・トラ・ライオン!』(小学館), ??月売号

 ああ、またこいつか。前著『ライオンは眠れない』は、政府が財政赤字解消のために預金封鎖して新円に切り替え、そのとき財産税を何割かピンハネする、と煽って、それが二〇〇二年のゴールデンウィーク明けに起きる、と述べていたんだけど……何も起きませんでしたな。

 さて、煽りがはずれて引っ込んだかと思ったら、二匹目のドジョウ狙い本が出ました。しかもおバカ度さらに強化。同じネタで、それが来年の新札切り替えにあわせて起きる、とのたまうのだよ。おい、去年のGWはどうした?

 そもそも日本の財政赤字は確かに高い。でも、まだ世界にいくらも例のある水準だ。だからそんなすさまじい政策がとられる可能性はないに等しい。だいたいそんな強権発動できるんなら、ほかにやることはいくらでもあるでしょ。それでも、一応こういう財産税的な考え方は、経済学的な理屈としてはあり得ないわけじゃなかった。

 ところが今回は、まず経済学的な無知が全開。日本の不況の原因は買いたい商品がないせいなんだと。やれやれ。クルーグマンやスティグリッツの日本に対する提言の解説も、とんちんかんもいいところ。それに加えて景気回復について各種のバカな思いつきが垂れ流される。住宅建て替え市場で景気回復とか、コンブの海中養殖で景気回復??!! 今までそんなおいしい市場がなぜ放置されていたわけ? トヨタの奥田会長はこの思いつきを帯でほめているけれど、そんならトヨタが住宅や農業に進出しろよ。

 ちなみに、この著者は明らかに(英語のできない)日本人で、前著の原題と称するものもひどいし、今回もレスター・ブラウンをR・ブラウンと表記するまぬけぶり。Lだよ。そしてそのブラウンを引いて、環境危機だ、食料危機だなんだと煽り、栄養の高い野菜を生産して需要開拓といいつつ、遺伝子組み換えはダメという理屈の不整合ぶり。いろんな人の議論を聞きかじってつぎはぎしてあるような本だけれど、どの議論もきちんとは押さえられていない。さらに著者は説教したがりのじいさんみたいね。最後の、もっと読書を奨励しようという情けない提言にその気が出ている。そういうあんたが、まずきちんと本を読めといふのだ。

 では、かわりに何を読むべきか? まずいまの不況や経済学についてきちんと理解しようよ。この本の主張のまぬけさは、たとえば原田泰『奇妙な経済学を語る人々』(日本経済新聞社)を読むとよくわかるし、日本の不況についてなら、こんど出る拙訳のポール・クルーグマン『クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門 』(春秋社)を読もうぜ。あと、本書で生半可に言及されている環境問題についてはロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』(文藝春秋)を読もう。

 それにしても、今度二〇〇四年七月に何もなければ、こいつはなんと言いわけするのかね。今から注目しておこうね。では。

(コメント:これも、なんでみんなこの本のあほさ加減がわからんかね。まあ前作ほどは売れなかったようで何より。でもそもそも出るところがダメだよな。)

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