官僚たち
有史以来、経済学者たちは政府に仕えて政策立案に影響を及ぼしてきた。実は初期の経済学者たちの多く、たとえば重商主義者たちは、まさに政府の公僕で自分の国の課題について書いていており、活発な政府介入のドクトリンを唱えて、その介入方針を自分で考えては実施していた。
19 世紀と 20 世紀初頭には、政府での経済学者の役割はちょっと下がった。自由放任資本主義では、政府の方針は受動的で単純だった。政府はえらい経済理論家たちの助力を仰いだりはしなかった―― リベラリズムと粗雑な現状追認主義の組み合わせで十分だったからだ。だからといって、経済学者が政策に影響力を持たなかったということじゃない――Bullionist
論争や、貿易に関する議論を見れば、19 世紀最高の経済学者たちが参加しているのがわかるだろう。でも経済学がもっと専門的で学問的な分野になるにつれて、経済学者たちもますます象牙の塔にすわっているだけで満足し、理論もやたらに抽象度を高めて、その政策的な応用ははっきりしないか、現実性がないようになってしまった。もちろん、お目々ぱっちりの社会主義者やsyndicalist や人民主義運動はたくさんあって、それぞれ特定の政府方針を推奨してはいたけれど、でもそれらは特に「経済学者」が参加したわけじゃないし、どのみち大した成功はおさめなかった。もちろん例外はあった。ドイツ歴史学派やフランス歴史学派、フェビアン協会の社会主義者たちの中には、影響力の強い経済学者たちがいて、経済の中で政府にも出番があると考えていた。
1920年代から1950年代にかけて、状況は一変した。第一次世界大戦は、昔の19世紀ブルジョワリベラル合意をガタガタにして、多くの人々は方向性を国に仰いだ。1918 年移行のドイツとオーストリアの「社会主義化」実験、ソヴィエト・ロシアのボルシェビキ革命と五カ年計画、西欧におけるファシスト協調組合主義の台頭、アメリカの大恐慌とニューディール政策、第二次世界大戦中の「統制」経済の経験、金本位制の崩壊とその代替の模索等々は、すべて経済学者が政府の政策立案の中心に返り咲く後押しとなった。でも、これらの変化すべてを通じて、経済理論そのものは大した指針を与えてくれなかった。政策経済学者たちが推奨したもののほとんどは、かれらがその場しのぎで思いついた現実的な手段だった。
「官僚」経済学者の黄金時代はまちがいなく戦後期だった。政府と経済学者の関係において、最も重要な出来事は 1936 年のジョン・メイナード・ケインズによる『一般理論』だろう。ケインズ革命は、経済において介入主義的で意図的な政府政策に理論的な役割を与えたのだった。
この新しい関係はすぐに定式化され、政府はあれこれ解決するために、経済学者たちを山ほど動員するようになった。イギリス、フランス、ドイツ、その他ヨーロッパの多くの国は国民経済計算を構築し、福祉国家をうちたて、財政コードを仕立て直し、産業を規制したり国有化したりして、労働組合を調整して、財務省や中央銀行を活発に使って経済全体の安定化をはかった。アメリカではニューディール政策が1946年の雇用法に組み込まれ、経済諮問評議会 (CEA) が創設された。日本や、のちにその他の東アジア諸国では、政府はもっと活発な役割を果たし、資本を誘導したり、国際貿易政策を設置したりして、その奇跡的な成長体験を開始して導いていった。ソヴィエト計画も新技法の導入で見直された。植民地帝国の瓦礫の山から台頭してきたたくさんの新興独立国は、開発を急いでいたし計画に対する反発も持たなかったので、政策志向の経済学者にとって一大政府顧客の群れとなってくれた。多国間政府機関、たとえば国連や世界銀行やIMFは、これまた大量の経済学者を雇った。
でも、1970 年代と 1980 年代初期の経済的な惨状のおかげで、風潮は逆転しはじめた。「ネオリベラル」なレーガン・サッチャー時代には、新しい経済学者群が必要とされた――特に「サプライサイド」財政運営や、保守系政府のマネタリスト的実験を正当化できるような人々が。1990 年代には、国有企業の民営化が世界中で流行し、社会主義ブロックが崩壊して、計画経済学者の丸ごと一世代がいきなり陳腐化した(ただし多くは、「移行経済」の専門家として転身をとげたけれど)。近年重要性を増してきた中央銀行は、たぶん経済学者やその意見がいまだに意味を持つ、政府の中で最後の砦かもしれない。
戦後期の重要な政府経済学者たちは、大学の経済学者たちが一時的に政府に貸し出された者だった。でも多くの公僕たちも、独自に勢力や影響力を獲得し、政策立案だけでなく当時の一般経済思考にも影響を与えている。以下の「官僚」一覧は、政策に関与した経済学者たちの中で一番有名な人たちを挙げてある――学者も、非学者も含めて。
イギリス官僚たち
- Harold J. Laski, 1893-1950
- John Maynard Keynes,
1883-1946.
- Sir Alexander K. Cairncross,
1911-1998. (1)
- Home and Foreign Investment, 1953.
- Factors in Economic Development, 1962.
- Essays in Economic Management, 1971.
- Inflation, Growth and International Finance, 1975.
- Thomas Balogh, 1905-
- Studies in Financial Organisation, 1946
- Unequal Partners, 1963
- Economics of Poverty, 1966
- Labour and Inflation, 1970.
- Fact and Fancy in International Economic Relations, 1971.
