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Esquire 書評 2007 年

 

気分(だけ)はジャック・バウアー!

吉沢/青木『世界の機密基地―Google Earthで偵察! 』(三才ブックス)



 グーグルアースの持つ麻薬的な魅力については、すでに多くの人が身をもって知っていることだろう。衛星写真、航空写真、地図をほとんどシームレスに組み合わせ、地球上のほぼあらゆる場所を思いのままに見られる驚異のソフトだ。しかも見え方も、平面的に見るだけでなく立体化してみたり、縦横斜め自由自在。ほとんどリアルタイムの映像を見ているかのような錯覚を起こすほど。しかもそれがすべてフリー! これまでは、テレビや映画で見るような諜報機関でもなければできなかったことが、いまや自前のデスクトップでできてしまうとは!

 多くの人は、まずは自宅を見てみる。次いで勤め先や学校、実家。自分の知っているところを全然別の角度から見てみるのは実に新鮮だ。次いで世界の観光地をながめたりもするかな。そんなことをしているだけでも、うっかりすれば五、六時間は平気でたってしまう。で? その先はどうしようか?

 そこで出てくるのがこの本。世界の軍事施設やヤバイ地域を眺めてみようという実におもしろい本だ。

 こういうネタだと、もちろん秘密とされているところほど面白い。そして身近にある秘密主義の場所といえば、当然ながら北朝鮮。話題の核実験施設、テポドン発射場その他、こんなものを見てしまっていいのか、といった施設が次々に紹介されている。しかも、こんな戦闘機の機体まで(多少ぼけてはいるが)見えてしまっていいのか! 平壌の、世界有数のバカ建築として名高かった未完の柳条ホテルも、ちゃんと見えるんだねえ。さらには話題のイラク、中国。アメリカの各種軍事施設。すごい。グーグルアースとこの本さえあれば、あなたも気分(だけ)は『24』のジャック・バウアーってなもんだ。

 でも……と思うかも知れない。こんな本なんかに頼らなくても、問題の施設をそのまま見ればすむ話ではないの? なぜこんな本がいるの?

 でも、実際に使ってみるとわかるのだけれど、見ることができる、というのとそれが実際に見つけられる、というのはちがう。かつてCIA出身者が講演で「われわれは砂漠の真ん中にある 15 センチほどのオレンジでも見分けられる解像度の偵察衛星を持っている。ただし、そのオレンジがどこにあるかが見つけられない」と述べていた。そして、ぼくたちは真上からいろんな施設を見ても、なかなかそれがなんだかわからない。だからこういう本は(位置データが CD-ROM でついているし)とってもありがたいのだ。

 もちろん、衛星写真だけではモノは言えない。テリー伊藤だったか根本敬だったかが北朝鮮にいったとき、空港に張りぼてのベニヤ製ミグ戦闘機が並んでいたという笑い話を書いていた。それはグーグルアースではわからない。でも、そんなことが問題になるレベルの諜報が一般人にも簡単にできるという、そのこと自体がなんともすごいことだ。本書を片手に、あなたもその驚きを体験して欲しいな。


読んでひがもう非モテたちよ!

フェルディナント山口『悪魔のモテ理論 恋愛の利回り』(扶桑社)



 現代ファイナンス理論の最も基本的な考え方は、リスク/リターンの関係と、ポートフォリオ理論だ。投資するならだれしも儲けたい。だからなるべく大化けしそうな株を見つけて、そこに全財産つっこめばいい……というわけにはいかない。大化けする投資先は、暴落する可能性も高い。そんなものに全財産をかけたらヘタをすると破産だ。そうならないように分散して投資するのがいい。あっちが落ちても、こっちは逆に上がるかもしれない。それが平均化されて、すごい値上がりもないけれど、暴落の危険もそんなににない投資だ。

 フェルディナント・ヤマグチ『悪魔のモテ理論』(扶桑社)は、こうした投資理論を女性に当てはめた一冊だ。女性を投資先と考えたとき、一穴主義は安定しているけれど刺激に欠けるか、スリリングだけれどライバルが多くて一寸先は闇。だがポートフォリオを組んで小分けにすれば(すなわち、二股、三ツ股、果ては四つ股でもかければ)、低リスクでそれなりにリターンの高い恋愛関係の構築が可能ではないか――この発想い基づく著者の艶っぽい虚々実々の投資実践例をメインに、ちょっとだけ投資理論のお勉強にもなるようなならないような、そんな一風変わった本ではある。

