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『高度一万メートルからの眺め』 連載最終回

災害観光の可能性

月刊『GQ』 2012/03月号

要約:イタリアの観光船座礁は、事故だけれど観光資源としておもしろいと思うなあ。こっちの原稿使い回し。


 豪華客船がイタリア沖で座礁したのは、まだ記憶に新しいところかもしれない。あれだけ巨大な船が大きく傾いたそのビジュアル的なインパクトもさることながら、その船長さんの振るまいなども、狙ってもここまでできないくらいの抱腹絶倒な情けなさで、早速Tシャツのネタにもなり、結構おもしろいニュースをいろいろ提供してくれた。

 さて、ちょうどこれを書いているときに入ってきたニュースなんだが、その座礁現場のジリオ島やその周辺のトスカーナ地方が、この事故の影響をずいぶん心配しているんだとか。「この事故のおかげで、観光への打撃は避けられない」とかなんとか。その分を船会社に請求しようと思っている、とのこと。

 さてどうお思いだろう。あなたなら、「あんな事故のあったところには行かないことにしよう」と思うだろうか。ぼくはむしろ正反対だと思う。だって……なんで打撃になるの? 別に震災やテロとはちがう。インフラが破壊されたわけでもないし、周囲のリスクが高まったわけでもない。別にだれも避けようとするとは思わないんだけどな。

 加えてあの巨大な船が横倒しになっている光景はすごい。あの手の巨大客船がいかに巨大かは、実際にまのあたりにしないとわからない。昔、港湾設計をやっていて、大型客船が接岸できるか模型でチェックしたときに、ぼくは絶対に縮尺がまちがっていると思った。そんじょそこらのビルなんかメじゃないほどの規模だ。それが転がってるんだぜ。船の撤去まで一年がかりだというし、ぼくは真面目にこの夏にでも、トスカーナに見物にでかけようと思っていたほど。おそらく他にも、そう思っている人はたくさんいると思うのだ。だって、たぶんこの先当分、ほかのどこでも見られない絶景だよ? 今行かずにいつ行くね。こんなまたとない観光資源、そうそうないぞ。ぼくはこの付近は、かえって座礁景気に沸くんじゃないかと思うんだが。

 まあ現地の懸念が正しいか、ぼくのような野次馬根性が正しいのか、それは一年くらいたってみないとわからないところ。でもぼくはそういう、事故や災害の持つ抜きがたい魅力は絶対にあると思うのだ。あらゆる事故や災害は、ほとんどあり得ないような確率の積み重ねで生じる。それもまた、奇跡の一種ではあるんだから。  それを観光的に活用しようとすると、いまは不謹慎だとかなんとか言われる。でもぼくは、それをあまり否定してはいけないと思っている。ぼくたちは東北のすさまじい津波の光景をまのあたりにした。現場はそれを過去のものとして新しい一歩を踏み出そうとするし、あまりそれを見世物扱いするのもためらってしまうのかもしれない。それがまたトラウマを引き起こすとかいって。でも、ぼくはあの光景もあの災害も、たぶんそうした形での利用が可能だろうと思うのだ。

 それを具体的にどうやればいいかは、今ここでは思いつかない。が、少なくともあの座礁船については、いろんな可能性が思いつくし、これを書いているうちに本当に見たくなってきたよ。今年度の後半は働きづめだったし、春先には休暇でもとって見物にいってみようか。では、読者諸賢の今後ますますの後発展をお祈りしつつ……



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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