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Courier Japon, 44
Courier 2008/05,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第13 回

金融教育でサブプライム回避?

(『クーリエジャポン』2008/06号 #44)

山形浩生



 サブプライム問題というと、でかい銀行だのファンドだのが損をしてつぶれそうだという話ばかりがクローズアップされる。

 でもサブプライムの一番先にいるのは、家が欲しいとおもって一生懸命ローンを組んだ人々だ。従来の不動産系バブルは、どっかの商業デベロッパー(および銀行)が、欲に目がくらんで無謀な借金をした(させた)のが原因のことも多い。そういうのは「バカだねー、ざまみろ」と笑っていればいい。でも今回は話がちがう。みんなが家を持つのは、基本的にはいいことだ。持ち家は、地域への長期的なコミットにもつながるし、一般に人は借家より持ち家を大事にするから、街づくりやコミュニティ形成の点からも家を持つ人が増えればうれしい。長期のローンがあれば、安易に仕事をやめたりもしなくなるし。だから社会全体として、ちょっと背伸び気味でもお金を貸して家を買ってもらおうというのは、そんなに悪い発想じゃなかった。それがかなりの数で返済不能に陥ったというのは、社会全体にとって不幸なことだ。

 じゃあどうすればいいだろうか? 教育だ、というのが今回の記事。

お金をきちんと学ぼう

(The Economist Vol 387, No. 8580 (2008/4/5), "A Getting it right on the money" pp.75-7)

   何年にもわたり、ジョン・ブライアントはお金に関する無知がはびこるために生じる問題について語ってきた。一九九二年のロサンゼルス暴動の後、かれは被害が最大だった場所の人々向けに、お金についての教育、助言、基本的な銀行サービスを抵抗する非営利組織HOPEをたちあげた。多くの貧乏人は銀行口座がなく、そしてそれが自分にとって不利なことも理解していない。これが二一世紀の市民権運動の核になる、とブライアント氏は述べる。

 一月にジョージ・ブッシュはブライアント氏を、金融リテラシー諮問委員会の副議長に指名した。これは、サブプライムローン崩壊に伴う金融危機への対応として設置されたものだった。焦げ付いたローンの大部分は、リスクを理解していない人々への融資で、かれらは変動金利だと月々の支払額が金利によって変わることさえ理解していなかった。変動金利でのサブプライム借り手たちは、融資残高では七パーセントなのに、昨年第四四半期の差し押さえでは四〇パーセントを占めている。

 この委員会の議長は、各種ファンドで有名なチャールズ・シュワブ、そして他の委員には一九一九年以来子供にお金の教育をしてきたジュニア・アチーブメント会長、さらに『金持ち父さん、貧乏父さん』の共著者などがいる。かれらはすでに、中学校向けの新カリキュラム「お金の計算:人生の教訓」を承認した(レッスン1:金持ちになる秘訣は?答え:貯金、貯金、とにかく貯金)。そして、銀行口座のない人を金融機関と結びつけるためのパイロットプログラムも検討中だ。

 これはアメリカだけの話ではない。イギリスやロシアも、お金の教育の重要性を宣言している。さらに三月一七日には、発展途上国にお金の知識を広めるキャンペーン「アフラトン」が、アムステルダムで開始された。そのメンバーの一人ジェルー・ビリモリアは社会事業家だが、子ども向けの二四時間緊急電話サービスを立ち上げている。彼女がインドで支援してきたストリートチャイルドの多くはかなりの事業精神があり、教育次第ではずっと成功するはずだ、というのが彼女の考えだ。彼女は六歳から一四歳の子に対してお金に関する教育をし、二〇〇五年にインド地方部で活動を開始して以来、活動を途上国三十五ヵ国に広げている。そして最近になって、オランダ中央銀行と欧州委員会のうながしで、活動を先進国でも展開するようになっている。