 この理論を活用できる者は幸いである。だが評者は、著者の理論にいささか苦言を呈さざるを得ない。分散投資はリスクを減らす一方で高リターンも平準化させる。この理論はリスクを恐れるあまり恋愛の醍醐味すら薄めてしまうものではないだろうか。だいたい現代ファイナンス理論の最も基本的な結論は、世の中、うまい話は転がっていない、ということだ。長期的には、市場平均を超える投資パフォーマンスは実現できない。ということは、いずれフェル山ポートフォリオも、市場並みパフォーマンス――いやそれ以下――に転落すること必定。いずれポートフォリオ理論と市場の神が、この不埒な著者に誅を下さずにはおくものか。その日、「ほら見たことか」と言えるように、本書を熟読してその理論的含意と欠陥を十分に理解しておくことが、ポートフォリオ以前に最初の投資先にも事欠く評者を含む読者諸賢の、せめてもの暗い楽しみであろう。


非エリートによる文化発展

山本義隆『一六世紀文化革命』(みすず書房)



 科学研究、洗練された芸術の発展等々、文化的な営みとされるものはほぼすべて、生存以外のことに意識と時間と労力を振り向けられるだけの社会の豊かさがあって初めて実現できるものだ(もちろん、生存するための努力から生じる文化の営みはあるが、その範囲はかなり限られている)。ヨーロッパは教会の熾烈な思想統制や文化弾圧、そして人民に対する苛酷な収奪、そして都市への人口集中に伴う疫病による大量死にまみれた中世の暗黒期を経て、十六世紀にルネッサンス文化を華開かせる。これまた明らかに、社会が豊かになった結果だ。大航海時代に伴うアジアやアメリカからの大量の富の流入はそれを大きく助けた。が――その豊かさはどんな形で文化の発展をもたらしたのだろうか? それがこの本のテーマだ。

 通説は、大金持ちの貴族がダヴィンチやミケランジェロなどのパトロンとなって寝食の面倒を見てやったから、かれらが自分の研究や創作に没頭できた、というものだ。一部のエリートが、一部の金持ちの富によって文化を発展させた。

 だが本書はこのモデルが必ずしも妥当でないことを示す。本書はむしろ文化の発展が、下々のエリートならざる一般人の発見や工夫、そして印刷や交易による一般人同士の情報伝達と共有によって発展してきたことを示す。

 著者の山本義隆は、これまで物理学の各種概念がどのように誕生し発展してきたかを緻密な調査で描いてきた。本書でかれが、狭い物理学を離れて文化全般にまで対象を広げたのは、ちょっと意外なことではあった。だが同様の入念な文献調査により、かれは十六世紀の文化発展の様子を見事に描き出す。

 そしてこれは、単なる懐古趣味的な歴史のお勉強にとどまるものではない。現代でもしばしばルネサンスを引き合いに出し、科学者や芸術家たちが「もっと俺たちに金をよこせ」「気前のいいパトロンをつけてくれ」と物欲しげなおねだりをするみっともない図がしばしば見られる。それができないなら著作権や特許で懐に金が入る仕組みを確立しろ、と。だがそれに対し、情報の共有と公開を通じた文化発展を訴える試みも生まれつつある。どちらが本当に重要なのか? 真に文化の発展に寄与するのは何か? この本にはその重要な視点がたっぷりつまっている。


物理学のたどりついた変な世界

リサ・ランドール『ワープする宇宙』(NHK出版)



 かつて日本の科学少年少女といえば、わが国の誇るノーベル賞科学者たる湯川秀樹先生ですとか朝永振一郎先生であるとかのご威光で、素粒子物理学にほのかなあこがれを抱くのが常道だった。世の中の万物が、百種類強の原子で、その原子がさらに電子とか陽子とか中性子でできているのか! 物質を掘り下げていくとどんどん世界は単純になる、という(小学生でも何となくわかる)感動がそこにはあった。そして素粒子がさらにクォークの組み合わせで、それ以上はもはや細かくできないという理屈の概要まで出てきて、ああこの分野もほぼ完成に近づいてきたか、と思っていたら。

