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ケインズ『雇用と利子とお金の一般理論』要約、21 章
山形浩生 (全訳はこちら)
21 章 価格の理論
Abstract
- 経済学はこれまで、価値の理論とお金の理論が断絶していた。でも実際に断絶があるのは、個別企業や事業の理論(ミクロ経済学)と全体としてのお金や産出の理論(マクロ経済学)だ。
- 短期的には、お金の量と価格の間には、各種の弾力性の想定にもよるが、おおむね貨幣数量説があてはまる。
- 国民所得とお金の量との長期的な関係は流動性選好に左右される。そして価格の長期的な安定性は、賃金の上昇率が、生産効率の上昇よりどれだけ高いかで決まってくる。
本文
Section I
- 1. 既存経済学の価値の理論は、限界費用と短期需要の弾力性の話で、わかりやすい。でもお金と価格の理論に入ると、ぜんぜんちがう話がいろいろ出てきて、需要供給の弾力性とそれを結びつける試みはほとんどない。
- 2. 以下では、価格の理論を整理して、需要と供給で価格が決まる、という話にきちんと関連づける。価値の理論とお金の理論がわかれているのは変だ。正しい区分は、一定のリソース下での個別産業・企業の理論と、全体としての総産出と総雇用の理論、というものだ(ミクロとマクロ、ですな)。マクロの理論では、お金の理論が必須。
- 3. 別の言い方もできる。前者は、ある一時点での均衡理論だ。後者は、変動する均衡の理論だ。というのも、お金の意義ってのは、それが現在と未来をつなぐリンクになっている、ということだから。将来が完全に確実なら、すべてを今の均衡理論で決めてしまえるけど、現実はそうじゃないのだ。
Section II
- 4. 単一の産業では、価格水準は限界費用に入ってくる生産要素に対する支払いと、産出の規模によってくる。産業全体の場合でもそうだ。限界費用に入る生産要素の価格水準と、産出全体の規模、つまりは雇用の規模で決まってくる。でも、もう一つ、需要側の変動がこの費用と規模の両方に影響を与える。これがいままでとちがうところだ。
Section III
- 5. すべての生産要素の価格変化が同じ割合(賃金と同じ変化をする)だと仮定すると、一般的な価格水準は、賃金水準と雇用量によることになる。だからお金の量の変化が物価水準に与える影響は、賃金水準の変化と雇用量の変化を総合したものとなる。
- 6. 失業中の資源は、生産性が等しくて交換可能で、失業がある限り雇用されている者は、同じ賃金で満足するものとしよう。この場合、収穫は一定で賃金も失業がある限り一定だ。すると失業がある限り、お金の量は物価にまったく影響しないし、雇用は需要(これはお金の量に左右される)とまったく同じ割合で増減する。そして完全雇用になったら、もう雇用はいっさい増えず、有効需要に比例して増減するのは賃金水準や物価になる。これが貨幣数量説の世界だ。
- 7. でも、いまの単純化した条件を緩めてみよう。(1)有効需要はお金の量とは比例しない。(2)資源は均質ではなく、雇用が増えると収穫は逓減する。(3)また交換可能でもないので、完全に弾性的な需要とそうでない需要とは混在する。(4)完全雇用より先に賃金は上昇を始める。(5)すべての要素の価格変化が同じなんてことはない。
- 8. まずは、お金の量が有効需要に与える影響。有効需要が増えると、部分的には失業が減り、部分的には物価が上がる。雇用と物価が同時に上がるわけだ。
- 9. それぞれを検討するにあたって、それらが相互に独立しているわけではないことに注意。ここで目指すのはすべてが機械的に決まる仕組みを見つけることではなく、個別問題を整理して考える秩序だった方法を編み出すことだ。各要素を個別に考え、それから要素同士の相互作用を検討する。ちなみに、数理モデルはあまりに安易に要素の独立性を想定しちゃうので、まちがいのもとなんだよね。数理モデルでは必ずそれを常に念頭におくこと。数理経済学のほとんどは、いい加減な仮定からくるお遊びに堕してるよ。
Section IV
- 10. (1) の検討 お金の量の変化が有効需要を左右するのは、もっぱら利子率の変化を通じてだ。これだけなら、流動性選好と限界効率と投資乗数さえわかれば、貨幣数量効果は決まる。
- 11. でもこの分析は、問題の仕分けとしてはわかりやすいが、いずれの要素もまだ検討していない(ii)~(v)の条件に左右されることを忘れないこと。場合によってはお金の量が増えると有効需要が減ることさえある。
- 12. 有効需要とお金の量の弾性値は、しばしば「貨幣の所得速度」なるものと密接に関連する。ただし、この速度なるもの自体は無意味で、それが一定であるべき理由もない。あまりに複雑な要素がからんでいるから、混乱のもとだと思う。
- 13. (2) の検討 雇用が収穫一定か収穫逓減かは、労働者への支払いが効率性にきちんと比例しているかである程度決まる。比例していたら、雇用が増えても単位あたりの労働費用は一定だ。でも個々人の能率にかかわらず同じ職の人が同じ賃金をもらっていれば、産出一単位あたりの労働コストは増える。まして使う設備にも差があったら、収穫逓減はもっとひどくなる。
- 14. だから産出が増えると、賃金とは関係なく価格も上がる。
- 15. (3) の検討 要素ごとに完全雇用が実現されるタイミングがちがうので、供給は不完全な形で弾性的になってしまう。
- 16. だんだん産出の水準が上がってくると、完全雇用になって硬直的になる原材料が増えてくるので、その価格は急激に上がる。
