(The Economist Vol 381, No. 8504 (2006/11/18), "Tilting at windmills" pp. 72-74)
山形浩生訳 (hiyori13@alum.mit.edu)
クリーンエネルギー商売は次の投資ブームになりつつあるけれど、リスクがあまりに軽く見られている。
ごく最近まで、ベンチャー資本家たちは情報技術の大将たちのご用聞きに忙しくて、自分たちのような「ヒッピーもどきのエコロ連中」なんぞで時間を無駄にしたりはしなかった、と太陽光ビジネスで 30 年のベテラン、チャーリー・ゲイは回想する。でもいまやエコロ連中が上り調子で、IT長者たちはクリーンエネルギー技術投資に精を出している。
その一人がシリコンバレーの有名な投資家ヴィノッド・コスラ (Vinod Khosla) だ。かれは次の大きな山はエタノールだと旗を振っている。ゲイ氏が働くアプライド・マテリアル社は、液晶画面やコンピュータチップから太陽電池へと手を広げている。サイプレス・セミコンダクター社の子会社サン・パワー社は、いまや LSI チップ製造の親会社とほぼ同じくらいの企業価値を持っている。
投資家たちはクリーン技術、特に電力分野でのクリーン技術の新興企業に出資しようと我先に群がっている状態だ。ベンチャービジネスリサーチ社によれば、この分野におけるベンチャー資本家やプライベートエクイティ企業の投資額は過去二年で、2004 年の5億ドルから今年の現時点(11月)で 20 億ドルと四倍になっている。クリーンエネルギーに投資されるベンチャー資本の比率も急速に上がっている (図 1)。別の研究所であるニューエネルギーファイナンス社によれば、このビジネスへの各種投資は 2006 年には 630 億ドルになるという。2004 年にはたった 300 億ドルだった。大金の魅力におびきよせられ、投資銀行たちもこの最新のブーム産業の分析を高めている。
クリーンエネルギー熱には三つの原因がある。原油価格の高騰、エネルギー安保に対する不安、地球温暖化に対する懸念だ。この産業の旗振り役たちに言わせると、エネルギー供給は今後数十年で劇的に変わるという。公害をまき散らす石炭火力やガス火力発電所は、太陽光や風力といったもっとクリーンな代替エネルギーに取って代わられる。植物やゴミからの燃料がガソリンやディーゼル燃料に置き換わる。そして巨大発電所が遙か遠くの電力グリッドに電力を供給するかわりに、小さい分散型の発電が行われる、と。いずれ、水素で動く燃料電池が現在いたるところにある内燃機関に取って代わることも期待されている。壮大なビジョンではあるが、転換が非常にゆっくりしていても、あるいはごく部分的なものにとどまったとしても、この分野の企業はすさまじい成長をとげることになるだろう、と後押し役たちは論じている。
アナリストたちは、クリーンエネルギー商売が今後 10 年にわたって年率 20-30% 成長を続けるだろうと自信を持って予想している。最近ロンドンでこの産業に関する会議を開催した投資銀行ジェフリーズは、参加者に太陽光発電がいつの時点で古くさい発電技術に対して競争力を持つようになるか(訳注:つまり同じくらいの発電コストになるか)を尋ねた:2010 年か、2015 年か、それとも 2020 年? もっと先の時期は、俎上にすらのぼらなかったし、まして永久に追いつかないなどという説はおくびにも出なかった。ある参加者の嬉しそうな見立てによれば、この会議の参加者のうち四分の三は「小切手を書く仕事」だったとか。「このメガトレンドこそは、21 世紀最大の雇用創出と富の創出機会になるかもしれません」と基調講演者は煽っていた。
太陽光発電に的をしぼったサンノゼでの別の類似イベントでは、今年の参加者は前年比五倍の 6,500 人以上となった。カリフォルニア州のグリーンな知事アーノルド・シュワルツネッガーも、再選キャンペーンの最中にこの会議に顔を出した。「エネルギーを感じます」と興奮気味の観衆に、知事は叫んだ。「電気を感じます。クリーンエネルギーこそは未来です」