 数年前にグリーン『エレガントな宇宙』(草思社)が出て、最先端の超ひも理論だと、かつてはきれいで不可分な粒子だったはずのものが、なにやら亀の子たわしのお化けみたいな、11次元を丸めて輪にして固めたような変な代物と化していた。そしてこのランドール『ワープする宇宙』によれば、その亀の子たわしも実は理論つっぱしりの裏付けのない話で、五次元に展開するブレーンなる膜のような存在こそが、この世界の物質と空間と力の相互規定によって作り上げられた、なべてこの世の「本質」のようなもので……

 いやはや。かつては子供にでもおぼろげにわかった素粒子物理学の描く世界像は、いまや本当に得たいの知れないところにまできてしまっているのだなあ。著者はまさにこの五次元ブレーンの理論を構築しつつある最先端の科学者。自分自身の発見プロセスも交え、生き生きと自論に至る発展を語る魅力的な科学解説書だ。

 訳はがんばっている(が、巻頭の歌の訳はいまいち。特に最終章のREMをまちがっているのは残念)。解説も本書の理解を大いに助けてくれる。本書を通読して、現在の理論物理学の最先端がわかるかというと、そんなことはないだろう。でも、少なくともこの分厚い本を読んでいる間だけでも、少なくともその部分部分については著者の秀逸なたとえ話でわかったような気分になれる。わかって何の役にたつわけでもないが、キュリー夫人や湯川秀樹にあこがれたかつての科学少年少女たちよ、きみたちの世界のなれの果てを是非ともご確認あれ。


あらゆる勉強に通じるコツ

ファインマン『ファインマン流物理がわかるコツ』(岩波書店)



 人生も半ばを過ぎると、「ああ、あのときこうしていれば」という思いにかられることもなくなるはずなのだが、最近は平均寿命がのびたこともあってなかなか。そして最近その思いを新たにさせてくれたのが本書だった。

 『ご冗談でしょう、ファインマンさん』ほどだれでも楽しめる代物ではない。特に後半は物理の講義になので、理系の高校以上でないとつらい。だがそれ以外の人でも、冒頭三分の一くらいは読んで思うところもあるだろう。ここの部分は理系学生のお悩み相談なのだから。

 高校時代は空前の秀才だったのに、大学に入ったらまわり中が天才だらけで平均以下に落ちぶれて悩む――そんな大学生は多い。だが人によっては似たようなことが中学、高校、あるいは大学院、就職などで起きただろう。そんな学生に、あの天下のファインマン先生は大真面目にアドバイスしてくれている!

 そしてそれに続いて「大学に入ったら数学とか物理が全然わかんなくなったんですけど」というこれまたありがちな悩み。たぶん多くの大学教官(ましてノーベル賞級の天才学者)なら、大学学部程度の代物を理解できないこと自体が想像を絶することなので、「バカは去れ」と一喝するだけだろう。でもファインマンはこれにも実にきっちり答える。結局のところ、大学でも計算問題や暗記カードを通じて、基礎的な技能(計算や微積)を反射的にできるようにしろ、一方で計算バカにならずに実際の物理世界の観察を重視しようといった話は、この歳になっても得心するところあり。大学に入ったら、受験勉強みたいなのは終わりだ、と思ったぼくがまちがっていたのか。結局、勉強に受験とそれ以外があると思う発想がダメだったのね……

 その意味で本書は『物理がわかるコツ』にとどまらず、勉強その他全般のコツ、にもなっている。うーん、ぼくも大学時代にこれを読んでいたらもうちょっとちがった人生が送れたかも。あのときあーしてこーして、数学の講義にもう少しついていけたら、こういう進路もあって……だが本書は一方で、いまからでも遅くない(かも)よ、と教えてくれる。進路がどうこう以前に、それ自体のおもしろさがあるんだから、と。文系のあなたも、ちょっと立ち読みしてみてはいかが。案外心に響くものがあるかもしれませんよ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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