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ケインズ『雇用と利子とお金の一般理論』要約、15 章
山形浩生 (全訳はこちら)
15 章 流動性への心理的・ビジネス的なインセンティブ
Abstract
- 人が流動性(手持ち現金)を欲しがる理由は、ビジネス上の運転資金や生活資金、そして用心のための現金ニーズの他に、投機による現金需要がある。この投機需要が重要。
- 投機ニーズがなければ、ある程度の現金を手元にもっている人は、別に中央銀行が追加でお金を刷ろうが気にしないだろう。でも投機で常に市場を見ている人は、自分の将来的な金利見通しにしたがって、現金と債券を交換することで投機を行おうとする。そして、実際にお金が動くのは、人によって将来金利の見通しがちがうから。
- 投機をする人は、いま債券を買うか、それともとりあえずは現金を持って、将来金利が上がってから買うか、という選択をする。将来金利の不確実性が、こうした現金ニーズを高める。また、金利が下がるといま債券を買っても得られる儲けは少なくなるので、いまは現金を保有して将来の金利上昇に賭けたほうがいい。すると金利が一定以上低くなると、だれも債券を買わなくなり、中央銀行は金利をコントロールできなくなる。(流動性の罠とほぼ同じ話)
- 結局、金利は市場がどう思っているかで決まってしまうが、そこにあまり根拠はない。中央銀行がもっと長期短期あらゆる債券を買って金利のイールドカーブをはっきりさせれば、みんなそれに流されるだろう。
- ここでの議論の特殊解として、一般の貨幣数量説は存在している。現金の貯め込みがなくて完全雇用なら、貨幣数量説は成り立つ。
本文
Section I
- 1. 13章で導入した流動性選好の動機について、もっと詳しく分析しよう。これは本質的には、お金の需要という話で述べたことと同じ。また、お金の所得速度とも密接に関連している。ただし、流動性選好は所得の中だけの話じゃなくて、手持ちの貯蓄ストック全部で見るべきものだけれど。
- 2. 拙著『お金についての論考』では、お金に対する総需要には3種類あると述べた。でも実際にはそれは、まとめてプールされるし、貯蓄する人もきっちり区分してお金を持つわけじゃない。普通の分析では変にわけず、単一の総需要を考えたほうがいいことが多い。
- 3. でも本章では動機を考えるので、需要の種類を分けることにも意味がある。以下の通り:
- 4. (i) 所得動機:所得をもらってからそれを実際に受け取るまでのつなぎとして現金がいる。ここでお金の所得速度が効いてくる。
- 5. (ii) 事業動機:事業の経費を支払ってから、実際に売り上げが入ってくるまでのつなぎに現金がいる。(運転資金ってやつです)
- 6. (iii) 用心動機:突然物入りになったとき、あるいはたまたま大もうけのチャンスがあったときのための用心に現金を持っておく。
- 7. この三つはどれも、必要なときに現金を調達するのがどれだけ容易かにも左右される。一時的に銀行から引き出し過剰にしたりとかできれば楽。それが容易なら、手元に現金なんかいらない。また現金を手元におく費用も問題。儲かる資産の購入をあきらめる必要があるなら、あまり現金を持ちたくはない。ただしこれはあまり大きな問題にはならないはず。
- 8. (iv) 投機動機:これはあまり理解されていないし、お金の量の変化による影響を伝えるのにすごく大事なので説明。
- 9. 通常、取引や用心のために必要なお金の量は、経済全体の活動と所得水準で決まってくる。でも、金融政策の管理(または単にお金の量の変化)が経済システムに作用するのは、投機動機に対する作用を通じてなのだ。取引や用心からくるお金のニーズは、お金の総量が増えようと減ろうと、経済活動全般の水準にしか左右されない。でも、投機動機に必要なお金の量は、金利の変化に連続的な反応を見せる。これは満期期間の異なる各種債権や負債の値段を見るとわかる。
