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Courier 2008/02,
表紙はブランソン

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第9回

バイオ燃料がもたらす食品価格高騰

(『クーリエジャポン』2008/02号 #40)

山形浩生



 これを書いているアフリカの多くの国では、主要産業は農業だ。多くの国は、過去十年くらいの間に大幅な農業作物価格の低下に直面し、それが国全体の経済的な窮状につながったりしていた。そして数十年にわたり、食品価格は下がり続けるのが常態となっていたため、こうした国々はジリ貧か、よくて横ばいしか期待できないものと思われていた。

 ところが、この一、二年ほど、食品価格が急激に上昇している。これはひょっとしたら、世界のいろんなバランスを大きく変える可能性がある。今回はそんなお話を。


食品価格の上昇

(12/8-14号 pp.77-79)

  2007年9月初頭、世界の小麦価格は市場最高の400ドル/トンに上昇した。1970年代の石油危機についた値段よりは低いが、過去25年の平均価格と比べると倍以上だ。トウモロコシの価格も史上最高を記録している。エコノミストの食品価格指数は、いまや1845年の開始以来最高に達しており、過去一年で1/3も上昇している。

 通常、食品価格の高騰は不作などに伴う作物不足で生じる。そして今年は確かに、オーストラリアの干ばつなど不作が見られるところもある。だが、現在の食品価格高騰が特殊なのは、現在は食物が足りないどころか、たっぷりあるということだ。ロンドンの国際穀物評議会によれば、今年の穀物収穫量は16.6億トンで史上最高だ。それなのに価格が高騰しているのは、むしろ需要側が根本的に変わりつつあるためなのだ。

 その要因は二つある。一つは中国とインドの経済成長だ。穀物消費は人口に比例するが、肉の消費は経済成長に比例する。中国の肉の消費量は、1985年には一人当たり年間20キロだったのが、いまや50キロ以上になっている。中国はそろそろ頭打ちだが、他の途上国が追いつきつつある。世界全体の肉の消費量は、いまや1980年の倍だ。おかげで農家も飼料用作物への切替を進めている。肉は、同じカロリーあたり三倍の穀物を必要とするために、穀物需要はどうしても増えることになる。

 しかしながら、食生活の変化はゆっくり段階的にしか生じない。だから過去一年の価格高騰は、これでは説明できない。真の理由は、二番目のもので、燃料用エタノールだ。アメリカでは、燃料用エタノール生産用のトウモロコシは、2000年には1500万トンほどだった。それがいまでは年間8500万トンになっている。アメリカは断トツで世界最大のトウモロコシ生産輸出国だが、いまや輸出するよりもエタノールにするほうが多い。そして世界銀行によると、四駆のタンクを満タンにするだけのエタノールを作るトウモロコシは、人間一人が一年食いつなげるほどの量になるという。

 またトウモロコシは飼料用に使われるが、それが減ったことで肉の価格も上がる。アメリカの農民たちは、バイオ燃料ブームのために小麦や大豆の畑をトウモロコシに転換している。結果として今年のアメリカのトウモロコシ生産は、昨年より四分の一増しにもなっている。おかげで他の作物価格にしわよせがきているわけだ。

 農業生産は、そうすぐには増えない。西側諸国の農業政策はあまりに歪んでおり、作物を作らないことに対する奨励金が出ているほどだ。それをやめれば作付面積が増えて多少は改善するだろう。だがそれにも限界がある。多くの機関は、2015年頃まで現在の高価格は続くと予想している。これは、いままでとはまったくちがった状況を作り出すだろう。そしてその最大の影響を受けるのは、貧困国だ。

 その影響は、悪いものばかりではない。インド、南アフリカなどの食料輸出国は、食品価格が上がれば儲かるし、いまや純輸入国になったマラウイやモザンビークも、収量増大により好影響を受ける。また各国で、都市部と地方部の所得格差も減る可能性はある。

 だが、食料輸入国は痛手をこうむる。日本やメキシコなどは、価格が上がってもなんとかなるだろう。でもネパールやニジェールなどの貧困国はそうはいかない。また各国でも、エンゲル係数の高い貧困者は、食品価格が上がれば苦労するだろう。貿易の少ない作物に頼る諸国――南米のジャガイモ、エチオピアのテフ――は、そんなに影響を受けるまい。だがほとんどはそうはいかない。その影響はすでに見られ、2007年初頭にはトルティーリャ価格上昇でメキシコでは暴動が起きている。IFPRIによれば、エタノールやバイオ燃料の拡大は、アフリカの摂取カロリーを4-8パーセント引き下げ、アジアでも2-5パーセント下げてしまう。アフガニスタンやナイジェリアなど今でも生死ギリギリの国では、これはかなり悲惨な結果をもたらしかねない。これを防ごうとして、多くの国では食品価格の統制を試みている。これは貧困者の所得補助ほどはよくないが、対象や期間が限定的ならば大きな問題とはならない。一方、あらゆる食品価格の統制をやろうとしたロシアは、農民の生産意欲を削ぐことで大幅な品薄を生み出してしまった。適切な対応は、今後の重要な課題となるだろう。

 だが食品価格の上昇は、これとは別にパワーバランスが途上国に傾く結果を招く。エンゲル係数の高い途上国(バングラデシュなどでは、三分の二以上)では、食品価格の上昇はインフレに直結する。これを抑えようとして、途上国の中央銀行は金融引き締めに動いている。中国、チリ、メキシコなどはいずれも二〇〇七年に金利を引き上げている。一方、先進国は、景気刺激のため逆に金利カットに動いている。結果として両者の金利ギャップは拡大し、途上国への資本流入が加速することになるだろう。かえってこれがバブルを創り出す危険はあるものの、成長機会ももたらされるのはまちがいない。ただし途上国がそれにきちんと対応できるか――さらに貧困者の救済ができるか――は、かれらの経済政策次第ではあるのだが。


 バイオ燃料がそこまで食品価格に影響をもたらしているとは知らなかった。バイオ燃料が本当にエコロなのか――醸造プロセスの効率があまりに悪いし、副産物のガスが二酸化炭素より強い温暖化をもたらすという説もあるし――という議論にも増して、それがこうした貧困者を直撃する影響を持つことについては考える必要がある一方で、それが金融政策を経由して資本移動に影響するというのは、きわめておもしろい議論。もちろん、食品の一大輸入国たる日本にも大きく影響する。願わくばこれが、変な食料安保議論だの自給率向上の妄論につながりませんように。

 さてこの号では技術特集が組まれ、その中であの著作権関連の各種活動で有名な法学者ローレンス・レッシグが大きく採りあげられていた。著作権や知的財産権の極端な強化に反対し、単なる理論や著作活動のみならず、自らクリエイティブ・コモンズを立ち上げて、弱い形の著作権を作者が簡単に指定できるようにした、戦う法学者だ。そのかれが、今度は金権政治に立ち向かおうとしている、という記事だ。これについては、かれのブログなどでかねてから述べられていたことでもあるし、年末に出たかれの近著『CODEバージョン2』(拙訳、翔泳社)でも触れられている。著作権のありかたが歪んでいるのは利益団体が金にものをいわせて政治をゆがめてしまうからだ、という(何度かの裁判での苦い敗訴経験に裏付けられた)問題意識からきている。それは著作権だけでなく、人々の民主主義への信頼を失わせ、政治的無関心を創り出しているのだ、と。

 具体的な活動は挙がっていないものの、これについてもレッシグはクリエイティブ・コモンズのようなインターネットを使った具体的な運動をたちあげるようだとの見込みが語られている。それが2008年以降にどんな形をとるか、世界が注目しつつあるのだ。


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