こうしたバカ騒ぎはドットコム・バブルを思わせるかもしれない。だがクリーンエネルギーの支持者たちは、シュワルツネッガー氏のような人がいるおかげでこの成長は維持可能だと強く述べる。このターミネーター知事は環境規制に熱心なのでグリーン一派の間では英雄扱いなのだ。楽々と再選されたのも、地球温暖化に対する懸念をタネにして、温室効果ガス排出に上限を設けるアメリカ初の広範な制度を法制化させたという点が大きい。
カリフォルニア州はまた、太陽光発電を推進するアメリカで最も野心的なプログラムを誇る。これは「百万ソーラー屋根」と呼ばれるプログラムだ。同州は今後 10 年にわたり、太陽電池パネルを設置した世帯や事業所に対して 29 億ドルのリベートを支払う。連邦政府も一役買っていて、設置費用の 3 割については免税措置がつく。同州のあらゆる事業所は、フェデックスからナパバレーのワイナリーまで、我先に補助金つき太陽電池パネルを設置しようとしている。
2010 年までに、カリフォルニア州は電力の 20% を再生可能エネルギーに頼ろうと計画している。アメリカ 50 州のうち 21 州以上がこうした「再生可能ポートフォリオ基準」を定め、州内の発電事業者たちはある期日までにその目標を達成しなくてはならない。ワシントン州の有権者たちも、最近の選挙でそうした基準を支持した。メイン州は 30% という最も高い基準を設けてはいるけれど、同州の電力会社は水力発電所を多く持っているので、すでにこの目標を達成している。最も野心的なもののの一つはニュージャージー州で、2021 年までに電力の 22.5%を再生可能にしなくてはならない。ニュージャージー州はすでにカリフォルニアに次ぐアメリカ第二位の太陽光市場となっている。
他の政策のおかげで、トウモロコシからのエタノールも確実においしい商売となっている。トウモロコシについては、エタノールを作るプロセスが最終的なエタノールと同程度のエネルギーを消費してしまうから、環境面でもエネルギー依存の面でも何ら役にたたないという懸念が根強いのだが。トウモロコシを作る農民、それを燃料に混ぜる精油所、それを販売するポンプを設置したガソリンスタンド、そしてそれを買う消費者は、すべて補助金をもらえる。さらにいくつかの州は、ガソリンに一定量のエタノールを混ぜるよう義務づける法律を持っていて、需要を確保させている。圧力団体の世界補助金イニシアチブ (Global Subsidies Initiative) によれば、これらをあわせるとアメリカの納税者たちは年に少なくとも 50 億ドルを負担させられているそうだ。
だがアメリカのクリーンエネルギーに対するインセンティブは、ヨーロッパに比べればかわいいものだ。たとえば EU は、輸送用燃料の 5-7.5%を 2010 年までに非化石燃料にしろと言っている。大規模精製業者たちは、これで生産量めいっぱいのバイオディーゼル燃料市場が確保されると言っている。
EU はまた 2010 年までに電力の 18%を再生可能エネルギーにするという目標を持っている。投資銀行ゴールドマン・サックスのアナリストたちは、これを達成するためには太陽光による発電量が年に 30%以上も伸び続けなくてはならないと計算している。かれらの数えたところでは、49 ヵ国がクリーンエネルギー企業の急成長を促進するような再生可能エネルギー政策を持っている。こうした国の中にはブラジル、中国、インドといった巨大エマージング市場も含まれる。
中でも大盤振る舞いをしているのがドイツだろう。再生可能電力の価格を、今後20年にわたりだんだん減少する形で固定してしまったのだ。一部の太陽光発電プロジェクトは、1 kWh の発電量あたり最大 0.57 ユーロもらえる。もっと汚い電力の市場価格は、0.05 ユーロ程度だ。普通なら、ドイツは太陽光発電パネルを設置するにはひどい場所だ。日照も少ないし、ソーラーでは使わない優れた配電グリッドがすでに設置されている。でもこうした「入れ食い料金」のおかげで、ドイツは世界最大のソーラー市場となっている。