- 10. そうでないと、公開市場操作なんて機能するはずがない。通常は、銀行システムは市場で債券を少し高値で売ればすぐに現金が手に入る。債券を買えばその分だけ金利は下がる。
- 11. 投機動機を扱うときには、流動性関数そのものは変えないような、投機動機を満たすためのお金の供給増と、期待が変わって流動性関数自体が変わるために生じたお金の供給増とを区別すること。公開市場操作は、両方の働きを持つ。単にお金を供給するだけのこともあるし、中央銀行や政府の将来の方針についての期待を変えることもある。後者の場合、変化はそのとき限りになる。ただし、市場参加者の予想が多様だと、債券市場での取引は活発になる。
- 12. だから一番単純な想定で、全員が同じような予想をして同じような立場にいれば、状況や期待が変わっても、お金が移動することは全然ない。単に金利が変動して、お金の保有を変えたいなと思った当初の願望が相殺されるだけになる。そして金利が上がるとみんな、もう取引をする気はなくなるから、取引は起こらない。状況や期待の水準ごとにちがった金利の水準が対応して、実際にはお金は全然動かない。
- 13. でも、実際には状況や予想が変われば多少のお金の移動は生じる。これは、人によって予想や考え方や立場がちがうので、ほしいお金の量も様々に変わるからだ。でも、細かい個人差よりは、全員にかなり効いてくる金利変化のほうが本質的。
Section II
- 14. 取引や要因のために人々が持ちたがる現金の量は、投機動機による現金保有と無関係ではないが、ほとんど独立していると思っていい。
- 15. 取引と用心で必要な現金の量を \(M_1\) 、投機動機で必要な現金を \(M_2\) とする。それぞれに対応する流動性関数 \(L_1\) 、\(L_2\) がある。 \(L_1\) は主に所得水準で決まる。 \(L_2\) は主にいまの金利と期待の状態で決まる。つまり:$$M=M_1+M_2=L_1(Y)+L_2(r)$$
- 15(つづき). すると、ここで考えるべきなのは以下の三点: (i) \(Y\) と \(r\) に対して \(M\) はどう変わるか、(ii) \(L_1\) の形はどう決まるか、(iii) \(L_2\) の形はどう決まるか。
- 16. (i) \(Y\) と \(r\) に対して \(M\) はどう変わるかは、まず\(M\) のあり方による。\(M\) が黄金で、これを増やすには金鉱ががんばるしかない場合。この場合、\(M\) は直接 \(Y\) と相関する。とれた黄金は、まずだれかの所得になるからだ。
政府が、現時点の支出のためにお金を刷っている場合もまったく同じ。お金は、すぐにだれかの所得になる。でも、新しい所得水準は、\(M\) の増加をすべて吸収できるほど \(M_1\) を増やせない。だからお金の一部は他の買い物に使われて、取引や要因のために人々が持ちたがる現金の量は、投機動機による現金\(r\)は下がって \(M_2\) が増え、同時に \(Y\) が刺激されて増え、新しいお金は \(M_2\) か、\(r\) 低下で生じた \(Y\) の増加に伴う \(M_1\) に吸収される。
するとこれは、新しいお金の発行には銀行システムの融資条件を緩和して、だれかが銀行に負債や債権を売ってかわりに現金を手に入れたいと思うしかない場合と同じになる。
- 17. だから、後者が通例だと思ったほうがいい。つまり \(M\) の変化は \(r\) を変えることで操作できる。\(r\) を変えると、\(M_2\) が変わり、また \(Y\) 、ひいては \(M_1\) が変わる。
- 18. (ii) さて、お金の所得速度を \(V\) とすると、\(L_1\) は次のように書ける:$$L_1(Y)=\frac{Y}{V}=M_1$$
- 18つづき. \(V\) は銀行や産業組織や社会慣習などで変わる。でも短期で各種要因があまり変わらないとすれば、\(V\) をほぼ定数と考えていい。
