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Courier Japon, 55
Courier 2009/04,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第14 回

金融危機脱出法 by ブランシャール

(『クーリエジャポン』2009/04号 #55)

山形浩生



   今回の(に限った話ではないが)金融危機を考えると不思議なものではある。何か決定的な事件があったわけじゃない。ある朝、何人かがふと「こいつは思ったよりやばいかもしれん」と思って少し引き締めに走り、それが他の人の行動を誘発して、それを見て他の人も不安になって……。サブプライムだって、別にみんなが住宅ローンを返せなくなったわけじゃない。返済が遅れた人が少し増えただけだ。多くの人にとって、世の中は何も変わっていないのに、なぜか突然変わってしまった。

 そのあたりの不思議を足がかりにして、いまの経済危機への簡潔な処方箋を書いてくれたのが、ゲスト執筆者である天下の大経済学者、オリヴィエ・ブランシャールだ。

経済フォーカス:恐れるべきなのは、(ほとんど)恐れそのものだけ

ゲスト執筆者:オリヴィエ・ブランシャール

(The Economist Vol , No. (2009/01/10), "" pp.66-7)

  危機は不確実性を増やす。そして不確実性は行動に影響して、それが危機をさらに高める。魔法の杖で不確実性をなくすことができたら、これからの数四半期はやはりきついだろうけれど(一部の被害はもう元に戻せないから)、でも危機は概ね終わるだろう。

 株価の変動率を示すヴィックス指数(図を参照)もそうだし、成長予測の幅も、そしてマスコミでの「不確実」ということばの使用頻度ですら、不確実性を示す指標はすべて空前の水準に近いものとなっている。ここで作用しているのは客観的な不確実性だけでなく主観的な不確実性、つまりシカゴの経済学者フランク・ナイトが二〇世紀初頭の論文で述べた「ナイト的不確実性」と呼ぶものだ。客観的な負飼う実性というのは、ドナルド・ラムズフェルドが(別の文脈で)述べた「既知の未知」、つまり存在や程度がわかっている未知だ。そして主観的不確実性というのは、かれの言う「未知の未知」、つまりその程度はおろか存在もよくわからない未知だ。今日のように、未知の未知が圧倒的に高くて、経済環境があまりに複雑でほとんど理解不能になってくると、結果は投資家も消費者も企業も、極端な及び腰どころか完全な麻痺に陥ってしまう。そしてこの行動が、こんどは危機に油を注ぐことになる。

 それはポートフォリオの判断に影響する。リスクの高い資産からリスクのない資産、少なくともリスクがないと思われている資産へのすさまじい移行が見られた。ときには世界中の投資家がアメリカの短期債券しか持ちたくないんじゃないかと思えてしまう。なぜだろう? 当初は、多くの新しい複雑な資産が、実は見かけほど低リスクではなかったという認識があった。この認識がこんどは、あらゆる高リスク資産全般についての不安に変わり、そしてそれを保有する機関のバランスシートに関する不安となった。「石橋を叩いて渡らない」というのがモットーになった。残念ながらこのモットーは個別投資家で見ると筋が通っているかも知れないが、世界全体で見ると壊滅的なマクロ経済的影響を持つ。このおかげで高リスク資産にはすさまじいスプレッドが生じ、先進国では貸し渋り、発展途上国からは大規模な資本流出が生じている。

 過去三ヶ月の大幅な需要の崩壊も、背後にあるのはこれだ。もちろん、消費者だって資産のかなりの部分を失いはしたし、消費者としてはそれだけで買い控えるのに十分な理由だろう。でもそれ以上のものが作用している。もしの大恐慌がすぐそこまできていると思うなら、慎重になって貯金を増やすほうがいい。新居や新車を買うのは、何ヶ月か遅らせたところで大した影響はない。企業もいまの不確実性の下で、新工場を建設したり、新製品を発表するより霧が晴れるまでじっとしていようじゃないか。これは消費者や企業の行動としては至極もっともなものだ——だがそのおかげで、需要の崩壊、生産の崩壊、そしていまわれわれが陥っている深い不況がある。