 問題はサブプライム借り手たちだけでない。アメリカで多くの人はクレジットカードの返済をきちんとしないし、その金利すら理解していない人が多い。MBA課程の学生ですら、実質金利と名目金利のちがいがわかっていないことも多い、とハーバード大の歴史家ナイアル・ファーガソンは述べる。財政的な福祉の責任がどんどん個人に押しつけられる現在では、これはますます重要な問題となっている。そしてそれに関する教育は未だに先進国でも低水準だ。教師もお金のことをあまり知らないうえ、そうした講義があっても、かなり遅い時期に行われているのが現状だ。アフラトンはもっと早期に始めることで、お金についての知識を子供の習慣に織り込んでしまおうとする。

 中でもいちばん重要なのは、子供に貯金を始めさせることだ。できれば銀行口座を開くのがいい。もちろん大金など持ってはいないが、これはあくまでお金の扱いを覚えさせる手段だ。最初は子供にお金を渡すことに抵抗もあったというが、やがてすぐに受け入れられた。天文学的なインフレ率を誇るジンバブエでは、プログラムも調整され、貯金のために鉛筆といった実物を買うような指導が行われた。

 だが批判者もいる。シカゴ大の行動経済学者リチャード・セイラーは「お金の教育は、人々の大きな財政上の決断については不可能だ」と述べる。経済学の博士号を持つ自分ですら、何が正しい判断かはなかなかわからない。ましてや一般庶民では無理だ、というのがかれの説だ。むしろ、人々にとって選択を簡単にするべきだろう、とセイラー氏は述べる。デフォルトでもあまり悪くならないような選択肢を作って金融商品に組み込むのがいちばんいいだろう、と。スウェーデンの老後向け貯金方式などがその例だ。各種のファンドに投資もできるが、デフォルトはコストの低い優れた設計の投資商品となっており、九割の人がそれを選ぶ。

 もちろん、こうした方式とお金の教育は相容れないものではない。両方行うことは十分可能だ。両者を組み合わせた試みがニューヨークで行われている。多くの銀行もこれに賛同はしている。だがその一方で、かれらが口座維持手数料を引き上げたために、これまで子供にとって最高の教育機関となっていた子供用銀行口座の開設が困難になっていることは指摘されている。

 実際、お金をめぐる教育で最大の障害は、金融機関だったりする。かれらは貧しい顧客の求める商品を提供できていない、とニューヨークで最近行われた調査は述べている。おかげで多くの人は銀行が使えず、変な商品に手を出すはめになる。さらにブライアント氏は、サブプライム問題で真っ先に苦況に陥ったのは、不適切なローンを人々に売った仲介業者たちだったことを指摘する。人々のお金教育の前に、金融業者のリテラシー向上を考えたほうがいいのかもしれませんぞ。


 おお。なんと立派な。日本でもしばしば金融教育の必要性は指摘される。だが……そこで言われるのは必ずといっていいほど株の投機だ。小学生に学校で株の売買をさせてます、なんてのが金融教育と称してニュースで報道されたりする。投資ってそういうことじゃありませんから。ついでに投資の本と称して店頭に並ぶのは、安易な株の売買本や、金を銀行に預けるなとかいう目をむくタイトルの本。やめてくれー。通常の人がお金について知るべきことは、ハイリスク・ハイリターンの原則、複利計算のおそろしさ、そして変な「投資」より普通に働くのが一般人にとっていちばん有効な稼ぎ方だ、ということくらい。あとはローンの計算ができれば完璧。あとは、ここにあるとおりちゃんと貯金をする習慣。そんなむずかしい話じゃないはずなんだけど。

 しばらく前に、サラ金の上限金利規制が騒がれた。でも、話の相当部分は借り手が自分の手を出しているものを理解しなかったせいでもある。貸し手を責めるばかりでなく、こうして借り手もきちんと教育しないと、問題はいつまでたっても改善しないと思うんだけどね。


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