- 19. (iii) \(M_2\) と \(r\) の関係。13章で見たように、\(M_2\)保有につながる流動性選好 \(L_2\) の必要があるのは、将来の金利が不確実なため。すると、 \(M_2\) は \(r\) の水準そのものでは決まらない。それが安全な \(r\) からどのくらいずれていると思われているか、ということで決まる。
それでも、\(r\) が下がると \(M_2\) が増えると思っていい。世間の考える安全な \(r\) から金利が下がるにつれて、流動性低下のリスクが生じる。
また\(r\) が下がると流動性を見送ることから生じるいまの収益が減る。この収益は資本勘定の損失をカバーするための保険料のような形で存在し、古い金利の2乗と新しい金利の2乗の差に等しくなる。たとえば、長期債の金利が 4% なら、確率的に見て長期金利がそれ自体の4% (つまり\(4\% \times 4\%=0.16\%\)) より急速に上昇する恐れがない限り、その債権を買ったほうが得、ということになる。でも金利が 2% とかものすごく低くなると、そういう可能性が容易に生じるから、みんな債券より現金を持ちたがる。
- 20. つまり金利というのは、大いに心理的な現象だ。本書の第V巻では、完全雇用を実現する水準以下では、均衡金利は実現しないことを示す。完全雇用水準以下だとインフレが起きて、現金がいくら増えても \(M_1\) に吸収されてしまうから。でも完全雇用水準以上の金利だと、長期金利は金融当局の現在の政策だけでなく、その将来の政策に関する市場の期待に依存する。
短期金利はコントロールしやすい。政策が短期的にはあまり変わらないのは自明だし、そこからの潜在的な損失は各期の収益率と比べれば小さいから。でも、長期金利は、いったん「安全でない」と思われる水準以下に下がったら、なかなか動かないかもしれない。
たとえば金本位制の国だと、他の(金本位制の)国で見られる金利以下の長期金利というのは、その国の経済に対する信頼欠如を示す。でも、その国で完全雇用を実現するための金利というのは、金本位制による長期金利よりずっと低いかもしれない。
- 21. すると、あまりに実験的な金融政策や、すぐに変わりそうな金融政策は、長期金利引き下げに失敗しかねない。\(r\) がある水準以下になったら \(M_2\) が無限に増大しかねないから。でも同じ政策でも、強力な機関によって決然と行われたら、あっさり成功するだろう。
- 22. あるいは、金利というのは心理的というよりは因習的、惰性的な現象というべきかも。長期金利は、どんな水準だろうと、市場がそうなると思う水準に落ち着くんだから。むろん\(M_2\) が\(M\) より急激に上昇していたら金利は上がる。でも市場の思い込み次第では、完全雇用には高すぎる水準で何十年も続くことだってあり得る。
- 23. だから、因習にひきずられた高金利と、資本の限界効率がとても不安定な状況で、有効需要を完全雇用実現に足りる水準に保つのは、とてもむずかしい。
- 24. これだけだとあまりに悲観的なので、ちょっと希望的なことも。因習というのはきちんとした知識の裏付けがないからこそ、金融当局がある程度しっかり揺るがない一貫した政策をとれば、あっさり変わることもある。世論は金利がちょっと下がってもすぐ慣れるし、市場の期待もそれにあわせて変わる。イギリスが金本位制を捨ててからの長期金利低下は、このおもしろい実例だ。金利はなめらかに下がらず、何度かドカッと急激に落ちた。みんなの流動性関数が変わりきったところで、次の金利低下が起きたんだろうね。
Section III
- 25. まとめよう。人々は、取引や用心のために必要な金額以上の現金を手元に置きたがる。でもその潜在的な希望に対して、実際に持てる現金の上限は、金融当局がどれだけお金を刷るかで決まる。この潜在性は流動性関数 \(L_2\) にまとめられる。
- 26. だから他の条件が一定なら、金融当局が刷るお金の量に応じて、債券の満期ごとにある金利が決まってくる。これが意味を持つためには、お金の量の変化と金利変化とに直接の結びつきがないとダメ。でも、銀行システムや金融当局は、お金や債券を売買するのでそれがこの結びつきになり得る。
