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Courier Japon, 58
Courier 2009/07,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第14 回

オープンソースからオープンクラウドへ

(『クーリエジャポン』2009/07号 #58)

山形浩生



 今回は、大きな政局や経済情勢を離れたいささかニッチな話題となる。昨年、機能限定だがお安い小型ラップトップコンピュータ、通称ネットブックが一世を風靡した。当初は、値段を抑えるためにオープンソースのリナックスがたくさん使われていたが、まもなくみんな安いウィンドウズXPに流れて、やっぱりオープンソースには限界がある、といった声も聞かれた。でも、特にこのご時世で、全体としてみたときオープンソースソフトの動向はどうなんだろう? 無料だから、不景気だとコスト削減で栄える気もするが、IT投資そのものが抑えられると目新しいものが切られやすいから駄目な気もするし……

 結論からすると、どうも前者らしい。さらに今後、クラウドコンピューティングが本当に普及してきた場合にオープンソースソフトの命運は? リナックス黎明期に、多少なりとも普及に手を貸した身なので、個人的にも気になるところだが、さていかに?

不景気下のオープンソースソフト:自由に生まれて

(The Economist Vol , No. (2009/03/21), "" pp.72)

 多くの技術系企業は、この不景気で苦境に立たされている。だがオープンソースソフト――オンラインで協力するボランティアたちが作った無料ソフト――を核にした技術系企業は、二桁成長を記録している。年商六・五億ドルの世界最大の独立オープンソース企業であるレッドハット社は、今年の第一四半期に対前年比で年率換算十八パーセントの成長を記録した。特に欧州で顕著だが、世界的にますます多くの企業がオープンソースソフトに走っている。「予算引き締めでオープンソースを採用しているようですね」とレッドハットの社長は業績発表で語っている。

 オープンソース利用が広がっているために、既存ソフト企業も手を出し始めている。一方でオープンソース企業は、単にサービスを売るだけでなく、独占アドオンソフトを販売するようになっている。この調子だと、やがて独占ソフト企業とオープンソース企業は見分けがつかなくなりそうだ。

 「自由でソースコード公開のソフト」運動は、反体制的な出自からずいぶん遠くまでやってきた。リチャード・ストールマンのようなパイオニアは、利用者が一枚岩的なソフトに囲い込まれるのを嫌い、自分で好きにプログラムを変更してみんながそれを共有できるようにしようとした。インターネットが登場してプログラマたちの協力が容易になり、リナックスが大きな話題を呼んだ。ITバブル崩壊の後で、多くの企業がコスト削減のために無料で使えるオープンソースソフトを採用しはじめた。

 いまやオープンソースは、リナックスOSやウェブサーバ用のアパッチなどの基幹ソフトにとどまらない。データベースのイングレス、ビジネス情報のジャスパーソフト、顧客管理のシュガーCRMやアルフレスコなど、あらゆる分野に強力なオープンソースソフトが登場している。また、独占商業ソフトが手を出していない分野にもオープンソースは進出している。大量データ解析用ソフト、ハドゥープを提供するクラウデラ社などがその例だ。

 だがオープンソースの人気は、コストだけのせいではない。多くの企業はいまや、利用制限の多いライセンスつきの商用ソフトより、オープンソースのほうが柔軟性が高いことに気がつき始めた。それに、リスクも低い。オープンソースソフトがだれかの知的財産権を侵害していて訴えられる可能性がかつては懸念されたが、実際にはあまり大きな問題にはならなかった。

 オープンソース企業のほうも、ますます実利的になっている。レッドハットやノベル社は、いまでもフリーのリナックスを配って、そのサポートやアップデートで稼いでいる。だが近年では、オープンソースに独占拡張をつけて販売する手法が人気だ。逆に、独占企業のほうはますますオープンソースソフトに傾倒しつつある。IBMは製品に大量にオープンソースソフトを入れているし、レッドハット社買収も目論んでいるらしい。マイクロソフト社ですら、かつてはガン呼ばわりしていたオープンソースモデルを慎重に導入しつつあるのだ。

 クラウドコンピューティング――大規模共有マシンの能力をインターネット経由で提供する技術――もまた、オープンソースと商用ソフトの境界をさらにあいまいにするはずだ。もしネット経由でサービスが提供されるようになれば、その根底にあるソフトがどういう形で開発されていようと、利用者にとってはどうでもよくなる。

 それでは、ソフトウェアにオープン性を求める動きはもはや時代遅れということだろうか? いやその正反対だ。慎重に動かないと、クラウド時代においては消費者や企業は特定のクラウドに依存せざるを得なくなってしまうかもしれない。クラウドの中にあるデータは、他のクラウドになかなか動かせないかもしれないからだ。「ギガバイト級のデータをどこかに置くと、それなりに惰性が生じるんです」と語るクラウデラ社は、かつて駄目なデータ保管サービス会社との契約をなかなか切れなかった経験を持つ。データを移行する手段がなかったためだ。

 この手の問題のため、いまやオープンデータ運動が起こりつつある。この三月、IBM主導の技術企業群が「オープンクラウド宣言」を発表し、百五十以上の企業や組織がこれに賛同している。これはまだ端緒でしかないが、うまくいけば今回は、オープン性の美徳を認識するまでにいまのソフトほど長い独占期間を経験せずにすむかもしれない。


 実はここ数週間のエコノミストは、小ネタのほうがおもしろい記事が多かった。ITがらみでは、イランの大統領選の混乱報道をめぐる話。当初、選挙後の混乱をほとんど報道しなかった既存メディアに対し、ツイッターやYouTubeなどのネットメディアが現地の報道に大きな役割を果たした。これだけなら、既存メディアに対するネットの勝利だ。だが批判を受けた既存マスコミはすぐに報道を改善し、きちんとした報道を開始した。一方のネットは、すぐに当初の先鋭性を失って、便乗して立場表明してみせたいだけのコピペ馬鹿の泥沼と化し、まともな情報収集に役にはまったくたたなくなった。それぞれのメディアの強み弱みがはっきり出た事例として興味深いところ。

 また、GM倒産と解体の中で、スウェーデンのサーブが、スウェーデンのスーパーカー企業に買収されたニュース。サーブは戦闘機メーカーとしても有名で、いちはやくターボを導入したり、非常にマニア受けする車を作っていたのに、GMに買収されてからはかれらの標準仕様に従属させられて独自の持ち味を完全に殺されていたかわいそうなメーカーだ。それが今回の買収で持ち直せるかどうか?

 少し国際ネタでは国連の潘基文事務総長の通信簿。目立つスタンドプレーをせず、地道に交渉するのはポイントが高いが、全体に弱気なのと、韓国人の側近群のご注進ばかりに耳を貸して外から孤立しているのは大きなマイナス。いまいちパッとしないので続投はひょっとしたら危ういかも、とのこと。

 そして最後にくだらないネタ。マイナス思考しがちな人に、ポジティブシンキングを進める本がたくさん出ているけれど、でも自己イメージの低い人に無理にポジティブシンキングをさせると、その落差にかえって落ち込んで駄目になりがちだ、という研究結果が出たとか。だからこそ、ポジティブシンキング本を買うような人はかえって落ち込み、そこから脱しようとさらにポジティブシンキング本を買い、という悪循環にはまりかねないとか。根がネガティブな人は、素直に自己憐憫に浸っているほうが幸せなのかもしれない。人間、無理はいけませんということで。


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