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Courier 2009/10,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第14 回

イギリスの電力事情

(『クーリエジャポン』2009/10号 #61)

山形浩生



  今年の夏は、暑さがそんなに続かなかったこともあり(八月末でもうクーラーなしで平気だ)、あまり電力不足の話題が起きなかった。もちろん不景気のせいもある。が、電力需給はそんなに楽観できる状況でもない。特にいくつかの原発が自身の後遺症のせいでまだ動けない状況だし、新規の発電所を気楽に建てられる状況でもない。そして電力需要はかつてほどは伸びていないし、失われた十年のおかげで経済成長が制約され、長期的にも少しは余裕があるとはいえ、いずれは考えなくてはいけなくなる。

 そうした状況の先取りとして、今回はイギリスが直面している電力供給についての話だ。イギリスと日本とは、もちろん状況は異なる。日本はイギリスほどは電力が自由化されていないし、また再生可能エネルギーでもあまり無茶なことは言っていない。だから長期的な電源計画も立てやすいし、こんなことにはならない……と思いたいんだが。でもここで挙げられている要因の中には、日本にも関係しそうなものもいくつかあるのだ。

暗黒時代の到来か――迫るイギリスの電力危機

(The Economist Vol , No. (2009/03/21), "" pp.72)

 南アフリカの泥棒たちは、電気にとても関心を払っている。1990年代初期に結ばれた協定のため、新規の発電所が建てられなくなり、二〇〇七年には需要が発電量を上回るようになった。そこで電力会社エスコムは、地域ごとに計画停電を始めた。だがケープタウンやヨハネスブルグでは、この計画停電に副作用があった。停電すると、金持ちの家を真もっる防犯用の電気フェンスや警報装置も止まってしまうので、泥棒の仕事がとても楽になるのだ。当初、停電地区は事前に公表された。でも強盗増加のリスクに気がついて、エスコムは予告なしに停電をするようになった。南ア人たちにとってはありがたいことに、経済危機のおかげで電力需要も下がり、さらに巨大な発電所建設が突貫で行われて供給も改善した。でも需給にゆとりがデルには二〇一三年までかかる。

 イギリスもまた電力不足になりつつある――しかもきわめて急速なので、一部の経済学者が経済停滞をありがたいことだと述べるのも、半分は大まじめだ。多くの発電所は今後十年で寿命となり(図1)、供給は厳しくなる。現在 75GW の発電容量のうち、二〇一五年までに 20GW がなくなると政府は試算している。他の予測を見ても、景気回復の速度にもよるが、二〇一三年から二〇一六年くらいには停電が起こりかねない、というのが多くの一致した見解のようだ。

 イギリスの電力網は、すでに厳しい状況になりつつある。二〇〇五-六年冬の寒波で天然ガスが不足し、大工場は操業停止を要請され、家庭向けにも停電寸前の事態が生じたのだった。また昨年、発電所が二つ止まって全国的な停電が起きた。もっと系統に余裕が避けられたかもしれない。また電力価格も不安定さを増しており、それが系統に無理がかかっている証拠だと考える人もいる。

 電力不足の原因は、酸性雨と老朽化だ。イギリスの石炭火力と原子力発電で、発電容量の四五%を占める。でもその多くが近い将来に止まる。

 原発はとにかく古すぎる。ほとんどは四半世紀以上の年だ。稼働中の八基のうち、昨年は核容器にひびが見つかって二基が停止した。二〇二三年に残る原発は一基だけとなる。補修にも限界がある。新規の原発稼働ははやくても二〇一七年だ。供給不足の解消には間に合わない。

 石炭火力の問題は公害だ。EUは、酸性雨の原因となる排ガスに厳しい規制をかけている。それを満たすには、石炭火力は高価な脱硫装置を設置しなければならない。ほとんどの所有者はそこまでの投資をしない。脱硫装置なしの発電所は操業時間に制限があり、二〇一五年には操業完全停止が義務づけられている。

