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Courier Japon, 45
Courier 2009/01,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第14 回

タイ動乱の現状

(『クーリエジャポン』2009/01号 #52)

山形浩生



  先日ラオスからバンコク経由で帰ってきたんだが、ぼくがバンコクを発った直後に空港がPADに占拠されて、ちょっと飛行機が遅れたらやばかったらしいというのを後で知った。同僚の飛行機はさんざん遅れて、最後に機内食を積み込まずに出発という事態になったんだが、「そのときは腹が立ったけれど、バンコクで足止めを食らうよりは、食事なしでも帰れてよかった」と後でしみじみ語っていたのだった。

 今回はその背景を説明する記事。PADなる団体(空港を占拠したり首相官邸に乱入したりと、やりたい放題をやっている連中だ)は何がしたいの? タクシン派の政権が気に入らないのだけはわかるけれど、なぜ? どんどん行動がエスカレートしてきているのは、よほど勢力が増しているの? どうもそうではないらしいのだ。

タイ:必死の日々

(The Economist Vol , No. (2008/11/29-12/5), "" pp.30-32)

 ついに、騒乱を引き起こして軍になんとか政権掌握させようというタイ王党派の市民民主化連合(PAD)による必死の試みは、本誌が十一月二十七日に印刷所にまわる段階で危険なほど成功に近づいているように見える。ソムチャイ・ウォンサワト首相は、兵舎にとどまるよう軍に懇願し、政権党のスポークスマンはもし軍が動いたら、支持者たちは戦車を自分の車で阻止すべきだと述べた。その二日前、黄色いシャツ姿のPAD支持者たちは、バンコクの主要空港を選挙して、全フライトを停止させた。翌日、軍首脳アヌポン・パオチンダ将軍は、政府に選挙を行うよううながし、PADに抗議活動をやめるよう告げた。だがどちらもその呼びかけを拒否し、軍介入の可能性は高まった。

 将軍が呼びかけを余儀なくされたのは、首都の街路で暴力が高まっていたからだ。十一月二十五日にはPAD「警備隊」がバンコクの高速道路で、政府支持者たちに発砲した。二十六日の朝には、スワンナプーム国際空港とドンムアン空港(ここはPADが八月に政府棟を占拠して以来、臨時政府が置かれていた)の周辺で爆発音が聞かれた。後に警察によれば、政府支持者が北部のチェンマイで反政府活動家を射ったと発表した。

 PADは今週、十万人以上のデモ隊を集めて、政府転覆のための「最後の戦い」を挑むと公約した。現政権は、ソムチャイ首相の義兄弟で二〇〇六年のクーデターで更迭された、タクシン・チナワット元首相を支持しているのだ。だが実際にデモに参加した人数は、十万人に遠く及ばなかった。PADのますます暴徒じみた戦術は、それまでのバンコク中産階級からの支持を大幅に失う結果を招いているのだ。

 だが支持が低下しても、残るわずか数万人の群衆はまったく抑えがきかないまま、大騒動を引き起こしている。政府と警察は、十月の死傷者を出した衝突のあとで親PAD派の新聞から猛然と批判を受けたために手をこまねいて、PADが過激に走って自滅してくれるのを待っている。軍は今のところ、PADが望むようなクーデターを実施しようとはしていない。だが一方では、警察が暴徒を取り締まる支援も拒否している。暴徒たちは、シリキット女王の支持を受けていると主張している。

 PAD創始者ソンディ・リムソンクルが、タクシン首相の腐敗と権力濫用に抗議するデモを開始したのは三年前だ。二〇〇六年のクーデターで、PADの望みはかなったように思えた。かれのタイ・ラク・タイ党はその後解散した。だが昨年十二月、十五ヶ月にわたる劣悪な軍政の後、有権者たちはタクシン氏の新しい人民の力党(PPP)主導の連合政権に権力を復帰させ、PADも抗議を再開することになった。

