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『高度一万メートルからの眺め』 連載 15 回??

歌舞伎座建て替えに思う

月刊『GQ』 2009/6月号

要約:今の歌舞伎座はなかなかインパクトがあっていいんだが、残せないならいまのうちに是非とも行っておきましょう。それにしても惜しい。 「voice」原稿と同じネタ。


 日本を代表する紳士たる読者諸賢は、各種文化的な活動についてもさぞ造詣が深いことであろうと愚考するものである。読書映画はもとより、音楽美術演劇その他、チェックすべきイベントは一通りおさえ、ビジネス面にとどまらない深い人間的素養を持ってこそのジェントルメンであるからにして、その程度は言わずもがな。もちろんそのチェックする中には洋物にとどまらず日本文化がらみのものも必ずや含まれていて、歌舞伎や文楽を年に二、三回くらい観に出かけるようなことは、常識的になさっているはずであろう。

 むろん、なかには(この筆者のように)一部の歌舞伎役者が嫌いといった理由で、歌舞伎は敬遠気味などといった偏りをお持ちの方もいるだろうが、そこはそれ、しょせん趣味嗜好の問題。そういったこだわりもまた一興。しかしそれでも、東銀座にある歌舞伎座がキッチュでおもしろい建物で、あそこで歌舞伎を観るのがなかなかそれ自体としておもしろい体験であることは、どなたであれ否定するはずもない。そしてあの建物が外国人接待の場としても観光資源としても、なかなかに優れた代物だということも議論を待たない。

 そしてもちろん、現在その歌舞伎座で「歌舞伎座さよなら公演」が実施中であることもみなさん当然ご存じだろうし、その公演名称からこんどその歌舞伎座が再開発されることも、もちろんここで説明するまでもないとは思う。思うのだが……

 それについてあまり憂慮する声が聞こえてこないのはなぜだろうか、とぼくは首をかしげているのである。もちろん文化的な関心の高い皆様は、文化の保存や建築物保存についても一家言お持ちであろう。東京中央郵便局の保存云々を、いきなり思いつきだけで口走り、結局ほとんど何も変えることなくお茶を濁した鳩山総務相とは見識の水準がちがうのではないか。だから歌舞伎座を建て換える、それもよりによってあんな代物にすることについては、皆様お嘆きではないかと思うんだが……

 というのも、この二月に発表された再開発計画の絵を見ると、何やら巨大なカーテンウォールの高層ビルが背後に建ち、その正面にいまの歌舞伎座の手抜き劣化コピーのような代物がはりつけられることになっているのだが……なんだね、あれは。

 もちろん、建物の保存にはいろいろな考えがある。が、ぼくは東京中央郵便局のように、単に古いとか第一号で記念すべきとかで保存すべきだとは思わん。保存するならいったい何を保存したいのかを考えるべきだとは思う。そしてときには、オリジナルを無理して保存するよりも、建て替えるほうが保存すべき精神や意図を維持できるとさえ思う。

 が、今回出た改築案は、何やら変な軒がついてりゃいいのか、という本当にいちばんつまらない妥協の産物でしかない。いまの歌舞伎座の場違いな雰囲気をなるべく抑えて、なんか現代的なビルと調和するように小手先の意匠だけ残してことたれりとしているんだ。えーい、そうじゃない。どうせ改築するんなら、いまの歌舞伎座の魅力をきちんと活かしてほしいぜ。キッチュさ満開にしたジャパネスクとキンキラな華美ぶりを発揮して人々の度肝をぬいてほしい。実際に観てる人ならだれでも知ってるように、歌舞伎なんてストーリーも何もむちゃくちゃで、とにかくウケとその場の盛り上がりや派手さだけ狙って構築されてきた、胸張って下品なまでに通俗的な代物。それを表現する場であってほしいじゃないか。あんなものにするくらいなら、今のまま残してくれたほうがずっといい。しかもこの不景気にオフィスビルの新築? 無謀じゃないかなあ。ねえ、優れたビジネスマンでもある読者諸賢。

 てなことを考える人がもっといてもいいと思うんだが。そしてそうは思わぬ皆様、このままだと歌舞伎座の寿命もあと一年。割り増し料金とられるのはしゃくだが、いまの公演に足を運んであの建物に足を踏み入れておいたほうがよいですぞ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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