イタリアの伝統 (The Italian Tradition)
「え?」と思う人もいるだろう。イタリアの経済学者は、ふつうは経済思想史の中であまり大きな位置は占めない。ほとんどの人は、ヴィルフレード・パレート (Vilfredo Pareto) と、ピエロ・スラッファといった巨人しか挙げられないだろう(ちなみにどっちも移民だった)。でもイタリアは、経済学においてとっても古い独自の伝統を持っていて無視できない存在なのだ。
この独自性は 18 世紀に生じたもので、ナポリの経済学者フェルディナンド・ガリアーニ (Ferdinando Galiani)
(1751) が啓蒙主義経済学思考の主流と「袂を分かった」ときに誕生した。かれは重商主義思考に対する反論全般には参加したけれど、フランス重農主義やスコットランド学派には追随しなかった。ガリアーニはむしろ、「イタリアの伝統」を構成する二つの道筋を創始した。一つは、経済主体としての政府に関する真剣な分析と、自然価値に関する効用ベースの理論だ。
ガリアーニにとって、経済は疑似科学的に分析してもダメで、もっときちんと考える必要があった。政府は経済における重要な存在だ、とかれは論じる。政府は、法や財政政策を通じて、経済や社会に良かれ悪しかれ影響を与える。国を抜きにした「自然状態」についての理論は、ガリアーニにしてみれば絶望的な空論で危険なまでに無邪気だった。重農主義一派の政策的結論――自由放任 (laissez-faire, laissez-passer)――は、かれらが前提において国を排除したから出てくる結果でしかない。この理論展開は、フランスの新コルベール主義やドイツの新官房学派に近いものだった。
ガリアーニはまた、重農主義者たちが採用した価値の「コスト」理論はひたすらまちがっていると論じた。かれの見方では、自然価値は効用ベースの需要が供給の希少性と相互に作用しあうことから生じる――この議論はすでに、別のイタリア人ベルナルド・ダヴァンザティ (Bernardo Davanzati) が予見していたものだった。この発想はフランスで、コンディラック神父やジャック・テュルゴーたちが考えるのと並行して発達したものだ。限界革命が起きても、イタリア人は特に驚くこともなく、その初期の構築にかなり貢献した。それどころか、ローザンヌ学派の多くはイタリアから来ている――ヴィルフレード・パレート、エンリコ・バロネ (Enrico Barone)、ジョヴァンニ・アントネッリ (Giovanni Antonelli)、パスクアレ・ボニンゼグニ (Pasquale Boninsegni)などだ。ヘンリー・シュルツ (Schultz) など一部の経済学者は、ローザンヌ学派のことを単に「イタリア学派」と呼びたがるほどだ。影響力の強い新古典派経済学者のマフェオ・パンタレオーニ (Maffeo Pantaleoni) 、イタリアの「マーシャル派」もこのグループに入ると見ていい。
国の経済理論はイタリア独自の問題意識で、いくつかの段階を経ている。最初期段階では、それは明確に効用主義的だった。チェザーレ・ベッカリアとピエトロ・ヴェッリは、国と財政政策が経済に与える影響に分析を絞った。かれらは国を、一般「社会福祉」向上のための道具として見ていた(経済に関与したり手を引いたりして、その法や慣習を変えたり等々)。イタリア人は効用――または「幸福」――という考えに、政策評価の基準を見て取った。具体的には、社会が「最大多数の最大幸福」を実現したときに社会福祉は最大になる、と論じた。これは効用主義的社会政策の一大旗印となる。
でも、効用主義的な視点はまだ国を「善意の独裁者」として見ていた。19 世紀には、フランチェスコ・フェラーラ (Francesco Ferrara) の研究にはじまり、続くアントニオ・デ・ヴィティ・デ・マルコ (Antonio de Viti de Marco)、ウゴ・マッツォーラ (Ugo Mazzola)、ルイジ・エイナウディ(Luigi Einaudi) らの研究(ここには特にパレートやバロネ、パンタレオーニの研究も含まれる)の中で、国はそれ自体が「経済」主体として分析されるようになる。これはつまり、政府を「生産的」エージェント(つまりは民間生産の投入財となる集合財の生産者)、および「最適化」エージェント(つまり「歳入最大化」)として考えるということだ。かれらは特に、財政政策の影響分析に注目し、特にこの文脈では税の影響を重視した。イタリア「財政科学」は20世紀後半を通じてその独自路線を続けた。ブキャナンはイタリア財政派を、「公共選択」派の知的先人としている。
