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Courier 2010/04,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第14 回

マイクロファイナンスとマイクロ貯蓄

(『クーリエジャポン』2010/04号 #65)

山形浩生



 この欄では前からマイクロファイナンスがらみのネタを採りあげている。なかなかおもしろいし、結構重要だし、発想そのものが魅力的ではあるうえ、貧困者は貸し倒れリスクが高いという従来の常識にまっこうから逆らって成功したという小気味のよさもある。むろんあまりにもてはやされすぎて、マイクロファイナンスで貧困削減ができる、といった必ずしも根拠があるとはいえない物言いが一人歩きしているのは問題で、最近になって少し批判的な声(というほどではないが現実的な声)が出てきたのはいいことだ。マイクロファイナンスは、貧困脱出になるかどうかはわからないが、貧困者が臨時支出による苦境を乗り切るのには役にたつ。これは(一部のあまりにイデオロギーに変更した批判者をのぞけば)おおむね異論はないところのようだ。要するに、所得や支出の平準化が大きな意味を持つ、ということだ。

 さてぼくたちが収入支出を平準化する手段は、ローンを組む(借金)と同時に預金がある。平準化が重要なら、マイクロ融資だけでなく、マイクロ貯蓄も提供すれば? 今回はその話だ。そしてまた、ぼくたちがごく当然だと思っている貯蓄も、いろいろ細かい話がいろいろあるというあたりが、これまた興味深い。

もっとよいクッションを:マイクロファイナンスからマイクロ貯蓄へ

(The Economist Vol , No. (2010/01/?), "" pp.21)

 豊かな世界に暮らす人に一日二ドルで暮らすのがどんなものか想像するのは難しい。だが、実際に二ドルで暮らす人からすると、問題は単に所得が低いということだけではない。むしろ予測がつかないことが問題になる。一日二ドルで暮らすということは、しばしば一日で二十ドル稼ぎ、それで十日間食いつなぐ、ということなのだ。消費を平準化するという仕事は、お金を安全に保管する場所がないとさらにややこしくなる。非常事態になれば、お金持ちは貯蓄を取り崩すか、借りるかという選択肢がある。発展途上国で銀行のない大量の人々にとって、選択肢はだれから借りるか、というものだけで、しかもその金利はかなり高い。

 そもそもかれらが借りられるということ自体、マイクロファイナンスの急成長によるところが多い。マイクロファイナンスは貧乏人に少額の貸し付けを専門的に行う。いくつか大規模なマイクロファイナンス機関は、貯蓄口座も提供している。その筆頭例はバングラデシュのグラミン銀行だ。だが業界の大半は貸付だけで、マイクロファイナンス機関で貯蓄を行う場合も、それは借り入れ額と連動している場合が多い。二〇〇九年のある調査では、対象一六六機関のうち、融資はすべてが実施していたが、貯蓄商品を提供していたのはたった二七パーセントだ。貧困者向けの金融サービスを増やしたい人々は、もっとバランスをと訴えている。

 それが実現しそうだ。世界金融危機のおかげもあって、貯蓄に興味を持つマイクロファイナンス機関は増えている。世界銀行でマイクロファイナンスを担当する貧困者支援コンサルティンググループ(CGAP)が調べた四〇〇以上の機関は、金融危機で流動性不足に陥ったと述べている。また、外部資金に頼る機関は、金融コストの上昇や為替レート変動にも直面しており、おかげでこれまで融資だけの多くの機関が、一部は地元の貯蓄を原資にした貸付という発想を検討し始めている。

 ゲイツ財団も、マイクロ貯蓄に支援を始めた。一月には東南アジア、南米アフリカの十八機関に対し、貯蓄商品を増やせるよう3800万ドルを提供した。この業界はドナーの意向に大きく左右されるので、これはかなり重要だ。

