Martin Ravallion による招待反論

世銀だって、貧困の大幅な減少は認めています!

Apr 7th 2004
From The Economist print edition

 弊誌の March 13th 号で、世界の貧困問題を採り上げた。これに対し、世界銀行のトップ研究者の一人マーチン・ラヴァリオンが応えてくれた。

 The Economist3月13日号で世界銀行が世界の貧困者の絶対数を過大に見積もっている――世界銀行の主張よりも貧困者は少なくて、その減少速度も世銀の主張よりはやい――と述べています。この主張の核心には、手法的な論争があります。世界銀行はできるだけその国を代表する家計調査に頼ろうとしています。これは普通はその国の政府統計局が国際基準に沿って実施するものです。世界銀行の最新推計は、発展途上世界の人口93%を占める100ヶ国において、無作為抽出した 110 万世帯のインタビューに基づいています。

 世銀の家計調査に基づく貧困者計測手法は、長期にわたる習慣に従ったものです。でも、これが唯一のやり方ではありません。The Economistは、家計調査からの所得水準や消費水準データを無視する手法を指摘しています。かわりに貧困指標は国民経済計算データに基づくわけで、家計調査は経済格差の推計――各種の所得水準グループに、総所得のどれだけが帰属するか――にしか使いません (このアプローチの支持者は、家計調査が経済格差では信用できるのに、貧困水準の推計では信用できないと考えるようですが、その理由ははっきりしません)。

 この選択はどれだけ問題になるものでしょう? 同記事のショッキングなグラフは、二種類の推計を比較しています。一つは世界銀行の研究者たちによるもので、一つは別の手法を使った、コロンビア大学のサラ=イ=マーチンによる推計です。かれのデータは貧困者の絶対数がずっと急激に減り、世界銀行の研究者に比べて最近ではずっと低い水準になっています。

 でも、この The Economist のグラフは誤解のもとです、今月(2003年4月)、あのグラフに登場した世界銀行のデータは改訂されました。あのデータは1980年代後半からしか示されておらず、もっとずっとさかのぼるサラ=イ=マーチンの推計ときちんと比較できるものではありません。ここで問題になっている時期のデータはかなりの差をもたらします。 1980 年代後半から1990年代前半は世界の貧乏人にとって困難な時期でした。短期に注目するか、長期を見るかで様子はがらっと変わってしまいます。

 図 1 は The Economist のグラフを真似してみましたが、推計をずっとさかのぼらせて、他にも比較上の問題となるものを補正しました(グラフの注を参照)。世界銀行の今の推計では、世界の貧困率は1981年の 33% (約 15 億人) から2001年には18% (11億人) に減ったことになります(1993年の購買力平価を使って慎ましい一日1ドル以下を貧困とした場合)。サラ=イ=マーチンの推計と比べると、かれは世界の貧困率は 13% から 7% (1998) に減っと推計しています。まだ水準には大きな差があります。でもどちらの手法で見ても、世界の貧困率はほぼ半減しています。また両者は、中国とインドの成長が復活した 1990 年代については似たようなトレンドとなっています。

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 なぜ世銀の貧困者数はこんなに高くなるのでしょうか? サラ=イ=マーチンは、世帯の一人あたり平均所得を計算するのに、国民経済計算の GDP を使います。でも GDP は家計消費よりずっといろいろ含んでいます:民間投資や政府支出などがその例です。だから共通の貧困ラインで比べたら、貧困者数も必然的に小さくなります。

 でも、GDP の場合と家計消費の場合で同じ貧困ラインを使うべき理由はありません。銀行の一日1ドルというラインは、低所得国で実際に見られる水準に基づいており、これは投資は政府支出など余分なものは入っていません。ふつうは最も基本的な食料や消費ニーズしか含んでいないのです。サラ=イ=マーチンの数字を世界銀行の数字と比べるには、サラ=イ=マーチンの数字についてはもっと高い貧困ラインを設定する必要があります。

 比べられるようにするためにサラ=イ=マーチンの貧困線をどのくらい高くすべきかははっきりしません。ただ、かれが暗黙のうちに含めた他のものを反映するために、倍にしてみると当てずっぽうとしてもいい線かもしれません。こうすれば、図1を見てもわかるとおり、両者はなかなかきれいに一致します。

一部の人にはよい報せ

 手法的な差はあれど、長期的な貧困削減という似たようなトレンドが確かに見られます。これはいうまでもなくよい報せです――が、だから手を休めていいことにはなりません。1981-2000年に、一日1ドルの絶対貧困を逃れた人々は、中所得の発展途上国の基準から見てもまだ貧乏です。そして世界銀行の推計では、一日 $2 以下でくらしている人々の数は 24 億から 27 億人に増えました。

 また全体で見て最貧困層が平均で豊かになったからといって、それが地域ごとに均等に分配されているわけではありません。この時期に中国で一日 1ドルの水準を抜け出した人の数もおおよそ4億人でした。したがって、中国以外の発展途上国を見れば、貧困者数はほとんど変わっていません。この根底にあるのは、世界の貧困者の構成が大きく変わったということです(図 2 参照)。貧困者数はアジアでは減りましたが、他の地域では増えました。アフリカではほぼ倍増しています。1980年代初期には、世界の最貧困者のうち、アフリカにいるのは10人に一人でした。いまではそれが3人に一人です。

 はい、全体として世界の最貧困者たちの状況は改善されています。でも貧困との闘いは、まだ勝利にはほど遠いのです。


著者について

Martin Ravallion は世界銀行の開発研究グループ研究部長である。過去20年の主要な研究テーマは貧困とそれと戦うための政策だった。この問題について、無数の政府や国際機関に助言を与えている。


訳者コメント

前のエコノミスト記事は、「世銀のデータでは貧困者は減っていないことになっているけれど、これはあまりに悲観過ぎ。近年の研究を見ると、もっと大幅に減っていることがわかる」という主張だった。さて、これに対して反論の場を世界銀行に提供して出てきたのがこれだ。

普通考えると、「貧困は減っている」というコメントに対して出てくる反論は「いや貧困は減っていない!」というものになりそうだ。が、驚いたことに世界銀行エコノミストの出してきた回答は「いや世銀だって貧困が減っていることは十分に認識しているし、データの取り方の差を考慮すれば両者はほとんど同じなんです」というもの。

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