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Courier Japon, 41
Courier 2008/03,
表紙は世界恐慌だって

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第10回

スタバの未来はどこにある

(『クーリエジャポン』2008/03号 #41)

山形浩生



 現在ちょっとメジャーなニュースが払底気味だ。いまはアメリカの大統領予備選がまっさかりだが、本誌が出る頃にはもう片がついているだろう。盤石の安定国と思われていたケニアが一瞬にして内戦寸前に転落した様は多くの人(ぼくを含め)を心底驚かせたが、これまたいまの段階では何ともいえない状況。パキスタン情勢もブット暗殺後は比較的鎮静化していて、これといった動きが見えない。  というわけで、少しお気楽なネタを。すでに一部の国内誌でも報道されているのでご存じの方もいるだろうが、あのスターバックスがちょっとつまづきを見せているというお話だ。


コーヒー戦争

(Coffee Wars) 2008 1/12-18号

  ハワード・シュルツはかつて、自分の会社スターバックスがマクドナルドと比べられるのは苦痛だ、と語ったことがある。この世界最大のコーヒー店チェーン創始者は、スターバックスを訪れるのは「ロマンスと華やかさ」を伴うものであるべきで、世界最大のファストフード店で食事をするときのような、ピットストップじみた即席感とは無縁であるべきだと考えている。だが、過去数年でひたすら拡大を続け、あまり裕福でない顧客層まで取り込もうとしてきた戦略のおかげで、スターバックスはどんどんマクドナルドに似てきている――そしてそのマクドナルドは、上流の市場を狙ってだんだんスターバックスに近づこうとしていた。

 スターバックスはいまや、史上最大の危機と苦闘している。マクドナルドが2000年代当初に直面したのと同じ危機だ。去年、スターバックスの株価は42パーセントも下落し、NASDAQ証券取引所で最悪の成績をおさめた株の一つとなった。2007年の第四四半期には、スターバックスは圧倒的最大市場のアメリカで、史上初めて顧客数が対前年で下落した。一月二日に投資銀行ベア・スターンズのアナリストたちがスタバ株の格付けを下げたら、同社の株価はさらに12パーセントも下がった。これで二〇〇五年以来同社社長を務めてきたジム・ドナルドの命運も決まった。一月七日、それまで会長職に退いていたシュルツ氏が再び社長として復帰することとなった。

 シュルツ氏は責任転嫁をするつもりはない。スタバは苦境にあるし、その相当部分は自業自得だ。「この問題は自ら創り出したものだから、自ら解決することをお約束する」とかれは述べた。まずはアメリカ市場での拡大速度を落として、「カスタマー体験」を向上させる一方で、外国での拡大を加速するのだ、と述べている。だが「万能薬」はない、とも語った。

 アナリストたちも、スタバの大問題は拡大のしすぎだと同意する――マクドナルドも二〇〇一年に同じ問題に直面した。その頃のマクドナルドは三万店を越え、各種の技術革新と苦闘して、各店舗を十分にコントロールしきれなくなっていた。ニューヨークのフリードマン・ビリングス・ラムゼー社のアナリストであるハワード・ペニーによれば、スターバックスはアメリカ市場での店舗拡大速度を半減すべきだとのこと。「成熟市場なのに増やしすぎです」。アメリカにはすでに一万六〇〇店舗以上あるのに、いまだに一日5店舗程度が新規に開店している。スタバの目標は、アメリカで二万店舗、海外で二万店舗だったが、いまやこの目標も疑わしくなってきた。

 スタバの業績悪化がすべて自業自得というわけではない。食品価格がいまや空前の高騰ぶりを見せているため、同社は去年、二度も値上げをせざるを得なかった。おかげで顧客が離れ、ダンキンドーナツやパネラブレッドといったファストフード系のチェーンに流れてしまった。これらの店でもそこそこまともなコーヒーは出すし、値段は気取ったスタバの四分の一だ。そうした顧客を呼び戻そうと、十一月にスタバは初の全国テレビCMをうった。

