ティボール・ド・シトフスキー (Tibor de Scitovsky), 1910-2002
ハンガリー生まれのティボール・ド・シトフスキーは、これまたロビンスのLSE出身の異端児だ。シトフスキーは厚生経済学で活躍した――だがそれにとどまらず多様な活躍をしている。シトフスキーは"Community Indifference Curve" (CIC) (1941, 1942) を考案した。これは生産可能性フロンティアに重ねることで、パレート最適条件を可視化できるとても便利な分析ツールだ。だがその同じ論文で、かれはまた「シトフスキー逆転パラドックス」なるものをあらわにしている。そこで実証されているのは、カルドア補償基準に基づいて配分 A が配分 B よりも優れていると見なされると、同じ基準に基づいたその後の動きで、B が A より優れていることも証明できてしまう、というものだ。シトフスキーのパラドックスは、1940年代と1950年代の 厚生理論の相当部分を大混乱にたたき込んだ。
アバ・ラーナーと同じく、シトフスキーは厚生的な観点からケインズ革命を受け入れた。 1951 年の著書は、各種市場における「権力非対称性」をマクロ経済学と統合し、この概念を元にインフレ理論を構築した (1978も同様)。また国際貿易理論にも手を染め、関税、経済統合、輸入代替政策、貿易収支問題、経済開発の話に深く関わった (e.g. 1958, 1969, 1970)。
1960 年頃から「厚生」理論に復帰したが、その論調は変わっていた。シトフスキーによれば厚生が「消費」、ひいては「成長」と混同されてきたが、人間の進歩は定量的だけでなく定性的にも評価されねばならない。多くの社会は、少ない資源で質のよい消費を実現できるが、他の社会は大量の資源があっても、低質な消費しか実現できない。したがって、厚生について品質面で比較をするときには慎重さが必要だ、とシトフスキーは述べた。そして、長年にわたり「質」をきちんと定義しようとしてきたが、一般にそれは消費の「喜び」と関連したものとされる。ある種の消費は「喜びがなく」、ある種のものは「喜ばしい」。両者の差はいくつかのものの複合物となるが、挑戦、リスク、達成感などが大きな要因となる。
シトフスキーはその発想を社会批判にまで拡張した。専門家のせいで仕事からはかなり喜びが奪われてしまったし、アメリカ社会では(他のどこよりも)消費と生活における安楽と安全を強調しすぎ、したがって消費活動から挑戦的でリスクの高い困難な要因、つまりは「喜び」を奪ってしまった、とシトフスキーは論じる。だがそうした喜ばしいリスクの高い活動の内在的なニーズを人間が持つため、人はいくつかの人間行動(たとえば博打、危険なスポーツ、犯罪等)の原因もわかる。喜びのない社会の「治療法」は、そこにこうした喜ばしい要素を注入するように消費を「教育」することだ、とシトフスキーは主張する。そうした教育がなければ、人は消費の質に対する決定を生産者に任せてしまいがちとなり、生産者は大量生産と安楽さにもっとも都合のいいものばかりを狙おうとするのだ。
シトフスキーの議論は大胆に思えるかもしれないが、その仲間は多い。ナイト, ヴェブレン, ケインズ
、ガルブレイスをはじめとする多くの有力な経済学者たちが、経済発展の「質的」側面を慎重に考える必要があるのだと強調している。
ティボール・シトフスキーの主要著作
- "A Study of Interest and Capital", 1940, Economica.
- "A Note on Welfare Propositions in Economics", 1941, RES.
- "Capital Accumulation, Employment and Price Rigidity", 1941, RES.
- "A Reconsideration of the Theory of Tariffs", 1942, RES.
- "A Note on Profit Maximization and its Implications", 1943, RES.
- Welfare and Competition: the economics of a fully employed economy, 1951.
- Mobilizing Resources for War: The economic alternatives, with E.S. Shaw and L. Tarshis, 1951.
- "Two Concepts of External Economies", 1954, JPE.
- Economic Theory and Western European Integration, 1958. 邦訳『経済理論と西欧経済統合』(中島正信訳、ダイヤモンド社、1961)
- "Standsards for the Performance of Our Economic System", 1960, AER
- "On the Principle of Consumer's Sovereignty", 1962, AER
- Papers on Welfare and Growth, 1964.
- Money and the Balance of Payments, 1969. 邦訳『貨幣と国際収支の理論』(山本繁綽・片山貞雄共訳、トッパン、1972)
- Industry and Trade in Some Developing Countries, with I.M.D. Little
and M.F.G. Scott, 1970.
- "What's Wrong with the Arts is What's Wrong with Society", 1972, AER.
- "The Producer Society", 1972, De Economist.
- "The Place of Economic Welfare in Human Welfare", 1973, QJE.
- "Inequalities: Open and hidden, measured and immeasurable", 1974, Annals of
AAPSS.
- "Are Men Rational or Economists Wrong?", 1974, in Nations and Households in
Economic Growth.
- The Joyless Economy: An inquiry into human satisfaction and consumer dissatisfaction,
1976. 邦訳『人間の喜びと経済的価値:経済学と心理学の接点を求めて』(斎藤精一郎訳、日本経済新聞社、1979)
- "Market Power and Inflation", 1978, Economica.
- "Asymmetries in Economics", 1978, Scottish Journal of PE.
- "Can Changing Consumer Tastes Save Resources?", 1979, in Economic Growth
and Resources.
- "Can Capitalism Survive? An old question in a new setting", 1980, AER.
- "Excess Demand for Job Importance and its Implications", 1981, in Wert und
Praefernzprobleme in den Sozialwissenshaften.
- "The Desire for Excitement in Modern Society", 1981, Kyklos.
- "Subsidies for the Arts: The economic argument", 1983, in Economic Support
for the Arts.
- "Human Desire and Economics Satisfaction", 1985, Kyklos.
- "Psychologizing by Economists", 1986, in MacFadyen, editors, Psychology.
- Human Desire and Economic Satisfaction: Essays on the frontiers of economics,
1986.
- "Growth in the Affluent Society", 1987, Lloyds BR.
ティボール・シトフスキーに関するリソース
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