- 27. 金融当局がいろんな期間の債券売買をするなら、期間ごとの金利水準とお金の量は直接関係してくる。各種の金利水準は、銀行システムがその期間の債権をいくらで売買したいか、というだけの数字。そしてお金の量は、その金利でなら流動性を一定期間手放していいと思う個人が手放す債券の量だ。
- 28. でも今日の実態では金融システムの中での債券価格には結構変動がある。ある価格での売買は均衡するはずなのに、売りばかりになることがある。また、金融当局は短期債ばかり取引して、長期債には手を出さない。長期の金利は短期金利からにじみでる影響に任せている。でも、別に短期債しか売買しちゃいけない理由はないのだ。
金融当局が短期債のオペしかしないと、話はそれなりに変わる。短期債の価格が長期債の価格(現在と将来)にどう影響するかを考えないと。
- 29. つまり金融当局が期間ごとの債券利率に及ぼせる影響には、限界がある。その原因を以下にまとめる:
- 30. (1) 金融当局が、扱う債券の種類に自分でなにやら制約を設けていたら、影響力も制約される。
- 31. (2) 金利が一定水準以下になったら、あまりに金利の低い債券を持つより現金を持つほうがいいとだれもが思ってしまう可能性がある。この場合、金融当局は実質的に金利をコントロールできなくなる。ただし、過去にはこんなことが起きた例は知らない。そしてもしこんなことが起きたら、当局は名目金利(とても低い)で銀行システムから無限に借り入れができることになる。
- 32. (3) 流動性関数が平らになってしまって金利安定が完全に崩壊した例は、異常な状況とはいえ存在する。第一次大戦後のロシアと中欧では、通貨危機のためにだれもお金や債券を持とうとせず、金利をいくらあげても通貨価値がもっと下がると期待されたために、資本の限界効率に追いつけなかった。アメリカでは1932年に、逆の危機がおきた。みんなが流動性を求め、現金を手放そうとしなくなった。
- 33. (4) 最後に、借り手と貸し手のマッチングの問題がある。金利が下がっても、貸し手が負担するリスク(特に意図的な踏み倒しリスク)や手数料がその分だけ下がるとは限らない。すると、金利そのものは下がっても、実際の債券や債権の値段は、一定水準以下には下がれない。不正直な借り手は、中央銀行の行動とは無関係に存在するし、短期の銀行融資は、手数料分として顧客に 1.5-2% くらい金利を課さざるを得ない。
Section IV
- 34. きちんとした話は21章でするが、ここでの議論と貨幣数量説との関係を見ておこう。
- 35. 将来の金利にまったく不確実性がない社会を考える。このとき、流動性関数 \(L_2\) (現金貯め込み性向とでも言おうか) はゼロになる。すると、\(M_2=0\) なので \(M=M_1\) だ。さて、総所得を \(Y\) とすると、お金の所得速度 \(V=\frac{Y}{M_1}\) だから、上を代入して移項すると \(MV=M_1V=Y\) になる。で、現在の産出量を \(O\) として、その算出の単位価格を \(P\) とすれば、\(Y=OP\) になる。よって、\(MV=OP\) で、これは見慣れた貨幣数量説。
- 36. 現実世界への応用でいえば、貨幣数量説は産出の変化に伴う価格変動と、賃金変動に伴う価格変動を区別しないのが痛い。なぜそうなったかといえば、現金貯め込み性向なんてものを想定しなかったのと、完全雇用を想定していたことがあるんだろうね。
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2011.10.10 YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)
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