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Esquire 書評 2008 年

 

現代の「写経」!

みうらじゅん『アウトドア般若心経』(幻冬舎)



 あまり抹香臭い話もアレではあるのだが、信心の一つのあらわれというのは、御利益も実用性も何も求めない、何らかの追求にある。お遍路さんが四国八十八カ所を巡るのも、別にそれを達成したら何かがあるわけではない。ヨガも、本来は別に健康のためとかいったくだらない御利益を求めてのことではなかった。そして、あらゆる宗教で行われた無意味な勤行の一つが、教典を書き写すことだ。死海のほとりでユダヤの変な教団は終末を待ちつつ教典を書き写し(その一部が死海文書だ)、イスラムもキリスト教もかつては教典の写本が重要な僧侶のつとめだった。

 仏教はそれがとても発達した宗教だ。一般の人でも写経をする。そしてそれは、別に内容をよく理解するためではない。なにやらわけのわからない判じ物としてお経を写す、その無意味な作業に没頭することにこそ宗教の本質の一つがある。いかに無駄な、無意味なことに集中するか――それは現世への執着から離れるという宗教の重要な儀式の一つなのだ。

 みうらじゅんの『アウトドア般若心経』は、その儀式を現代的によみがえらせる。町で見かけた看板の文字写真で般若心経を構成したこの一冊は、ある意味でまさにその宗教の本質に達してしまっている。写真に撮ったお経だから、まさに写経。そうやって見たところで、いままで見えなかった仏教の本質が見えたりはしない。般若心経の新解釈が生まれたりもしない。でも、それをストイックにやり続け、何のためとか、何の意味がとかいった打算を越えてそれを完成させてしまったことに、人は発心を感じる。そしてそれであればこそ、あわせて掲載された現代訳の般若心経――そのまま読めば著者の言うとおり、ジョン・レノンみたいな青臭い話でしかない――も説得力をもってぼくたちに迫ってくる。みうらじゅんしか思いつかない変な企画で、きわものと言ってしまえばそれまで。でもそれが、不思議と作為を感じさせず素直に感動させてくれる。そこらの看板というありふれた俗のきわみのようなものの中から、お経が浮かび上がってくる様子は、あらゆるところに仏がいるという仏教的な考え方と、妙に呼応しているから不思議だ。


真の科学理論検討プロセス!

アーリック『怪しい科学の見抜きかた―嘘か本当か気になって仕方ない8つの仮説』(草思社)



  人間はだんだん頭が悪くなっているとか、うちゅーじんがぼくたちに信号を送っているとか、超能力があるとか、生き物は進化したんじゃなくて神様がこしらえたんだ、とかいうバカげた迷信を根拠もないのに信じ込んでいる人は多い。が、一方でそんなヨタは一笑に付す賢くカガクテキなぼくたちも、はっきり自分で根拠を確かめてそれを笑っているのか、と言われると口ごもる。えーと、でもどう考えてもそう、なんですよね?

 本書は、そうした一見トンデモに見える話を8つとりあげ、まじめにきちんと検討する。それを主張する人、否定する人はそれぞれ何を言っているのか? ちゃんとした証拠はあるのか? どんな検討がされてきたのか? そしてそれを総合してみると、現時点で最も妥当性があるのはどんなあたりなのか? あらゆるものを検討しつくすことはできない以上、完全に白黒はつかなくてもだいたいの目安はわかるのだ。

 結果として出てくる答えは、人によっては驚くべきものだろう。超能力はかなりトンデモ。天地創造説はヨタもいいところ。うちゅーじんは、さほどトンデモではない。偽薬(プラシーボ)は本当に効く。が、特に本書で検討されている中で多くの人が驚くと思われるのは、地球温暖化の話だ。地球温暖化はもはや疑いなく、放っておくと確実に何やらとんでもない事態になると思っている人が多い。でもかれの総括では、温暖化が無害だという議論はトンデモ度最低(というのはかなり事実に近い、ということだ)。大仰に宣伝されるのは最悪シナリオだけなのでみんな怖がるが、実際に可能性が高いのはもっとずっと穏やかなもので、たぶん大きな被害はほとんど出ない!

 まあこれをどう理解するかはあなた次第。でもこの手続きこそが科学の真骨頂だ。日頃思っている科学的常識の再確認のためにも、そして科学というプロセス再確認のためにも、是非ともお読みくださいな。多少専門的な部分もあるけれど、きっと驚かされますよ。

 また、本書には前作『トンデモ科学の見破り方』での評価について、新しい証拠をもとに見直す部分もあり、決めつけに陥らない誠実さが光る。読んで興味をおぼえたら、こちらも是非。




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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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