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ケインズ『一般理論』解説

― はじめに ―

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 経済学者の間では、理由はどうあれ市場の失敗を指摘し、それが政策により改善できると指摘するような理論的業績をすべて「ケインズ的」とレッテル貼りをしてしまう傾向がある。これがきわめて残念なのは、この傾向のおかげでジョン・メイナード・ケインズによる 1936 年の驚異の論考『雇用、利子、お金の一般理論』が、各種の市場の失敗に適用できる政策的な結論集だと思われてしまったり、もっと単純化して政府介入万能論だと思われたりしがちだ、ということだ。

 「ケインズ革命」が公共政策にどんな影響を与えたかは、ここでは考えない。ここで理解したいのは、『一般理論』がどのように(あるいはそもそも)現代経済学の分析ツールを本当に豊かにしたのか、ということだ。こうした作業はもちろん、ある程度は自由な解釈を伴うことになる。これは仕方ないことだ――というのもケインズは系統だった思考家ではあったけれど、その著作の文体は残念ながらそれをあまり明らかにはしないのだ。通常は実に明晰な著述家なので意外なことだが、『一般理論』はわかりにくい混乱した本だ。

 なぜそうなってしまったかというのは、ケインズがこの本で取り組もうとした幾重もの狙いを考えると明らかになる。当初から、この本には二つの狙いがあった――否定的なものと肯定的なものと。否定的な作業は、古い正統派新古典派理論に効率よく批判を加えることだ。肯定的な狙いは、新しい理論の構築だ。残念ながら、この二つの狙いは『一般理論』の中できれいに別れてはいない。多くの部分で、どこまでが古いものの批判でどこからが新しいものの構築なのかはよくわからない。さらに話をややこしくしているのが、自分は新古典派理論よりもっと一般的な理論を提示しているのだ、というケインズの信念だ。これはつまり、現状の古い古典派理論も、完全に批判し去ることはできない、ということになる。そんなことをしたら、その古典派理論も一部に入っているはずの一般理論自体も否定しかねないことになるからだ。

 だから『一般理論』では、批判の中に新しい考えが散りばめられ、新概念が古くさい言い回しで述べられ、瞬間的な洞察が、収拾のつかないまま脚注や脇道にそのままぶら下がったりしているし、最も手厳しい批判は控えられ、体系全体のまとめは解釈の余地をたくさん残すものとなっている。もちろんこれは、「古典」の完璧なレシピだ。解釈の余地がいくらでもあるから、「ケインズが本当は何を言いたかったか」について果てしない論争が続けられるのだから。

 ケインズの正統伝承者の座を巡る闘争の中で、各種の学派が登場してケインズのメッセージの内容と重要瀬を解釈使用とした。たとえばポストケインズ派などはかなり「原理主義者」で、『一般理論』の章立てや一言一句そのままに理論的な枠組みを構築しようとする。一方、ニューケインズ派などは『一般理論』の中心的なメッセージを共有しているようなふりさえせず、政策提言が似ているでしょ、と主張するにとどまった。他の解釈はほとんどがこの両極端の中道を目指したが、それでもちっとも合意できていない。もっとも有力なのは新ケインズ派で、ケインズの新しい理論的仕組みは受け入れたが、そこに古い理論の批判が入っていることは無視した。他にはポストワルラス派のように批判のほうは受け入れつつ、ケインズの理論的な構築物はまったくちがうものに置き換えた一派もいる。歴史の中での『一般理論』の役割すら論争の的だ。ケンブリッジのケインズ派などは、それが完結した新しい革命的理論だと考えた。一方マネタリストたちはそれが一時的な蜂起でしかなく、新古典派の王道における単なる偶発的な事故でしかないと考えた。またさらに新リカード派などは、ケインズが実は意図せずして古典派政治経済学の擁護者であり、古典派の王道における新古典派という出る杭を叩いてくれた人物と見なしたりしている。

 だが一つはっきりさせておくべきことがある。ジョン・メイナード・ケインズ『一般理論』は20世紀において、おそらく最も影響力の強い社会科学論考だということだ。それは経済や政府の役割についての世界の見方を、即座に永遠に変えてしまった。これほどの影響を持った本は空前絶後だ。この本についての知識は、ほんのさわりだけであっても、あらゆる経済学者はもとより素人にとって不可欠なものだ。残念なことだが、有力な地位にある過激なイデオローグたちが、これを否定しようとしている。それは何よりもその当人にとって大きな損失だと言わざるを得ない。

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