- ハンガリー生まれでL.S.Eで訓練をうけた、ケインズ派(っぽい)経済学者。経済成長こそあらゆる政策の鍵だと主張。マネタリストたちにはすさまじく反論。
フランスの官僚たち
- Jacques Leon Rueff, 1896-
- Claude Gruson, 1910-
- "La préférence pour la liquidité", 1948, Econ appliquee
- Esquisse d'une théorie générale de l'équilibrie économique, 1949.
- "Note sur le conditions d'établissement d'une comptabilité nationale et d'un
budget économique national", 1950, Statistiques et etudes financieres
- La Prévision économique aux Etats-unis, 1957.
- Les methodes actuelles sovietiques de planification, with J. Bénard and S.
Nora, 1959
- Originie et espoirs e la planifications françaises, 1968.
- Renaissance du Plan, 1971
- Programmer l'espérance, 1976.
- Éthique et gouvernabilité, with P. Ladriere, 1992.
- フランスの公僕エコノミスト、戦後フランスにおけるケインズ理論の主要な推進者で、同時にフランスの国民経済計算の開発を手伝う。
ドイツの官僚たち
アメリカの官僚たち
- Edwin G. Nourse
- Economics in the Public Service, 1953.
- America's Capacity to Produce, 1934.
- 1946年から1949年まで、経済諮問評議会の初代議長を務める。1946年雇用法を仕切る。
- Leon H. Keyserling, 1908-
- "Federal Finances and the Economy", 1968, AAPSS
- Prices, Wages and Profits, 1971.
- Full Employment without Inflation, 1975.
- Liberal and Conservative National Economic Policies and their Consequences,
1919-1979, 1979.
- Money, Credit and Interest Rates, 1980.
- "Towards More Realism and Relevance in National Economic Policy", Atlantic
JE
- 1946年か1953年まで第一次経済諮問評議会に参加。.
- Seymour E. Harris, 1897-1975.
- Inflation and the American Economy, 1945
- Editor, The New Economics: Keynes's Influence on theory and public policy,
1947.
- Keynes: Economist and policymaker. 1955.
- Higher Education in the United States, 1960.
- Higher Education: Resources and finance. 1962.
- Economics of the Kennedy Years, 1964.
- ハーバードの経済学者で、アメリカにおける戦後のケインズ理論と政策を広めた第一人者の一人。
- Arthur Frank Burns,
1904-1987.
- Henry C. Wallich, 1914-
- Monetary Problems of an Export Economy, 1950.
- Public Finance in a Developing Country, with J.H. Adler, 1951
- Monetary and Banking Legislation of Dominican Republic, with R. Triffin, 1947.
- Mainsprings of German Revival, 1955.
- The Cost of Freedom, 1960
- "A Tax-Based Incomes Policy", with S.Weintraub,
1971, JEI.
- ドイツ生まれのイェール大学教授。1959年から1961年まで CEA に在籍。
- Walter W. Heller, 1915-1987 (1), (2),
- The CED's stabilizing Budget Policy after ten years", 1957, AER
- "Economics and the Applied Theory of Goverment Expenditures", 1957 in Federal
Expenditure Policy for Economic Growth and Stability
- State Income Tax administration with C. Penniman, 1959.
- New Dimensions of Political Economy, 1966
- Monetary vs. Fiscal Policy, 1969.
- "Economics of the Race Problem", 1970, AER
- "What's Right with Economics?", 1975, AER
- Economic Growth and Environmental Quality: Collision or coexistence?, 1973.
- The Economy: Old myths and new realities. 1976.
- "Economic Policy for Inflation" 1981, Challenge
- H. ガードナー・アクリー (H. Gardner Ackley), 1915-1998 (1)
- "Relative Prices and Aggregate Consumer Demand", with D.B. Suits, 1950, AER
- "The Wealth-Saving Relationship", 1951, JPE
- "Administered Prices and the Inflationary Process", 1959, AER
- Macroeconomic Theory, 1961
- Stemming World Inflation, 1971
- "An Incomes Policy for the 1970s", 1972, REStat
- Macroeconomics, Theory and Policy, 1978.
- "The Costs of Inflation", 1978, AER
- ケネディ政権やジョンソン政権下で経済官僚として活躍。イタリア経済の専門家としても名高く、イタリア大使も勤めている。その後、ミシガン大学経済学部教授として一生を終えた。
- Arthur M. Okun, 1928-1980
- Hebert Stein, 1916-1999 - (1), (2), (3) (4),
- The Fiscal Revolution in America, 1969.
- Washington Bedtime Stories,1986
- Presidential Economics:
- On the Other Hand: Reflections on Economics, Economists, and Politics, 1995.
- What I Think: Essays on Economics, Politics, and Life, 1998.
- リチャード・ニクソン政権下での経済諮問評議会の主要メンバーにして議長。後にサプライサイド経済政策とアメリカ企業研究所に関与。
- William A. Niskanen, 1933-
- Bureaucracy and Representative Government, 1971
- Structural Reform and the Federal Budget Process, 1973.
- "Bureaucrats and Politicians", 1975, JLawE
- 「公共選択」経済学者。1981-85年に CEA に在籍。
- Arthur B. Laffer, 1941-
- The Phenomenon of Worldwide Inflation, with D. Meiselman, 1975
- The Economics of the Tax Revolt, with J.P. Seymour, 1979.
- Foundations of Supply-Side Economics, with V.A. Canto and D.H. Joines, 1983.
- ラッファーは、1970年代から80年代初期に政策業界で人気のあった「サプライサイド経済学」を主導。有名な「ラッファー曲線」――税率が下がると労働供給インセンティブが向上するという議論――で武装して、サプライサイダーたちは初期レーガン政権での減税政策の裏付け議論を提供した。
その他官僚たち
官僚たちに関するリソース
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