 タイの危機は複雑で、そのプレーヤーたちの動機も必ずしも明確ではない。だがそれはますます、タイの伝統的な王党派エリートが、バンコク派閥の外からきた、権威主義的ながらも非常に人気のある新指導者による挑戦に対し、死ぬまで戦おうとしている様相を呈している。PADは、タクシン氏が敬愛されているプミポン国王を追放して共和国制を導入しようとしているのだ、と主張する。これはたぶんウソだ。だがビジネスマンから政治家になったタクシン氏は、国民の人気の点で王に迫るようになっていた。PADは、大衆はあまりに「無教養」でまともな指導者が選べないし票を平気で売ってしまうからといって、一九八〇年代の半民主主義を復活させようとしている。これは軍と王室と王党派の官僚の影響力を高め、国民投票の結果を弱めるものだ。

 政府はバンコクを捨てて、タクシン氏の地元であるチェンマイに移転したが、譲歩するつもりはないと言う。襲い来る抗議者たちの群れを避けようとする大臣たちは、ほとんど統治を行っていない。タイの輸出はボロボロで、観光業も崩壊寸前、失業率も確実に高まろうとしているというのに。法廷はじきに、昨年十二月の占拠で選挙違反を行ったと称して、PPPに解散を命じるかもしれない。だがタクシン氏はすでに第三の政党であるピュエア・タイを持っていて、それが取って代わるだけだろう。それを指揮するのはかれのいとこ、チャイシト・チナワットだ。タクシン派はおそらく、公正な選挙でも勝つだろう。

 ますます予想がつかなくなっているタイ政治は危険な段階に入っている。「ハードな」クーデターがなくても、もっと柔らかい軍と法廷によるクーデターはあり得る——たとえば去年バングラデシュで実施された、非常事態宣言のようなものだ。そうなれば、前面には市民政府をたてておいて、それを軍と王室が裏で操ることになるだろう。でもそうなったら、ますます怒りを増している赤シャツのタクシン派たちが、こんどは王党派の黄色いシャツのかわりに街頭戦を展開して新政府を打倒しようとするだろう。三年たったいま、タイの政治膠着状況にハッピーエンドを予想するのはむずかしい。予想できるのは、各種の悲しい幕引きばかりだ。


 ……市民民主化連合(PAD)なのに、実は民主化を支持してないの? 実は王政復古みたいな連中で、人気ジリ貧なのか! でもそれはそうだろう。PADの活動がタイ経済に大打撃を与えているのは、タイ国民だってはっきりわかるはずだ。タクシン政権はかなりのやり手で、タイの経済発展にはかなり貢献したし、その恩恵を受けた市民も多いんだから。

 実はこれが載った翌号に、この事態についてもっと詳しい記事が掲載され、アジア版はそれが表紙にまで出ている。それは今回の騒動における王室の役割批判も含むものだった。王族の一部は公然とPAD支持を表明して、そのためにPADが増長して万人にとってまったく何のメリットもない蛮行に及んでいる。これまで王室は、なるべく政治には関わらずに事態がかなりやばくなった時点で、いま一つはっきりしないお言葉が下されて、何となく沙汰がおりる、というのが定跡だった。そしてそれは、なんだかんだ言いつつもタイ全体にとってよい方向をとっていたので、王室の判断は信頼されてはいた。でも今回はその王室が妙に肩入れすることで混乱が増している、という批判だ。あの号はタイでは無事発売できたんだろうか? タイでは、王室は無謬であるというのが法律で決まっており、したがって王室批判は犯罪になっているんだが。

 いずれにしても、情勢は、本誌が出る頃には何か動きがあるかもしれないが、十二月半ば現在ではまったくの膠着状態。ここにあるとおり、タイの貿易も観光もボロボロで、東京バンコク往復便で一万円を切るものさえ出てきている有様。友人はこの状況について「毎度のことですよ」と楽観してバンコクに遊びにいく計画をたてているが……

 なお、同じ号に掲載されていた、アフガニスタンでのザクロ栽培の記事もなかなかおもしろい。アヘンしか輸出作物がなかったアフガンで、いまザクロ栽培が健康食として収益性が高くなっており、ちょっと改善の兆しがあるとか。何とかそれが続いてくれればいいのだけれど。


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