世界中で、ドイツのような政府は何十億ドル、ときには無限の金額を投入してクリーンエネルギーのお題目を推進しようとしている。支持者に言わせると、それによってこの産業の成長はすでに「予約」されている。支持者たちに言わせれば、こうした補助金は市場が十分に重視していないように見える重要な目的――地球温暖化防止――に貢献するから正当な<のだ、と論じる。
さらに、補助金は永続的ではないことになっている。アプライド・マテリアル社のゲイ氏は、太陽光発電のコストは時間とともに着実に下がると指摘する。人工衛星に使われた最初の太陽電池は、一ワットの発電量あたり 200 ドルかかった。去年には、それが一ワットあたり 2.7 ドルまで下がっている。これはつまり、生産量が倍増するたびに価格が 18%下がるという計算になるそうだ。価格の低下は量の増大につれて不可避だから、補助金は追加の売上を刺激することで単にそのプロセスを加速しただけだ、とかれは論じる。
クリーンエネルギーの支持者たちは、いずれ再生可能エネルギーは化石燃料に対して競争力を持つようになり、政府は補助金をやめられるようになる、と言い続けている。ゲイ氏は、太陽光発電が 10 年以内に大規模石炭火力発電所からの電力と同じくらい安くなる、と考えている。これに近いことがすでに日本では起きていて、太陽光発電に対する補助金が去年なくされた。世界最大の太陽電池メーカーであるシャープのクリス・オブライエンによれば、補助金が 1994 年に導入されたときには、太陽光発電システムはキロワットあたり 16,000ドルの値段で、政府がその半額を負担した。初年度に設置されたのは 500 基。10 年後、値段は 6,000 ドルに下がって、6 万基が設置された。今や日本は、「補助金なしでも顧客が太陽光発電システムを買い続けた」初の市場となっている、とかれは言う。
だがこれはみんな、いささか誤解を招くものだ。日本での電力小売価格は世界で一番高いものの一つだから、太陽光発電が競争するのもずっと簡単だ。ニューエネルギーファイナンス社のマイケル・リーブライヒが不承不承認めるように、再生可能電力や再生可能燃料は「今後当分の間」汚いエネルギーよりずっと高価であり続ける。
となると、クリーンエネルギー商売はもっぱら政府の施しに頼るしかないということになる。ジョージ・ブッシュが一月の大統領一般教書で、アメリカの外国産石油依存率を下げると宣言したときには、クリーンエネルギー分野の株価は上がった。また、新生の民主党議会がグリーン分野にもっとお金をばらまくという希望にもかれらはすがっている。選出された議員の中には、巨大な風力発電用の風車の間を走り回る自分の姿を宣伝に使って環境重視のイメージを植えつけようとした人たちもいたんだから。
だがある政治家が義務づけられることは、別の政治家がとりやめられることでもある。そしてそこにクリーンエネルギーの最大のリスクがある。たとえばアメリカの政治家は、定期的に風力発電の減税措置の期限が切れるに任せてきた。おかげで風力発電産業は、減税措置が復活するまでの大苦境に耐えなくてはならない状態を何度か繰り返している(図2を参照)。これは来年また期限切れになるはずだ。同じように、この夏に EU 内で二酸化炭素排出権の値段が下がるのにあわせて、ヨーロッパのクリーンエネルギー企業の株価も下がった。排出権の値段が下がったのは、ヨーロッパの各国政府が汚染者に対して排出権を発行しすぎ、それが市場にあふれたせいだった。