 では政策立案者はどうすればいいのか? まず何よりも、不確実性をなくすことだ。まず確率の低い大きなリスクを取り除き、そしてそういうリスクがあるという認識をなくそう。ポートフォリオ側では、問題の生じている資産の価格を明確にするか、少なくとも底値を占めそう。それを別枠にするか、バランスシートから外そう。消費側では、財政刺激策から量的緩和まで、大恐慌を避けるためにできることはすべてやろう。必要なら将来はもっとやりますと約束しよう。不十分なことをするよりはやりすぎるほうがいい。財政刺激パッケージが遅れたのですでにかなり被害が出ている。これ以上議論を積み重ねて時間を無駄にすると、不確実性が高まって事態はさらに悪化する。

 第二に、ポートフォリオ側で不確実性の影響をなくして、資金が高リスク資産に循環するようにしよう。ここで標準的なアドバイスは、民間金融セクターに資本注入して健全化しろというものだ。これは圧倒的に正しいが、行うより言うが易し。そしてそれまでの間、国は自ら高リスク資産に投資しよう。もし世界が米短期国債が大好きだが資金は他の所にまわしたほうが有益なら、アメリカはどんどん短期国債を発行して、そのあがりをよそにまわせばいいのだ。高リスク資産の一部を政府が買って、資金の一部は発展途上国に投資して資本流出を相殺するようにしよう。これはまさにアメリカのFRBの方針だ。国内では量的緩和をして、外国の中央銀行とスワップ取引をしている。唯一のちがいは、FRBは現金を発行しているということだ。たぶん財務省を巻き込んで短期国債を出させたほうがいいだろうが、現状ではそんなのは些末な話でしかない。どっちでもかまわないのだ。

 第三に、需要側では消費者や企業の様子見的な態度からくる影響をなくそう。みんなにもっとお金を使わせよう。そして国自身がもっとお金を使おう。たとえば、古い車を買い換えたい消費者には一時的に補助金を出そう。これはフランスがやっていることだ。公共インフラの改善にお金を使おう。これはバラク・オバマ大統領の計画の軸足の一つだ。どっちのやり方も、ますます多くの国が財政プログラムで採用しつつあるものだ。うまく設計してきちんと中身を国民に伝えられれば、こうしたプログラムは民間需要を刺激して再燃させられるだけでなく、消費者や企業に大恐慌が目前だったりはしないのだと納得させられる。そうすればみんな、またお金を使い始めるはずだ。

 一貫性のある金融、財政、通貨的な政策がすべて必要だ。三つとも需要に対して直接的な影響を持つ。だが同じくらい重要なこととして、それは不確実性を減らし、リスクのスプレッドを下げ、消費者や企業がまたお金を使うようにしてくれるはずだ。政策立案者が決然と動けば、民間消費は早めに回復するだろう。そして一年かそこらもすれば、われわれは回復への道を歩んでいるはずだ。


 簡潔きわまりないわかりやすいお話。いやホント、いまの経済危機についてこれ以上言うべきことはない。それなのに日本の惨状ときたら……くだらない足の引っ張り合いと些末な技術論争で政策は何一つ機能せず、日銀も小出しで小手先の対策を遅ればせで出してくるばかり。定額給付金なんか、さっさとやればいい。いやむしろ一世帯二万と言わず二十万円だしたほうがいい。それならラップトップとかテレビとか、少しは大きなものを買い換えようという気にもなるじゃないか。そして一流の学者がここまで単純明快なものを書いてくれるとは——日本の学者はやたらに小難しくして、そこに変な哲学談義をからめ、断言を避けて話をあいまいにしておこうとするのでほとんど使えない(そして三流ブロガーがのさばることになる)。うらやましいなあ。というわけで、関係者はみんなこれを読んですぐに何でもいいからやってくださいな。最後は国が何とかします、と胸張って言うことで、不確実性は大幅に下がるんだから。


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