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Courier Japon, 42
Courier 2008/04,
表紙は世界恐慌だって

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第11回

ガーナのカカオ農家後継者問題

(『クーリエジャポン』2008/04号 #42)

山形浩生



 いまいるガーナは、サッカーのアフリカカップまっさかり。本誌の名誉編集長もなにやらおいでになったとかで、言ってくだされば多少はご案内しましたものを。

 が、それはさておき今回はガーナとカカオ/チョコレートとフェアトレードという、前にもとりあげた三題噺。でも同じネタをいろんな角度から見るのも定点観測的な意義はあるだろうし、今回のアプローチは少しちがう。多国籍企業だって、途上国を搾取するばかりじゃ商売がなりたたないという、なかなかに示唆的なお話ではある。


どこまでフェア? ガーナのカカオ農家支援

(Coffee Wars) 2008 1/12-18号

 売上では世界最大のお菓子メーカー、キャドバリー・シュウェップス社にとって、時代は決して甘くはない。アメリカの活動家投資家は、この英国企業の運営にもっと影響を及ぼそうとキャンペーンを張っている。原材料コストは史上最高。政策立案者は、消費者に肥満の危険性を訴えるキャンペーンを強化。そして株式の価格が乱高下しているために、清涼飲料部門の売却もなかなか軌道にのらずにいる。

 だから同社が一月28日に「キャドバリー・ココア・パートナーシップ」を発表したのは、そうした問題から目をそらすのにも役にたった。同社はこのパートナーシップのために4400万ポンド(100億円)を10年にわたって支出する。今年は手始めに100万ポンドを出発資金として投資して、それを増やして二〇一〇年以降は毎年五〇〇万ポンドにするという。この試みの狙いはガーナのココア農家に対して、肥料を使ったり農家同士が協力しあったりすることで収量があがるのだと示すことだ。また、カカオの木の下で育つ赤ピーマンやマンゴーを植えたり、カカオの上で育つココナツを植えたりすることで、追加収入源を得る方法も示す。さらにキャドバリーは、それぞれ一五〇人から二百人ほどに利用される井戸八五〇本の採掘にも資金を出す。これは水くみから女子供を解放し、あまった時間を他の用途に使ってもらえるようになる。また、学校や教師や図書館にも金を出す。

 このいかにもフィランソロフィー的な事業には、裏の動機があったりするのだろうか? 実はガーナからのカカオ豆がないと、キャドバリーはとても困ったことになってしまうのだ。ガーナはキャドバリー社のイギリス向け製品のすべてと、世界向け製品で使われるカカオの七〇パーセントを供給している。同社によれば、ガーナの高品質カカオ豆こそがデアリー・ミルクやクレム・エッグといったキャドバリー製お菓子に独特の味わいを与えているとのこと。同社はガーナのカカオ生産量の一割を買いつけている。ガーナはコートジボワールに次いで、世界第二位のカカオ生産国なのだ。

 ところが同社がサセックス大学とアクラ大学の共同調査に出資したときに、同社の本部では警報が鳴り始めた。カカオ農家の平均生産量は、潜在生産可能収量の四割にまで低下してしまっていた。そしてカカオ農家の子どもたちも、親の仕事を継ぎたくないと言っていることもわかったのだ。ガーナ農家は平均で子供が六人いて、一家当たりの作付け面積は二ヘクタールときわめて小さい。年間収入は、たった四五〇ポンドにしかならないことも多い。

 そこでキャドバリー社は、供給確保を目指して手をうつことにした――しかも同時に、それをかっこよく見せようというわけだ。やり方としては、フェアトレードにすり寄ってもよかった。これは途上国の農作物生産者に、市場以上の価格を支払う。底値を決めて、さらには追加でプレミアムを設定して、その金額を農家の再投資や社会プロジェクトにまわそうとするのだ。「でも調べたところでは、問題は価格ではなくて生産性なんです」とキャドバリー社のアレックス・コールは述べる。もともとガーナのカカオ豆は、一トン一一七六ポンドという国際価格より一割高で取引されているのだ。そこでキャドバリーは、部分的にはフェアトレードと似ていても、条件の柔軟性が高い独自の方式を編み出した(キャドベリーは、グリーン&ブラック社の「マヤ・ゴールド」といったニッチなチョコのブランドでは、フェアトレードのカカオをすでに使ってはいる)。

