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問題は食料不足ではなくて貧困なのです。

(The Economist Vol 376, No. 8440 (2005/08/20), "Economic Focus: Desititution not dearth," p. 53)


 「貧困についての相当部分は、一見して明らかなものだ。ややこしい基準や怪しげな尺度、詳細な分析などなくても、むきだしの貧困はすぐにわかるし、その対抗策もわかる」。これは世界で最も著名かつ尊敬を集めている経済学者であるアマルティア・センが、1982 年の古典的論文「貧困と飢餓」で述べたことだ。しかし、この本でセン教授が述べた理論は、一見して納得できるような当たり前のものではなかった。世界最悪の飢餓の一部は、食糧供給が大して下がらないのに起きた、というのだ。

 セン教授がこれを示すのに使った事例は、1968 年から 1973 年にかけてアフリカのサヘル地域で猛威をふるった飢餓だった。サヘルというのはアラビア語の「海岸」ということばから取ったもので、サハラの西端に位置する沿岸六ヶ国を指すことが多い。これらの地域では、砂漠の砂塵がアフリカの準乾燥地帯に吹き寄せてくる。30 年前のこの悲劇で最も強く影響を受けたのは、モーリタニア、マリ、ボルタ北部(現在のブルキナファソ)、ニジェールだった。

 ニジェールは今、またもや(文句なしの飢餓ではないにしても)食糧危機に襲われている。1970 年代初期に同国では、困窮した農民が家畜をたたき売り、大量の移民と荒廃が生じた。これらがすべて、今年になって再演されている。セン教授の理論は、この目下の大量飢餓をどれだけ説明できるだろうか?

 ニジェールの目下の危機についても、相当部分は一見して明らかに思える。昨年は雨期が早めに終わってしまった。イナゴも大量発生した。同国が食糧不足なのも当然、でしょ? だが昨年 11 月のニジェールの収穫は、平均以下というくらいのもので、どん底ではなかった。雨期は確かに早く終わったが、同国の穀物生産は国連食糧農業機関(FAO)によれば、五年平均より 11 パーセント低いだけだった。2000-2001 年の収穫よりは 22 パーセントも高かったし、2000-2001 年には何も問題は起きていない。イナゴの害は、人間の食料よりは家畜飼料に大きな被害を与えたので、放牧民たちは群れをつれて、ニジェールの隣国に移動したりしている。

購買力不足

 ニジェールの窮状が最もよくわかるのは、量ではなく価格のほうだ。放牧民の交易条件は、特に二つの価格に左右される:売る商品(家畜)の価格と、買う物(食物)の価格だ。今年のニジェールでは、食物価格が高騰した。そして前者は暴落した。ある報告によれば、雑穀やモロコシの価格は過去 5 年平均の 75-80 パーセント増になった。6 月には、ヤギを一頭売って買える雑穀は年初に比べて半減。セン教授の理論では、まさにこうした交易条件の残酷な変動こそが、コミュニティを崩壊させてしまう。こうした不幸な人々は、買える食物はあるのに、食物の購買力がないために苦しむことになる。なぜ価格はこれほど大幅かつ急速に、ニジェールの放牧民にとって不利に動いたのだろうか?

 食料価格の高騰は、国内供給が少なかったことと同様に、外国の需要が大きかったせいかもしれない。伝統的には、収穫前の備蓄が底をついた時期には、ニジェールの農民たちは自国で生産するよりも湿潤な沿岸国で生産した方が安い穀物を輸入する。だが同地域の食糧安保を司る政府間機関である CILSS によれば、今年は穀物が反対方向にかなり流れていたという。ガーナ、ベニン、コートジボワール、ナイジェリアなどが、みんな地域の穀物を買いあさっていた。

 これは一つには、これら諸国の収穫も低めだったからだ。だがナイジェリアの場合、政府の政策も理由の一つだとFAOは見ている。ナイジェリアは米製品や小麦製品の輸入に制限をかけた。また製粉業者や養鶏業者の保護育成を行った。これらの政策は、小麦代替物やニワトリ飼料となる雑穀やモロコシの需要を高める。結果として、これまではニジェールに輸出されていたナイジェリアの穀物は、国内で消費されてしまったらしい。ナイジェリアは一人あたり所得がニジェールの 2 倍で、人口も 10 倍だ。この強力な市場の引力は、ニジェールの放牧民たちの購買力を蹴散らすことになった。セン教授が著書の中で述べた通りだ:「食料を巡る市場の支配をめぐって、一集団が繁栄するが故に別の集団が苦しむことが生じ、そして最後尾の人々は悪魔の餌食となる」

 ナイジェリアだけでなくブルキナファソやマリも、今年はニジェールへの穀物輸出を制限している。これはニジェールとの通商条約違反だ。こうした制限も、飢餓の歴史においては不名誉な助演役を演じている。たとえばインドの州間穀物取引の禁止は、1943 年にベンガル地方に壊滅的な食料価格高騰をもたらした。

 もう一つの交易条件はどうだろう? 家畜価格が低下したのは、一つには北部の放牧地が被害を受けて、その結果動物たちがやせ衰えたせいだ。だが交易条件の劣化は独自の勢いを得ることもある。高い穀物価格のため、放牧民たちはもっと多くの家畜を売りに出さざるを得ない。こうした貧窮売りは、さらに動物たちの価格を引き下げ、結果として放牧民たちはもっと動物を売るしかない。著書の中でセン教授は、放牧民たちの供給曲線が反転するという理論的な可能性を指摘している。家畜の相対価格が下がると、飢えた放牧民は市場にもっと家畜を放出する。経済学の基本原理では、価格が下がると供給は減るはずだが、その逆が起こるというわけだ。

 もし大量飢餓が単に食料不足の結果なら、対策は明らかだ。もっと食料をあげればいい。いまサヘル地域には緊急食料が陸海空の各種経路で送り込まれている。これはもちろん、飢えと貧困が熾烈で広範なときには真っ先に必要なものだ。だが、大量飢餓が食料不足のせいで起きるのではなく、購買力の暴落で起きるのであれば、これを防止するには緊急食料空輸は要らない。必要なのは、たとえば公共事業で適切な賃金をもたらす雇用を提供するなどして、失われた購買力を回復させることだ。市場が重視するのは、必要性ではなく需要だ。だが、必要性を感じている人々に十分な市場力を与えれば、あとは市場が面倒を見てくれるのだ。


解説

  いまガーナにおりますが、どうも日本のニュースサイトをちょっと見たところ、目下ニジェールが飢餓にさらされているというニュースは一切伝わっていない様子。でもかなりひどいことになっているようです。

  で、話はここに書かれた通りらしいのですが、ここでもう一つ。前に『サイゾー』でも書いたことですが、こういう状況になると、ほれみろ食料はあるのに商人が利益のためにそれをよそにまわし、だから飢餓が起きて人々が死んでいる、商人ケシカラン、という話が必ず出ます。でもそういうもんじゃないのだ、ということ。ポルポト政権下のカンボジアでもそうですが、こういう状況になると政府はすぐに、穀物の価格統制とかやりたがります。で、嫌気がさした商人たちはどんどん店を畳み、おかげで供給がさらに減ることになる。うまく条件を作ってあげれば、商人は偏狭なイデオロギーに左右されないから、たいへんに有益でコントロールしやすいし、面倒な作業もいろいろ引き受けてくれます。それをどううまく使うかというのが大事なのでございます。


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