- 17. ただしこれも時間による。硬直的になった原材料も、そのうち人をやとって生産を増やすだろうから。
- 18. (4) の検討 完全雇用になる前から賃金は上がり始める。常識だよね。
- 19. 有効需要と賃金も、連続的な変わり方はしなくて、歴史的に見てもいろいろあって段階的に変わる。
- 20. (5) の検討 各要素への支払額が同じ割合で変わるなんてことはない。
- 21. いちばん賃金とちがった変化を見せるのは利用者費用かな。
- 22. すべてが同じ率で変わるというのは、手始めの仮定としてはいい。あと加重平均を使うとか、いろいろ手はあるかもしれない。
Section V
- 23. 有効需要の増加が産出の増加にはつながらず、価格の増加だけにまわるなら、これは真のインフレだ。それ以前の段階は、物価上昇と産出増との組み合わせなのできちんと分離できない。
- 24. つまり真のインフレ地点をはさんで非対称性がある。その水準以下に有効需要が下がったら、産出量が減る。でも、その水準以上に有効需要が動いたら、産出量は増えない。労働者は賃金が減るのはいやがるが、増えて文句を言うやつはいないからだ。
- 25. 不完全失業のたびに賃金が下落するなら、こんな非対称性は起きない。でもそうなったら、完全雇用以下だと賃金か金利はゼロになってしまう。金融システムでは何らかの、これ以上は下がらないという硬直性がないと価値が安定しない。
- 26. 要するに、お金の量を増やせばまちがいなくすべてインフレになるという発想は(このインフレが単に、価格が上がるというだけの意味でない限り)こうした条件を仮定しており、その制約の中にある。
Section VI
- 27. これを数式で表現してみよう。
- 28. \(M\) が貨幣量、\(V\) が所得速度、\(D\) が有効需要なら、\(MV=D\) と書ける。\(V\) が一定なら、\(e_p=\frac{dp}{p}/\frac{dD}{D}=1\)の場合に価格とお金の量は同じ比率で動く。
- 29. また所得速度 \(V\) が一定でない場合を考える。このためにはこれについて別の弾力性を導入することになる。有効需要がお金の量に対して持つ弾性値。つまり $$e_d=\frac{dD}{D}/\frac{dM}{M}$$
- 30. つまり$$\frac{dp}{p}/\frac{dM}{M}=e_pe_d$$ そして\(e_v=1-e_ee_o(1-e_w)\) だから、eをお金の量に対する物価の弾性値だとすると $$e=e_d-(1-e_w)e_de_ee_O=e_d(1-e_ee_o+e_ee_Oe_w)$$
- 25. これは貨幣数量説を一般化したものだと見ることができる。ただしぼくはこういう数式処理を眉唾だと思う。変数同士が独立とは思えないし、あまりにいろいろ想定があるので、ふつうの言葉の説明よりも意味があるとは思えない。でも、相互の関係がややこしいことはわかる。
- 31. 人々が、所得の一定量を現金で持つなら \(e_d=1\) だし、賃金が一定なら \(e_w=0\) だし、収益率が一定で限界収益と平均収益が同じなら \(e_ee_O=1\) だし、労働や設備が完全雇用なら\(e_ee_O=0\) だ。
- 32. 貨幣数量説を満たすためには \(e=1\) となる。このためには各種弾性値についていろんな仮定が必要になる。でも一般には \(e<1\) になる。
Section VII
- 33. これまでは、お金の量が短期の価格にどう影響するかを考えた。長期ではどうだろう?
- 34. これは純粋理論よりは歴史研究の世界。流動性選好が長期的におおむね一定なら、国民所得とお金の量との間におおざっぱな相関はあるかもしれない。金利が最低限以上なら、国民所得のうち人々がこれ以上は遊ばせておかないという比率があるかもしれない。その場合、お金の量が流通量に加えてその比率を超えたら、金利がこの最低限近くまで下がるかも。すると有効需要が上がって、あれこれで結果的に価格が上がるかも。その逆もある。
- 35. たぶんこれは価格が上がる場合のほうがスムーズ。お金の量が少なすぎる状態が続くと、たぶん通貨制度の変更などで対応することが多い。だから価格は上昇傾向が普通だ。お金があれば賃金は上昇するし、お金が少ないと、何とかして有効なお金の量を増やす手段が考案される。
- 36. 19世紀には、人口増大と新規発明と新しい土地の解放、自信と戦争の頻度のため、それなりに低い失業率と、かなり高い金利とが共存していたようだ。たぶん150年にわたり金利は5%くらいだった。そしてこれは、まあまあ低い失業率を保つだけの投資をうながした。
- 37. 今日も今後も、資本の限界効率関数は各種の理由でずっと低い。そこその失業率で押さえる金利は、あまりに低いものになるかもしれない。
- 38. 資産持ちが要求する最低金利はなかなか変わらない。雇用実現のためには、お金の量を操作するだけではすまないだろう。伝統的な手法では不十分になりかねない。
- 39. 話を戻すと、国民所得とお金の量との長期的な関係は流動性選好に左右される。そして価格の長期的な安定性は、賃金の上昇率が、生産効率の上昇よりどれだけ高いかで決まってくる。
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YAMAGATA Hiroo日本語トップ
2011.10.10 YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)
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