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経済フォーカス:労働市場を改善するには。

(The Economist Vol 379, No. 8475 (2006/6/17), "Economic Focus: Intricate Workings," p. 86)

Eritrea 山形浩生訳 (hiyori13@alum.mit.edu)

失業を改善するには、各種政策を慎重に混ぜ合わせねばならない。

OECD の新しい雇用戦略

  12 年前に、OECD は『雇用戦略』 (Jobs Strategy) を発表した。これは政府(おもにヨーロッパの)が、高止まりしている失業率を減らすのに使えそうな提言を一覧にしたものだ。それはごく短いものだった。ポイントは10点、そして 200 語以下だった。今週、OECD はこの戦略を「述べ直した」が、長さは 6 倍、提言ポイントは20点、そしてそれが4つの「原則」のもとに置かれるようになった。追加の文言は、一部はただのお飾りだ。が、一覧が長くなった理由の一部は、12 年たった現在ではどの政策が機能してどれがダメか、そして次に何をすべきかについて、言うべき事がずっと増えたからでもある。

  もとの一覧が簡潔だったのは、もっぱらそれが普遍的で単純なメッセージを伝えるものだったからだ。つまり:人々をもっと働かせなさい、それには労働市場を規制緩和することですよ、というメッセージだ。今回の新しいバージョンは、OECD の年次報告 Employment Outlook を裏付けとしていて、これには近年の研究の詳細なレビューもついている。だがこのバージョンは、前ほどはっきり規制緩和をうたってはいない。「労働市場の改善への道は一つではありません」と事務総長は書いている。だが、道が一つではないからといって、無数にあるわけでもない。

  大まかにいえば、1994 年以来、ほとんどの OECD 諸国では労働市場が改善した。失業率(労働力のうち仕事を探している人の割合)は下がったし、雇用率(労働年齢人口のうち仕事に就いている人の割合)は上がった。オーストラリア、イギリス、デンマーク、アイルランドなどの国は、こうした指標の複数で大幅な改善を見せている。だが他の国、特にフランス、ドイツ、南欧、中央諸国では、働いている人が少なすぎる。そしてほとんどの国で全体的には改善が見られるものの、平均よりはるかに状況が悪いグループもある。OECD によれば、一部の国では女性を労働力に加えたり、学校や大学にいっていない若者を就職させるための手がもっと採れるはずだ。特に気になるのが、55 歳以上人口だ。55-64 歳人口を見ると、スウェーデンでは 70% が働いているし、アメリカでは61%が働いている。だがオーストリアやベルギーだと、これがたったの 32% だ。あまりに多くの国で、高齢労働者をあっさり退職させたり、ときにはそれを奨励さえしている。これを何とかしないと、人口の高齢化にともなって経済的な負担が増えてしまいかねない。

  Employment Outlook は、どんな政策が成果を挙げたかに関する研究を次々に調べている。長年にわたり経済学者たちは、労働市場をダメにしそうな各種の要因を挙げてきた。失業手当が手厚すぎ、特にそれが長期にわたれば、失業した人たちは新しい仕事を探そうという気がなくなる。最低賃金が高すぎたり、雇用保護法があまりに厳しすぎたりすれば、雇用主は新規に人を雇うのをいやがる。特に未熟練で能力が不明確な若者は嫌がられるだろう。労働者の手取りと、そのために雇い主が支払うべき費用との間に高い税金のくさびが打ち込まれていれば、みんな働く気はなくなるし、企業は人を雇いたがらなくなる。仕事のない人は、雇用主の求めるような教育や技能を持っていないかもしれない。

  一部の国は、規制緩和したり、限界税率を下げたり、失業手当をあまり豪勢でなくしたりしてに労働市場の改善を試みてきた。全体として、これらの政策は雇用を増やした。だが、これだけが唯一の方法ではない。OECD によると、OECD諸国はだいたい4つのグループに分類できる。そのうち2つは、平均より失業率は低くて雇用率は高いという意味で成功している。残り2つは成功していない。この4グループの成績をまとめたのが以下の表だ。