 他の企業も似たような試みをしている。スターバックスは、CAFEという方式を通じ、農家にコーヒーの品質を改善させ、社会プロジェクトを支援している(こちらも一部のコーヒーはフェアトレード条件で買っている)。アメリカ最大のチョコレート会社マーズは、キャンペーン屋たちからあれこれ言われつつも、フェアトレード製品は提供していない。だが去年になって、西アフリカのカカオ農家改善のために三年で四五〇万ドルを出すと発表した。これはNGO四団体と開発機関と共同で実施するとのこと。

 今週になって、フェアトレードの運動家たちはキャドバリーの方式を警戒しつつも歓迎してみせた。「ガーナのカカオ農家やそのコミュニティを支援しようというキャドバリーの試みを歓迎しますし、その試みの核に持続可能な生産とフェアトレードの原則が含まれていることを同社に期待するものです」とロンドンのフェアトレード財団バーバラ・クロウサーは述べる。

 フェアトレードと大企業は必ずしも生まれつきの仲良しというわけではない。フェアトレードの価格操作メカニズムは、小規模生産者を不安定な作物市場と、手加減なしの自由貿易資本主義から守ろうとするものだが、それこを多国籍企業の身上ともいうべき代物だったりするのだ。だが企業だって小規模農家の生活を改善したいし、同時に自分の評判もあげようとはする。こうした「お手軽フェアトレード」戦略は、フェアトレードのアプローチを否定するものなのだろうか、それともフェアトレードに対するもってまわった賞賛なのだろうか?


 この最後の疑問は、なかなかに興味深いものだ。さてぼくの考えでは、これはフェアトレードを本質的な部分で否定するすばらしい動きだと思う。ぼくは基本的にフェアトレードの発想が気に入らないし、それが本当に役に立っているとも思わない。したがってぼくの意見にはそういうバイアスがかかっていることは、あらかじめ述べておこう。

 この動きのどこがフェアトレードの否定なのか? それはこれが甘っちょろい慈善などではなく、企業が自分の長期的な収益を確保するための戦略だということ。血も涙もない資本主義の原則の結果として、こうした動きが生まれているということだ。企業だって安定した供給は必要なんだから、弱小農家が根こそぎつぶれても平気なんてことはあり得ない。そして、一部の方の善意に依存したフェアトレード運動なんかと、長期的な企業収益に直結したこうした活動と、どっちが持続可能性が高いかは言わずもがな。

 だとすれば……フェアトレードなんて、いらないじゃん。

 ちなみに現地の関係者の話だと、同社の主要顧客はガーナ産カカオの味に馴れていて、他の産地のカカオは受け入れてくれないのだとか。だからどうしてもガーナにがんばってもらわないとダメなのだそうな。ガーナ農家は現在、まさに日本でいう3ちゃん農業と化している。若い子は都会に出たほうが稼ぎがいいからだ。近年そこそこ景気はよく、安定した経済成長が続いているし、就業機会もそれなりにある。つまり後継者不足は――そしてそれに危機を感じたキャドバリーの動きは――ガーナの経済成長の結果、でもある。ならばフェアトレードなんていう市場歪曲を行うより、結局はふつうに経済成長を追求したほうがいいんじゃないのかな?

 まあ旗印はどうあれ、重要なのはガーナの農家にちゃんと恩恵が行き渡ることではある。こうした動きがもっといろいろ見られるようになるといいのだけれど。でもその過程で、利益追求の銭ゲバ企業だって決して捨てたものじゃないことはどうかお忘れなく。


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