イタリア経済学第三の独自路線は、1960 年にピエロ・スラッファが創始した、めざましい「古典」新リカード派反革命だ。初期の活動のほとんどはケンブリッジで起きたけれど、新リカード派はスラッファのイタリア人弟子が帰国してからイタリアに根付いた。たとえばパシネッティ (Pasinetti) やガレグナーニ (Garegnani)
などだ。ここでは新リカード派は容認されただけでなく、他のところでは不可能に思えたかなりの敬意を勝ち取ったのだった。
初期のイタリア経済学者たち
- Giovanni Ceva, 1647-1734 -
(1),
(2),
(3), (4)
- De lineis rectis, 1678
- Opuscula mathematica, 1682
- Geometria motus, 1692
- De re nummaria, quoad fieri potuit geometrice tractata, ad
illustrissimos et excellentissimos dominos Praesidem Quaestoresque hujus
arciducalis Caesaraei Magistratus Mantuae, 1711
- Opus hydrostaticum, 1729
- マンチュアの技師兼素学者。チェヴァは 1711 年の金融理論に関する文献で最も有名。この中で、かれは経済理論における数学手法の利用と簡易「経済モデル」の利用を推進した。初の「数理経済学者」として広く認知されている。
- Antonio Genovesi
, 1712-1769 - (1),
(2),
(3), (4),
(5)
- Disciplinarum metaphysicarum elementa, 1743
- Elementa metaphysicae mathematicum in modum adornata, 1743-5
- Elementa logico-criticae, 1745
- Discorso sul vero fine delle lettere e delle scienze, 1753
- Meditazioni filosofiche su la religione e la morale, 1758
- Lezioni de commercio o sia d'economia civile, 1765.
- La logica per li giovinetti, 1766
- Diocesina: ossia filosofia del giusto e dell'onesto, 1776
- ナポリ大学の倫理と哲学教授で、1754 年からは「商業と市民経済」の教授、ヨーロッパ初の経済学教授職かもしれない。ジェノヴェシは、啓蒙主義ナポリ支部の指導者と見なされている。1765 年の経済学講義は、イタリアの伝統をほぼ網羅するものだった――効用に基づいた価値理論、効用主義的倫理、そして経済分析の中に国の役割を認めている。ジェノヴェシは、「価値=需要÷消費財の量」という数式を導入した。ガリアーニに大きな影響を与えた。
- Giammaria Ortes,
1713-1790. - (1),
(2)
- Calcolo de' piaceri e de' dolore della vita umana, 1754
- Calcolo sopra il valore delle opinioni umane, 1756
- Calcolo sopra i giuochi della bassetta e del faraone, 1757
- Lezioni de commercio o sia d'economia civile, 1765.
- Economia nazionale, 1774.
- Riflessioni sugli oggetti apprensibili, sui costumi e sulle cognizioni
umane, per rapporto alle lingue, 1775
- Reflessioni sulla populazione per rapporto all' economia nazionale,
1790
- ベニスの托鉢僧で、人口理論と消費不足の理論を唱えてロバート・マルサスに先立つ。物質的福祉の改善についてきわめて悲観的。初期効用主義者だったオルテスは、「快楽」を単に「苦痛」の減少と定義づけている。
- Giuseppe Palmieri,
Marchese di Martignano, 1721-1794. - (1)
- Riflessioni sulla pubblica felicit・relativeament al regno di
Napoli, 1787.
