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マイクロ取り立て屋:マイクロファイナンスも盲信すべからず。

(The Economist Vol 380, No. 8491 (2006/8/19-25), "Microsharks," pp. 62-3)

山形浩生訳 (hiyori13@alum.mit.edu)

インドのマイクロクレジット市場が急拡大したために政府と縄張り争いが起きている。

  高利貸し業者:悪者、マイクロクレジット:善玉。インドの田舎の多くではこれが通常の見方だった。伝統的な高利貸しはどうしてもお金が必要な人を相手に、とんでもない金利で貸し付けていた。マイクロクレジット業者は、貧乏人に少額のお金を貸す慈善団体で、必ずしも利益を得ようとはしないし、世界的にもトレンディで社会的責任もある。だから今年前半に、マイクロクレジットが急速に広まっているインドのアンドラ・プラデシュ州政府が、一部の主導的なマイクロファイナンス機関 (MFIS) に対して昔ながらの高利貸しと大差ないやり口をしていると糾弾したのはショッキングなことだった。貸し手のほうは名誉が毀損されたと主張していて、この争いで同州でのかれらの将来にはいまや疑問が投げかけられている。

  紛争は、ある貧しい田舎地区クリシュナをめぐるものだ。一部の女性が、MFIS への返済ができないために自殺したといわれている。三月には、クリシュナの政府最高官が 4 つのMFIS の 50 支店に一時閉鎖命令を出し、その記録を押収して破壊し、借り手には返済の必要なしと告げた。そして、そのマイクロファイナンス機関がとんでもない高金利を課していたと糾弾した。

  その 4 機関の一つ SHARE を運営するウダイア・クマーによれば、融資金利はおよそ年 21.5 パーセント――資金コストが 11 パーセントだし、アンドラ・プラデシュ州で80万件の少額融資ポートフォリオを維持するのはコストがかかるし、貸し倒れもあるからこの金利でも高すぎるわけじゃないという。さらに、高利貸しの金利や市中銀行金利と比べたら半分以下だ。それでも、SHARE はその後 4 パーセントほど金利を引き下げることに合意している。

  確かに濫用はあった。マイクロファイナンス機関に融資を行うファンドのベルウェザーのビスワナタ・プラサドは、「無鉄砲な拡大」がいけないのだという(グラフ参照)。

  マイクロクレジットの融資残高は急上昇している

  MFIS は、商業銀行が地方部で融資をするための出先として好都合だと思われたこともあって、かなりたくさんお金を持っていた。一部のマイクロクレジット機関は、返済につれて元本が減っても融資総額に対して金利をかけていたし、一部の借り手は脅されたり恥をかかされたりした。激しい競争と情報共有の不在のために、一部の人は多数のマイクロファイナンス機関からお金を借りて多重債務者になってしまっていた。どうやら自殺が起きたのはそのせいらしい。クマー氏によると、SHARE の平均融資残高は一件あたりたった 4,000 ルピー(86 ドル)だという。

  かれによれば、この紛争の根底にあるのは NGO 系の MFIS と、州や中央政府や世界銀行が出資している補助金つきマイクロクレジット方式との競争なのだという。銀行によれば、SHARE の顧客の3割ほどは、政府支援の「自助集団」と重なっているとか。インドのマイクロクレジット機関連合サ・ダンのマシュー・タイタスは、この争いを「アイデアの戦い」だと見ている――NGO セクターと、貧困者との共同作業に対してイデオロギー的に反対している勢力との戦いだというのだ。

  いまや、州政府が融資者たちを規制して、廃業せざるを得ない水準の上限金利を設けるのではないかという恐怖が出ている。法的には、これはむずかしい。SHARE などの大規模MFIS は、中央銀行によってノンバンク金融企業という指定を受けている。

  ベルウェザーのプラサド氏は、このスキャンダルにはいい面もあるかもしれないと考えている。これでマイクロクレジットたちも濫用を止め、行動規範を遵守するようになって、政府を無視してはいけないことを認識するかもしれない。一方の政府としては、MFIS は軽視すべき勢力ではないことを認識して、MFIS が貧困者を必ずしも搾取しようとはしていないことを認識しなければならない。

  別に融資がありあまっているという状態ではない。民間融資も、極貧者のための公的補助つき方式も共存できる余地は十分にある。蛇蝎の如くにきらわれる高利貸しにすら、活躍の余地はあるかもしれない。地元についての知識と広範なビジネスのおかげで、かれらも無視していい存在ではない。ある調査によれば、クリシュナ地方の MFI 顧客の 3 割は高利貸しからも借りている。全国的に見て、高利貸しは地方世帯の負債のうち 3 割を提供している。中央銀行は、融資関連法を見直している。一つの方法は、銀行が登録高利貸しに融資して、かれらを中間業者として使うことだ。インドの地方融資市場を専門とする世界銀行のプリヤ・バスによれば、「もし高利貸しを正規の金融システムにおびき寄せられるならば」この発想は筋が通っているという。マイクロクレジット:善玉だが、高利貸しも実はそんなに悪くないかもしれない。


解説

 マイクロファイナンスについては、5 年前の文だが以下のマイクロファイナンス解説を参照。しかもこの文 (2 ページ目) の最後の部分に注目。こうした事態をすでにちゃんと指摘してあるではないか! すごい。世のマイクロファイナンス解説文献なんていいことばっかで、こうした悪い点を指摘してあるものなんか皆無だというのに。だれが書いたんだろう(ってあたくしですけど)。

 なお、この文中で書かれている「極貧者のための補助金つきスキーム」というやつはたぶん信用ならないし実現は困難と思われる。どこか別のところで書いたけれど、公的な補助が入るとアカウンタビリティの要件がはねあがる。帳簿の整備とか借り手の身元調査の要件とかデューディリとかがやたらに複雑になるために、コストがすさまじく上がり、おかげで金利はほとんど下がらない場合が多い。補助金を入れれば低金利で貸せる、というようなものではないはず。


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