どこに費用をかけるか選ぼう:OECD 諸国の労働市場レジーム
 
 OECD
 単純平均 
 英語使用 
諸国
 北欧  大陸・ 
南欧
 中欧 
*1 一部労働者の給与に対する割合
*2 手取りが雇用者にとっての費用に対する割合
出所: OECD *3 一人あたりGDPに対する失業者一人あたり手当
雇用率, %67.1170.9271.9162.5458.00
失業率, %7.475.304.798.9715.12
失業手当*127.8118.2339.8636.179.69
税引き率, %*227.1018.5427.4234.3332.43
雇用保護指数2.011.382.132.711.83
労組組織率, 59.9630.7583.3382.5738.33
製品市場規制指数1.421.201.281.551.97
労使市場活性化プログラム*329.2515.7664.1425.843.46

どの道をとるべきか

  最初のグループは「主に英語を使う諸国」というラベルがはられ(日本、韓国、スイスは名誉英語圏だ)、雇用保護は比較的弱く、失業手当も少ないが、税引き率も平均よりは少ない。雇用率は OECD 平均を優に上回っているし、失業率も文句なしに低い。二番手は「北欧」(スカンジナビア、オランダ、オーストリア、アイルランド)で、税金と失業手当は高いし労働者をクビにするのも難しい。それなのに、平均雇用率は英語圏よりちょっと高めで、失業率はちょっと低めだ。

  この第二のグループが英語圏と張り合える理由は二つある。まずこの諸国の製品市場は、第一グループと同様に、かなり規制がゆるいので、経済全体がかなり活発だ。そしてこの北欧諸国は、失業者にちゃんとがんばって職探しをさせるような制度にずっと多くのお金をかけている。失業手当は手厚いけれど、そのかわりに職探しの努力が厳しく監視されていて、一部の職探しプログラムは義務化すらされているわけだ。失業手当が高すぎたら職探しのインセンティブが下がるのはまちがいない。でも、職探しサービスを厳しくして予算もつけるようにすれば、その影響は相殺できるらしい。だから、職のある人とない人とで所得が大幅に差が付くのを嫌う政府は、それを避けつつ職探しのインセンティブを保つことは可能だ――ただしこれには税金を使う必要がある。

  第三グループの諸国――おもに南欧、それとフランスにドイツ――も失業手当はかなりくれる。だが、職探しサービスは第二グループとは比較にならないほど小さいし、製品市場も保護が強い。最後のグループはチェコやポーランド、スロヴァキアなどだが、失業手当は低い。だが労働者をクビにするのは難しく、職のない人に仕事を見つけさせるプログラムにもあまりお金はかけていない。そして製品市場の規制は他のどのグループよりも厳しい。

  さらに OECD に言わせると、多くの国は特定のグループに職を与える努力をもっとすべきだ。議論はあるだろうが、人口高齢化に伴って、高齢労働者が最も問題となるだろう。賃金はしばしば年功で決まり、生産性には左右されないので、一部の高齢労働者はなかなか雇いにくいだろう。多くの国の年金制度は早めの引退を奨励している――60代になっても仕事をやめないと、実質的に課税される形になっている。この実質課税は、最近は一部の国で下がり始めたが、上がった国もある。OECD の一部は、国民を仕事に就かせるのに見事に成功した。だが他の国々は、まだまだやることがあるのだ。


解説

  おもしろーい。短すぎてきちんと書いていないけれど、この記事(というかそのネタになっている OECD の調査) の視点としてきわめて重要なのは、労働者保護が少ないとか失業手当がどうとか、日本の一部の労働経済学者みたいにクレクレくんになっていないこと。特に:

  1. 失業手当を増やすんなら、そいつらに仕事を見つけさせる(見つけていただくのではなく、尻を叩いてシバく)プログラムにも金をつけるべき。
  2. 経済全体の活性を考えるべき。製品市場が規制されすぎていたら、企業は身動きがとれずに人も雇えないぞ

この二つの点をきちんと指摘しているのはえらい。残念なのは、これらがきちんと分解されきっていないことだけれど。ここでの感じだと、まず何よりも製品市場の規制が効いてきて、これが強ければ何やってもダメ、それがクリアされたら、あとは保護も弱いし失業手当も弱いし、職を見つけろともいわない(つまり公的部門は全般に口を出さず、冷たいけれど自由放任、でも税金も低い)というやりかたと、全般に保護も充実して失業手当も出すけれど、職探しに思いっきり口を出す(つまり全体に世話焼きだがお節介、そのうえ税金までむしる)的なやり方がある、ということみたい。


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