- Pensieri economici, 1789
- Della ricchezza nazionale, 1792
- ジェノヴェシの弟子で、啓蒙主義時代のナポリ王国のコンサルタント行政官。
- Count Pietro Verri,
1728-1797
- Cesare Bonesana Marchese di Beccaria, 1738-1794.
-
Umberto Ricci, 1879-1946.
- Francesco Ferrara, 1810-1900.
- (1), (2)
- Editor, Biblioteca dell' Economisti, 1850-70
- Esame Storico-critico di Economisti e Dottrine Economiche, 1889-92.
- Lezione di economia politica,
- Opere Complete, 1955.
- シチリアの経済学者、トリノ大学教授、政治家、一時はイタリア財務相。出身はイタリア効用主義の伝統ながら、フェラーラは自由放任による経済の調和の熱心な支持者で、マンチェスター学派的だった(また早期に銀行の自由化を提言)。その独特な価値理論は、時には原-新古典派的な影響として重要だとされる。主要な業績は公共財政について、特に国の財政方針と社会的利害との相互関係を、マフェオ・パンタレオーニ や現代の公共選択学派を先取りする形で分析している。
- Antonio de Viti de Marco, 1858-1943 - (2),
(3)
- Moneta e prezzi, 1885.
- First Principles of Public Finance, 1888.
- "La pressione tributaria dell' imposta e del prestito", GdE,
1893
- イタリア財政派の主要人物。公共負債に関するリカードの中立性理論を開発したとして知られる。
- Ugo Mazzola, 1863-1899.
- L'Assicurazione degli Operai Nella Scienza e Nella Legislazione
Germanica, 1885.
- Dati Scientifici Della Finanza Pubblica, 1890
- L'Impostat Progressiva in Economia Pura Sociale, 1895
- La Colonizzazione Interna in Prussia, 1900.
- 国はサービスを提供してそれに対して税金という形で対価を得る企業なのだ、という味方を主張。「公共財」の現象を指摘し、それに伴う指摘提供の問題と公共的な提供の役割について指摘した初の人物の一人。
- Luigi Einaudi, 1874-1961.
- Studi Sugli Effetti Delle Imposte, 1902.
- La Terra e l'imposta, 1924.
- "Contributo alla ricerca dell' ottime imposta", 1929, Annali
di Economia
- Principi di Scienza della Finanza, 1932
- "Il cosidetto principio della imposta produttivista", La
Riforma Sociale, 1933
- Saggi sul risparmio e l'imposta, 1941
- Problemi Economicic della Federazione Europea, 1945.
- Lezioni di Politica Sociale, 1949.
- 古典派の教育を受けた経済学者で La
riforma sociale 編集者、自由放任主義の熱烈な支持者。
主要論文は フェラーラの線に沿った公共財政に関するもの。また優れた経済史家でもあった。後に有力なイタリア議員となる(1948-1955 年にはイタリア大統領)。
その他えらいイタリア人たち
- Marco Fanno, 1878-1965
- L'Espansione commercial e coloniale degli stati moderni, 1906
- Le Banche et il mercato monetario, 1912
- I transferimenti anomrali dei capitali e le crisi, 1935
- Introduzione allo studio della teoria economica del corporativismo,
1935.
- Principii di scienzia economica
- パドアの ビジネスサイクル理論家。独立に投資の「加速 (accelerator)」原理を発見したとされる。
- Gustavo Del Vecchio, 1883-1972
- La theorie dello sconte, 1914
- Ricerche sopra la teoria generale della moneta, 1932
- Vecchie e nove teorie economiche, 1933.
- Progressi della teoria economica, 1934
- Lezione di economia politica e la teoria del reddito, 1950
- Introduzione alla finanzia, 1950
- Capitale e interesse, 1956.
- ボローニャの経済学者。ワルラスの線に沿って、貨幣/マネーの理論を発展させる。
イタリアの伝統に関するリソース
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