 マイクロ貯蓄が機能するには、貧困者が小銭を預金したいという認識と善意だけではダメだ。貧困者に預金をしてもらうときの問題は、単純な経済性だ。少額預金をやたらにする顧客から利益を上げるには、取引費用を大幅に減らす必要がある。

 一つの答えは、途上国で多くの貧困者が使っている携帯電話だ。たとえばケニアの人々は、送金に携帯メールベースのM-PESAというサービスを使っている。そして新しいマイクロ保険制度はM-PESAにより、ケニアの農民に悪天候に対する保険を提供している。

 だがモバイルバンキングに乗り出そうとするマイクロファイナンス機関には課題が残る。携帯メール取引を安全に行うには、電話会社と話をつける必要がある。これはマイクロファイナンス機関が携帯サービスも提供しているバングラデシュなどでは簡単だ。でも他の国では、携帯電話会社は独自のサービスをやりたがるかもしれない。

 銀行などの金融機関も、いまや支店なしで貧困者向けの銀行サービスを提供できる。一番簡単な方法として、銀行はどこかの店主や携帯通話料再販業者などをエージェントにして、預金の出し入れを任せればいい。こういう携帯電話を使うビジネスモデルは、取引費用を大幅に減らせる。

 これが実現するには、多くの国で銀行規制をずっと柔軟にし、預金を受け入れられる人の範囲を広げなくてはならないが、近年の実績からこれは方々で実現されつつある。また技術改善と柔軟な規制は必須だが、最後の一歩は貧困者向けの商品設計だ。ゲイツ財団の資金をもらったいくつかの機関は、定期的に預金をするという誓約つきの貯蓄口座を試している。多くの人はこれが魅力的だと感じる。また預金をもとに貸し出しを行いたいと思う機関は、一定期間引き出せない預金にも興味を示す。特定目的用の積み立て口座、たとえば、子供の学費用の口座などは、こうした製品の一部になるだろう。

 貯蓄でも、人々の言うことと実際にやることは大きくちがう。貯蓄は、「起こらなかったこと」であり、消費しないという決断の蓄積なのだ。この理論を元に、ハーバード大のセンディル・ムライナタンは銀行エージェントと協力して、店で「貯蓄カード」を販売している。こうすれば貯蓄行動が「やらなかった行動」ではなく、能動的な行為になり、他の衝動買いと競合できるようになる。うまくいけばこの手の商品により、貧困者も生活が少しは安定することになるだろう。


 実はこの記事の隣には、文中でも触れられているマイクロ保険の説明が出ていた。天候による収穫の増減を補償する保険という話で、保険料は種子や肥料などの袋にバーコードをつけ、その価格に五パーセント上乗せすることで農具点経由で回収。自動気象観測局とケータイカメラによるバーコード読み取りを活用し、観測局のデータに基づいて保険金が自動的にケータイ経由で支払われる仕組み。ケータイを革新的に使っていて非常におもしろい。こちらも紹介したかったのでちょっと残念だが、関心ある向きは本誌をどうぞ。

 なお冒頭で触れた、マイクロファイナンスが貧困削減に役立つとはいえないという調査(Roodmanで検索してみてほしい。なおこれは役に立たないといっているのではなく、統計的に有意な結果が出ていないというだけだし、もちろん一部には実際に貧困脱出した人もいる。このニュアンスの差にはご注意)によれば、貸付よりはこの記事にあるマイクロ預金のほうが、少し貧困削減には役立つとのこと。むろんマイクロ融資はこの記事にもある通り、まだ件数が少ないので、これまた有意性は今後の実績待ちではあるのだけれど。

 あと個人的には、これだけ低コストに融資も預金も保険も提供できるなら、そのイノベーションがわれわれ豊かな国の銀行サービスにも反映されてしかるべきじゃないかな、と前から思っている。日本のネットバンキング専用銀行とか、一部は最近かなりサービスを低下させたけれど、本来であればもっといろいろできるはずだと思うんだが。うまくやればビジネスチャンスがありそうなんだが……


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