そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第12 回
山形浩生
世界の重要ニュースについては本誌の他の部分で紹介されるだろうし、またぼくが読んで紹介してから雑誌が出るまでのタイムラグがあるので、あまり時事的なネタを取りあげてもすぐに古びる。そんなわけで本欄では、多少ネタとしてマイナーでも、読者諸賢の通常の発想をちょっと裏切るような発想を持つ記事を紹介しようとはしている。
今回もそんな一つ。野生動物保護のためには、きちんと活用したほうがいいのでは? そのためにはその動物を少し殺すほうがかえっていいのでは、という意外な論説だ。
(The Economist Vol 387, No. 8580 (2008/3/8), "A Lot of Hot Air")
ゾウは南アフリカであまりに有害動物になっているので、政府はある程度射殺したいと考えている。これは、いささか逆転した話ではあるけれど野生動物保存政策の勝利のように思える。約 20 年前、アフリカゾウの個体数は激減しつつあり、世界の象牙取引が禁止された。それが今日、射殺したいくらいのゾウがいるなら、その試みをどんどん広げて取引禁止対象を広げ、サイやトラやその他無数の絶滅危険動物を救うべきじゃないの?
本気で野生動物のことを心配するなら、そうはならない。これは、ゾウのお話がよく見てみるとそんな単純な話ではないから、というのがある。そしてもう一つ、動物を救う最高の手段は、その棲息地を他の用途に使いかねない人にとって、その動物を価値あるものにすることだから、というのもある。短期的な取引禁止は、本当に危機的な生物種に多少の余裕は与えてくれるけれど、長期的にはまったく保存の役に立たない。むしろ状況を悪化させかねない。
一九八〇年代のゾウ個体数の激減は、おもにタンザニア、ザンビア、スーダン、ザイール(現コンゴ)で生じた。そしてアフリカのかなりの部分で、また減少し始めているという――アメリカ議会での専門家証言によれば、非合法の象牙取引は増大しつつある。アフリカの一部では、密猟は昔ながらのひどさだ。いまゾウが栄えているボツワナと南アフリカでは、取引禁止以前から個体数が増加しつつあった。象牙の取引禁止でゾウの未来が大幅に変わったとは考えにくい。
他の取引禁止も、同じくらい悲観的な教訓しか与えてくれない。過去数十年でクロサイは、昔はよく見られた18ヵ国で絶滅し、他の国でも個体数は急落している。トラも、揚子江イルカも話は同じだ。象牙の場合のように、取引禁止が消費低下と同時に起きた場合ですら、需要――それにともなう密猟――は何かと復活しがちだ。
取引禁止という発想は魅力的ではある。それは金持ち国での支援を動員しやすいし、需要削減キャンペーンともセットにできるからだ。だが取引禁止にはいろいろ欠点がある。禁止を施行するために、たえまない支出が必要になるので財政状況に大きく左右される。密猟の取り締まりはむずかしいし、現地の警察や軍隊にとっての優先度は低い。そして需要が相変わらず高ければ、取引禁止のおかげで価格が高騰するために非合法業者は大もうけできることになる。最近ではこの事業には犯罪者組織が大量に参加するようになり、排除はほとんど不可能だ。科学捜査技術のおかげで、野生動物捕獲の一部は源がわかるようにはなったが、汚職と惰性のおかげでそれが有罪判決につながることは少ない。
さらに生物種が絶滅する理由は他にもいろいろあって、取引などその一部でしかない。土地の喪失、棲息地の分断、生態系の衰退や外来種などといった問題については、取引禁止ではどうにもならない。サハラ以南のアフリカやインドネシアのタニンバルでは、ヒョウやモモイロインコは害獣と思われている。取引禁止になったら、そうした動物は無価値となる。すると地主や土地利用者はそれを平気で殺したり、放置して見殺しにしたりするようになる。
正しい政策は、野生動物の価値を下げるのではなく上げることだ。みんなのお気に入りは観光だ。ルワンダのビルンガ山地のゴリラたちは、来訪者からたくさんのお金を吸い上げて大成功をおさめている。でも国境を越えたコンゴでは、それほどの収益がなく、その土地を奪おうとする狩人たちの餌食となっている。インドのトラも、思ったより個体数がずっと少ないらしいので、観光が役に立つだろう。
人気の低い第二の金儲け手法は、動物の持続可能性を活用することだ。個体を何匹か殺しても、個体群にとっては有害とならない。多くの動物は養殖や放牧で、価値の高い合法取引の対象とできる。ビクーニャやワニなどが好例だ。サイの角は、別にサイを殺さなくても切り取れるのだ。
だが持続可能な活用の可能性は未だに活用されないままだ。政府やエコ団体や消費者たちは、資源の持続可能な利用を受け入れているし、これには野生動物も含まれる。でもCITES(絶滅危機野生動植物種国際貿易に関する協定)の会議では、魅力的な大型野生動物の殺害はいつも棚上げされる。動物愛護団体は、種全体の生存よりは個別の動物への危害にかまけているので、動物を少しでも殺すのはとにかく反対する。保護団体も、持続可能な殺害は会員に納得してもらいにくいと心配している。絶滅寸前の動物といえば、資金を集めやすい。でも自分の手が血塗られると、そうもいかない。
持続可能な活用は簡単ではないし、必ず効くとは限らない。まずはそもそも金になる商品が必要だ。法規制や政府の支持もいる。地元の人々も、保護や管理に手間をかける以上は、動物やその製品に対する自分たちの権利を確信できなくてはならない。だが活用は、ただの取引禁止に比べて重要な長所がある。金が儲かるのだ。そしてだからこそ、それは動物の保護につながるのだ。
禁止するだけじゃ事態はかえって悪くなるというのは、動物保護に限らず他の多くの分野でも見られること。エイズやドラッグ、ポルノの拡大阻止、地球温暖化問題などでも、これに相当する話はある。本稿では、特に取引禁止で価値がゼロになったためにかえって殺戮されるようになるという話は教訓的ではある。そしてまた、なぜこの発想があまりウケがよくないかという理由も、さもありなん。
ちなみにこの記事で、ゾウが害獣といわれてピンとこない人もいるだろう。ドキュメンタリーなんかでは、いつも草原にいるところしか出てこないから。でもゾウは畑を荒らすのだ。あの巨体でこられたら根こそぎやられるし、追い払うことさえできない。
さて、この数号ほどには他にもネタが豊富。今年は国際ジャガイモ年なのだそうだが、ご存知でした? また結構日本のネタがあった。特に「Japain」と題した日本の現状に関するカバーストーリー――旧守派が頑固な一方で民主党がまともな指導力を発揮できないのも迷走理由という主旨――はそこそこ読ませるものではあった。さらにここ数年ダメだダメだといわれ続けている日本経済だが、一人当たり GDP の成長を見るとそうでもないぞ、という記事は結構おもしろい指摘。
が、日本がらみで何より傑作だったのが 3/15号の投書欄。なんと「Japain」記事対し、民主党が反論投書をしている! 曰く、民主党は指導力がある、自衛隊スキャンダル追求とか石油価格追求とかしてると自己弁護(そんなの指導力って言わないの!)、さらに、日本の国名をもじった Japain という言葉遊びが侮辱であり許されないんだって。ばーか。許されるに決まってるじゃん。いつもことばじりだけで騒いで重箱の隅つつきに終始する民主党の面目躍如というところか。執筆時点では、民主党のだだっ子みたいな無内容なゴネで日銀総裁が空席になる目前。この無内容な投書を敢えて載せたのは「ほらね、あの記事の通りでしょ」というエコノミスト一流の茶目っ気なんじゃないかと思うな。
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