 スタバの悩みに拍車をかけ、マクドナルドとの類似性を強調する動きとして、このハンバーガー屋のほうも独自の攻撃を仕掛けようとしている。今年、マクドナルドはアメリカの14000店舗に、スターバックス式のコーヒーバーを増設する予定だ――同社の多様化の試みとしては過去最大の規模となる。マクドナルドはすでに、コーヒー市場にちょっとだけ足をつっこんでいるし、それなりの成功もおさめている。業界誌『消費者レポート』は去年、フィルタ式のコーヒーについてはスタバのものよりマクドナルド系のマックカフェのものを高く評価している。

 スターバックスは心配すべきだ、とペニー氏は語るが、一方でマクドナルドが大きなリスクを冒しているとも言う。マクドナルドのアメリカでの売上のうち、65パーセントはドライブスルー式の店舗からきている。顧客は車にのったまま、注文をマイクに告げて、窓口越しに商品を受け取るわけだ。後ろに苛立った車が行列を作っている状況だと、スターバックス式に「ダブルトール・ヘーゼルナット・デカフェ・ラテ」(これは時間がかかる)を作るのは無理だ。テスト市場のドイツでは、三百店舗ほどのマックカフェはよい成績をおさめているが、ドライブスルー店舗にはついていない。

 シュルツ氏は、自社スタバの危機を予見していた。二〇〇七年二月には、重役陣への社内メモで同社ブランドの「一般消費財化」について警告していたが、このメモがインターネットに流出している。「過去十年で(中略)われわれが行ってきたいくつかの決断は、振り返ってみると、スターバックス体験を薄めてしまうものだった」とかれは認めている。たとえば手動のエスプレッソマシンを自動式のものに切り替えたことで、サービス速度は上がったけれど、コーヒーを入れる光景の妙味は失われてしまった。結果として、一部の顧客はスターバックスのコーヒー店を味気ないと感じるようになり、もはやコーヒーに対する情熱を持っていないと思うようになっている、とシュルツ氏は認めている。

 アナリストや投資家たちは、シュルツ氏の復帰を歓迎している。これは同社が、いままでの逸脱を軌道修正しようとしていることを示すものだからだ。スターバックス拡大をもたらした指導者は、同社が地元感のあるコーヒー専門店というルーツに回帰するにあたっても最適な人物だと考えられている。一方のマクドナルドは、まさに同様の拡大しすぎから回復したところで、まったく新しい市場に参入しようとしている。弊誌といたしましては、最高のラテの勝利を祈っておりますぞ。


 スタバの不調――実は日本でも似たような状況があったとされる。この店舗数急拡大戦略は日本でも行われており、採算性よりも店舗数確保が重視されたため、同一地域での乱立とつぶしあいも生じていたと言われる。またおもしろいことに、スタバの出店地の選択とマクドナルドの選択とはしばしばバッティングして、一時はそれが新規開発での商業賃料を押し上げる結果を招いたという噂も一部では流れていた。現在はそうした無理な出店戦略は多少おさまったともきくけれど、どうなっているのだろうか。

 今回の記事は別にここから深い時事的な含蓄を読み取るようなものじゃない。でも自分の経験からあれこれ今後のスタバ戦略を考えるネタとしては楽しいんじゃないかな。ぼくはコーヒー屋としてのスタバが好きなんだが、ネットで検索してみると日本で多くの人はコーヒーを重視していないようだ。まあ砂糖とカフェインとかき氷のかたまりでしかないものをありがたがって飲んでいる連中を見るとさもありなん、という感じではある。またあちこちで学生自習室と化したスタバを見ると、これでカスタマー体験もクソもないなあと思うんだが、どうだろう。スタバの未来はどっちだ? いまのままでいくと、ぼくはいつかスタバがコーヒーを捨てる時もくるんじゃないか、という気はしているんだが……


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