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熱と光:対流圏も温暖化しているようです。

(The Economist Vol 376, No. 8439 (2005/08/13), "Heat and Light," pp. 64-5)

これまで説明のつかなかった気象に関する異常値は、どうもデータがおかしかったせいらしい。

 気候学は、よくても不確定な科学でしかない。不幸なことに、過去数十年でこの分野はえらく政治的に熱い分野にもなってしまった。地球温暖化に関する論争――そして、それについてどんな対策をすべきか、そもそも対策をすべきなのか――についての論争が勢いを増すにつれて、他の分野でなら単なる学問的な興味のタネにしかならないようなデータの不確定さが、すさまじい現実的な意味合いを持つようになってしまった。そして中でも最も奇妙な不確定性は、地表面の温度の動きと、対流圏(大気のいちばん低いところで、地表と接している部分)の温度の動きが乖離しているというものだった。

  対流圏はほとんどの大気が存在する部分で、気象のほとんどはここで起こる。コンピュータモデルによる予測では、もし地球温暖化が起きているのであれば、対流圏の温度も地表の温度といっしょに上昇するはずだ。地表温度の記録は、確かに上昇している。でも気象観測気球や人工衛星による観測では、対流圏の温度は 1970 年代以来変わっていない。対流圏上部では、むしろ温度は下がっているようだ。この直感に反する結果は、温暖化なんか起こってるのか、大したことないんじゃないか、と懐疑論者が疑問視する根拠になっていた。

  もちろん、可能性は三つある。一つは、懐疑論者が正しいというもの。二番目は、モデルがまちがっているというもの。三番目は、データがおかしいというもの。今週の Science に発表された三本の論文によれば、三番目がたぶん当たっているようだ。

昼と夜

一本目はイェール大学のスティーブン・シャーウッドらによるもので、気象観測気球からのデータを検討している。過去 40 年にわたり、世界中の気象観測所はこれらの気球を一日二回、定時にあげてきた――GMTで正午と深夜にだ。それぞれの気球は小さな使い捨て計測装置(ラジオゾンデ)を積んでいる。これが気圧、湿度、そしてこの調査では最も重要な温度を計測して送る。

  残念ながら、ラジオゾンデからのデータは誤差が入り込んでいる。たとえば温度計は空気の温度を測っているはずだが(つまり日陰の温度を測っているはずだが)しばしば日光にさらされて、日照の影響を受ける。これを補正するために、補正率を生データにかけるのが常道だ。問題は、その補正率が正しいかどうかだ。

  シャーウッド博士は、正しくないという。特にもともとこの加熱の問題を減らすためにラジオゾンデの設計が変わったのに、それに併せて変えるべき補正率が近年のデータについても昔のままだったりする。したがって、そうしたデータは補正されすぎているので、見かけの温度は実際の温度より低くなってしまう。

  シャーウッド博士らは、この仮説を試すコロンブスの卵を思いついた。気象観測所は世界中で同時に観測気球を放つので、一部の計測は日中、一部は夜に行われる。その生データを比べることで、チームはある傾向を発見した。対流圏の夜間気温(夜は究極の日陰だ)は確かに上がっている。下がったように見えるのは昼間のデータだけだった。これまでの調査は平均を見ていたので、この現象に気がつかなかったのだ。そして平均温度は、確かに日中温度の過剰補正に影響されていたようだ。まちがった補正をなおしてやると、結果は対流圏のモデルや地表温度と一致したものとなった。この変化は特に熱帯地方に顕著に見られた。この地域では、地方温度は高かったのに、対流圏の温度は予想よりずっと低かった地域だった。

  二本目の論文は対流圏気温の人工衛星計測を検討している。過去 20 年にわたり、極軌道衛星に積まれたマイクロ波センサーが、北極と南極上空で計測を行い、それをもとに対流圏の温度が計測されてきた(大気から放出されるマイクロ波は、温度や湿度に関する各種の情報を含んでいる)。ここでもデータは変だった。人工衛星は大気全部を見下ろしているので、対流圏の温度を見ようと思ったら、成層圏(対流圏より上にある大気の部分)の影響を引き算しなくてはならない。でもこれをやると、ラジオゾンデの過剰補正データと同じく、対流圏の温度は地表に比べて相対的に温度が下がっているように見えた。

  だがカリフォルニア州サンタローザにある企業、リモート・センシング・システムズ社のカール・メアースとフランク・ウェンツは、この結果もまた見かけ上のものでしかないと考えている。原因は、人工衛星の軌道が少しずつ変わることだ。軌道は大気の縁との摩擦で少しずつ下がる。この変化について補正しないと、データに変な長期トレンドが入り込む。メアース博士とウェンツ博士はこの因子をモデルに含めてみた。すると人工衛星が観測した見かけの冷却は、まさにこうした変な見かけのトレンドでしかなかった。軌道低下について補正してみると、冷却ではなく温暖化が見られた。

  三本目の論文は、カリフォルニアのローレンス・リバーモア研究所のベン・サンターらによるもので、対流圏の温度の動きについてのコンピュータモデルによる予測と、気象観測気球や人工衛星の観測データとの不一致は、まちがいなくデータのまちがいによるものだ、というもの。サンター博士のチームは、19 種類のコンピュータモデルを検討した。どれも対流圏は温度が上がっているはずだと予測している。個々のモデルはもちろん、それぞれ欠点を持っているだろう。だがそのすべてが世界の気象学者みんなの気がついていない、まちがった目に見えぬすさまじい前提を共有していない限り、そのすべてが同じ方向を示すということは、変なのはモデルの予測ではなくデータのほうだという考えを裏付ける。

  もちろんこうした論文で論争にけりがつくとは考えにくい。気象研究は三つの理由で大変に難しい。気象そのものがとんでもなく複雑だし、しかも一つしかないシステムだから比較研究は不可能だ。そして条件を制御した実験も無理。だから常に不確実性はあるし、異論の余地もある。政策立案者たちがその異論をどう扱うかは、政治的な問題であって、科学的な問題ではない。


解説

まあ解説するまでもないでしょう。一応、温暖化はそれなりに起きているようです。ただし三番目の論文は、あまり説得力ある議論には思えないけど……(だってこれだけパラメータの多いモデルなら想定した結果が出るようにパラメータをいじるのはそんなに難しくないはずだもの)。


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