有権者たちだって心変わりすることもある。最近の選挙で、いつもは頑固な環境保護支持のカリフォルニア州民たちは、石油生産に課税して再生可能エネルギー研究に使おうという法案を否決した。それでもクリーンエネルギー投資家たちは、政府やそれを後押しする納税者たちが、この産業に湯水のようにお金を注ぎ込み続けるだろうという見通しに賭けている。
原油価格が暴落すれば、ほぼ確実に政府は財布のひもを締めるだろう。補助金が相対的に高価になるからだ。新しい炭素無しの技術開発は、安い石油があればそんなに緊急課題だとは思われなくなる。1980年代に原油価格が落ちると、各地の政府は 1970 年代にぶちあげた壮大なエネルギー自給計画のほとんどを、こっそり捨ててしまった。
リーブライヒ氏の見解では、原油価格が一バレル 50 ドルを下回ったら、クリーンエネルギーは勢いを失ってしまう。ベンチャー資本家のコルサ氏は、サンノゼの会議の出席者たちに対して、化石燃料より「無条件で安い」技術が不可欠だぞ、と警告した。「安くないなら規模も拡大しないよ」と。
だがとりあえずは、需要に対応できるかという点のほうが懸念事項だ。風力発電タービンのメーカーのほとんどは、今後数年分の受注がびっしり入っている。フィンランドの大規模精製業者ネステ社の重役たちは、ヨーロッパのバイオ燃料の生産量が、EU の目標に対応できるほど急激に増やせないだろうと考える。EU は再生可能電力の目標値も引き下げざるを得なかった。業界が、目標値を達成できるほど急激に拡大できなかったからだ。
太陽電池企業の成長は、そのパネル生産に必要な高純度シリコンの供給より急速になっている。いまや投資家たちは、必要なシリコンを生産するための工場に出資しようと殺到している。ゴールドマン・サックスは、2010 年には生産量が倍増すると予想している――そうなるといずれ価格暴落の危険が高まる。一方で、ソーラー企業は将来のシリコン供給を確約する契約か、あるいはシリコン消費量を減らす技術によって、自分たちは別だというのを印象づけようとしている。
ほとんどのアナリストによれば、成長のポテンシャルはある。でもボトルネックや政治的な後退、さらには技術的な問題のために、将来の道はかなり荒っぽいものとなるだろう。きわめて楽観的な投資家たちが、そういう障害を見過ごしているのではないかという恐怖も一役買って、今年になってクリーンエネルギー株は急落した――もっともその後、株価はほぼ回復はしたが。こうした騒動のために、いくつかのグリーンエネルギー企業は予定していた株式上場を取りやめた。
「いくつかの部分については傾聴すべき議論が行われている」とクリーンテック・ベンチャー・ネットワークのボスであるキース・ラーブは語る。いくつかの例では、利益の出ていない――そして近い将来にも利益が出そうにない――企業に対する株価評価は、ドットコムのバブルで見られた過剰を思わせるものだった。ベンチャー・ビジネス・リサーチ社のダグラス・ロイドが述べるように、「あまりに多くのお金があまりに少ない機会を追いかけている。これだけ多数のソーラー企業が全部成功するなんてはずがあるだろうか? 絶対ないね」
というわけで、ポイントとしては;
といったところ。しかしなかなかおもしろいことになりそうで、とりあえずは分野として要注目ですな。でもアメリカがガソリンの価格をあげれば、セコイ再生可能が束になってもかなわないくらいの成果が上がるのにねえ。シュワちゃんもまずそれやれって感じ。
それともう一つ、この記事の付随記事として出ているんだけれど、カリフォルニアではこの 2 年で太陽電池の値段が 50% 上がったそうな。生産が増えないのに、変な免税措置で需要が急騰したんだからあたりまえだ。そうやって価格をゆがめるのがいいことかどうか。途上国の地方電化は太陽光に頼ることが多いんだけれど、これでそれが遅れないといいなあ。カリフォルニア人がグリーンなポーズをするために電化が遅れるアフリカの村が出るなんてのは、あまりいい構図じゃないし。
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