 理屈では、イギリスの自由化された電力市場のおかげで、こうした電力危機に直面すれば民間企業が発電所に大規模投資をするはずだ。しかしながら単純な経済以上の問題がある。地球温暖化と政治だ。

 イギリスは排出目標の達成を約束しており、二〇二〇年の排出量は一九九〇年より三四パーセント減らし、二〇五〇年には八割削減が必要だ。これを守るなら石炭火力発電所は無理だ。できれば再生可能エネルギーを大きく増やしたい。今後十一年で、沖合風力だけで 33GW を実現しようというのが政府目標だ。

 だが二〇〇八年の風力発電容量がたった0.6GW でしかないので、この目標はかなり無謀だ。過去のもっと穏健な目標ですら、地元の反対などでまったく実現できていない。それに風力発電は、風がないと止まるので、需給ギャップを埋めきれない。風力は実際の電力供給としての価値でいえば、公称値の五分の一にしか相当しないという。

 唯一の希望はガス火力だ。ガス発電所は建設が簡単で安い(だが運転コストは高い)。新規の大規模ガス発電所は二〇〇八年にも稼働したし、他にも計画はたくさんある。

 ただしイギリスはすでに電力の46%をガスに頼っている。これ以上ガス依存度を増やすとエネルギー安保上の問題が生じる。北海油田の天然ガスは、生産量は一九九九年をピークに、急激に減っているので、二〇一五年には需要の四分の三を輸入に頼ることになる。一番現実的な仕入れ先はロシアだ。だが、これがいかに危険かはウクライナやベラルーシが示した。クレムリンのご機嫌を損ねると供給をカットされかねない。

 こうなると八方ふさがりだ。このため、かつては電力自由化支持だった人々も、それを疑問視するようになっている。原発を促進するために国の介入も必要だということだ。

 イギリスの電力状況が南アほどひどくなることはたぶんないだろう。だがいずれ何かを犠牲にせざるを得ない。それはおそらく環境目標になるだろう。政府はイギリスの排ガス基準を無視して石炭を使い続けるはずだ。「石炭火力新設と停電とをはかりにかけたら、石炭火力を取るでしょう」とある高官は認める。そして環境目標以外にも、イギリスがこれまで支持してきた電力自由化は明らかに失敗しつつあり、そろそろ見直しが必要なのだ。


 前にも書いた通り、日本は電力自由化があまり進んでいない分、こうした悩みはあまりないかもしれない。が、環境問題を含め、ここに挙がった阻害要因は日本でも効いてくる。が、いざとなったら環境目標なんか無視するという本音を、非難がましいいいわけもなくさらっと書けるのが「エコノミスト」のいいところ。また実はこの記事、本体のイギリスの話もさることながら、導入部の南アの状況についての話もなかなか興味深い。

 エネルギー&環境がらみの小ネタとしては、デンマークで今くらだない議論が起きているとの記事が八月八日号に出ていた。火葬場で死体を焼いた熱を地域冷暖房の熱源として販売するのはよろしいかどうか、道徳的問題があるんじゃないか、とかなんとか。ちなみに日本では知らないが、欧州では火葬場は、燃え残った人工関節なんかを売ってかなり収益を上げているのだとか。へえ。

 そして、日本の選挙はそれなりに注目されている。実は民主党が政権をとっても、官僚頼みはかわらないし、財政支出はもっと増えるし、民主党がそれ自体としてよい部分はあまりないことが指摘されているのは大したもの。それでも、とにかく自民党政治が一回終わるのはよいことだし、政権が変わって政治がめちゃくちゃになっても、それはこれまで自民党の暴走を容認してきた国民の責任でもある、という同誌の議論は、趣旨はわかるがぼくは今ひとつ納得できない。が、それは中と外という立場のちがいもあるんだろうか。本誌が出る頃には沙汰はついているわけだが、どうなっていますやら。


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