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ケインズ『雇用と利子とお金の一般理論』要約、11 章
山形浩生 (全訳はこちら)
第IV巻 :投資をうながすには
訳者の説明
この第 IV 巻は、III巻と並んで『一般理論』のメインディッシュ。金利についての議論を、流動性選好の話と資本の限界効率から導き出し、失業が発生するのは信用貨幣を使っているせいだという議論を展開。お金がなぜ特殊か、その性質がなぜいろいろな現代経済の特徴を生み出すのかについて論じている。
- 第 11 章:ある設備投資をしたら、それがどれくらい長期的な生産を増やすかを、投資の見込み収益という(むろん将来予想収益を現在価値換算してね)。通常は、この見込み収益の率が金利と等しくなるまで投資が行われる。
- 第 12 章:見込み収益は、人間の心理状態で変わる。昔は見込みなんか計算せずアニマルスピリットで勝負一発の投資だった。今日では株式市場が見込み収益を毎日評価しているはずだが、投機的な要因が多くて、みんなお互いの顔色ばかり見て乱高下する。
- 第 13 章:金利は、所得のどれだけを未来の消費にまわすか(つまり貯蓄するか)を決めるのではなく、その未来にまわす分を現金で持ちたいかどうか(流動性選好)で決まる。そしてこれは、将来の金利見通しで投機的な判断を通じて変わる。この仕組みを通じて、お金の発行量が金利を左右する。
- 第 14 章:古典派の理論では、投資需要と貯蓄意思を均衡させるのが金利とされるが、この二つは独立でないのでこの理論は変だ。それに、お金の総量を金利に関係づける仕組みもない。
- 第 15 章:人が流動性(手持ち現金)を欲しがる理由は、ビジネス上の運転資金や生活資金、そして用心のための現金ニーズの他に、投機による現金需要がある。この投機需要と人々の将来見通しのちがいが債券市場を成立させ、お金の発行量と金利を関係づける。これは心理的な要因が大きい。ただしその心理に根拠はないから、当局の決然とした動きはそれを大きく左右する。金利が下がり過ぎると流動性の罠が生じる。
- 第 16 章:そのままだと、資本設備のリターンは設備が増えるにつれて下がり、金利と等しくなったら新規投資はなくなってしまう。こうなると、金利生活者は成り立たなくなる。ただしその場合でも、各種のリスクを負担することで得られる収益はある。
- 第 17 章:さていろんな財の中でなぜお金だけが特殊なのか? お金はほかの財にくらべて、勝手に作れないということ、代替がきかないこと、いくらでも貯蔵できることが特徴。小麦で計った小麦の利率とか、計算できなくはない。でもいまの条件から見て、お金より利率は低くなり、みんなお金のほうを貯蓄手段として選ぶ。お金は、みんなが契約でお金を基準にするとか、賃金がお金をもとに下方硬直性があるとかいう点から、流動性が保証されている。そこには、上の各種条件も効いてくる。でも、お金が一番利子率が高いために失業が発生する。
- 第 18 章:一般理論をざっとまとめる。すべては消費性向と投資の限界効率スケジュール、金利で決まる。また経験的にみた経済の状況――上下動するが最高にも最低にもならない――も、各種の心理的な条件から考えて妥当。ただしそれは、絶対不変ではないことに注意。
11 章 資本の限界効率
Abstract
- ある設備投資をしたら、それがどれくらい長期的な生産を増やすかを、投資の見込み収益という。通常は、この見込み収益の率が金利と等しくなるまで投資が行われる。
- このときの見込み収益は、今期だけでなく、将来すべての期間の収益を現在価値換算して使うこと。それがないと、将来についての期待を現在に反映させる仕組みがない。
- インフレ期待があると投資が増えるのはまさにこの仕組みによる。
本文
Section I
- 1. 投資して資本設備を買うというのは、それを使って得られる生産物を売って得られる、期間 \(1, 2, ….n\) の一連の期待収益 \(Q_1, Q_2....Q_n\) を懐に入れる権利を買うということだ。これを投資の見込み収益と呼ぼう。
- 2. 一方で、その資本設備の供給価格がある。これはその設備の市場価格のことではないことに注意。その設備をもう一基作ろうとメーカーが思う価格、つまり一般に置き換え費用と言われるもの。
この設備の見込み収益と供給価格との関係は、その種の設備についての資本の限界効率だ。厳密には、見込み収益の割引現在価値と供給価格を等しくする割引率が、資本の限界効率だ(訳者:まあ内部収益率 IRR と同じ発想ですね)。
- 3. ここで、見込み収益はあくまで期待であり、供給価格は現在の実際の価格だということに注意。
- 4. ある種の設備への投資が増えると、その資本の限界効率は下がる。投資で(競合が増えるから)その種の設備で得られる見込み収益は減るし、またその設備への需要が増えるので、供給価格は上がるから。いろんな設備について、投資関数を考えてそれをまとめると、設備一般について投資の限界効率の関数が計算できる。これを投資需要関数と呼ぼう。
- 5. さて、どの種類の投資であっても、限界効率はその時の金利を上回るはずはない。つまり投資の水準は、資本の限界効率と市場金利とが等しくなる水準となる。
- 6. 今のを言い換えよう。r期の見込み収益を\(Q_r\)であらわす。で、r期における1ポンドを、現在の金利で現在価値に割り戻した金額を\(d_r\)とする。すると\(\Sigma Q_rd_r\)は、設備の供給価格と等しくなる。
- 7. ここから、投資をうながすには、投資需要による部分と金利による部分とがあることがわかる。これを統合するのは、この第IV巻の最後まで待ってね。ただ、見込み収益や資本の限界効率から金利は導けないことだけは覚えておいてほしい。金利はほかのところから導く必要がある。
Section II
- 8. 資本の限界生産性とか効率とか効用という用語はよく見かけるけど、なかなかきちんとした定義が見つからない。
- 9. まず、設備を一単位増やしたことで、一定期間の物理的な生産量(トン、キロ、個、等々)がどれだけ増えたか、という話なのか、それとも設備を一単位増やしたことで一定期間の価値増加がどれだけか、という話なのか。小麦何トンとか言えなくもないが、他と比較するには価値換算せざるを得ないと思うけど、しばしばあいまいだ。
- 10. さらに資本の限界効率というのは、絶対値で見るか比率で見るか? 金利と比べるから比率であるべきだと思うが、しばしばあいまい。
- 11. あと、価値の増分を見るとき、今期だけを見るのか、その後耐用年数ずっとの価値増分を見るのか。\(Q_1\)だけ見るのか、\(Q_1, Q_2...Q_n...\)まで見るか、ということ。なんか既存文献は\(Q_1\)だけ見ているが、それだと経済理論における期待の役割が見えてこない。
- 12. こういう話は既存文献では実に不明瞭。マーシャルの『経済学原理』を見ると、たぶんいま言ったようなことがわかっているらしいけれど、そう思えない部分もある。
- 13. フィッシャーも『利子の理論』で「費用に対する収益の比率」ということばで、ぼくの言ったのと同じことを言っている。
Section III
- 14. この話でいちばん深刻な混乱は、これが資本の見込み収益を考えるのであって、今期の収益だけを見るんじゃないのだ、ということを見落とすこと。同じものの生産コストがどんどん下がることが予想されていたら、資本の限界効率は今日の時点で下がるでしょう。
- 15. お金の価値の変動についての期待も、こういう仕組みで現在の産出を左右する。お金の価値が下がると思ったら、投資が(そして雇用が)刺激される。お金の価値が上がると思ったら、その逆だ。(訳注:つまりインフレ期待は投資を刺激する!)
- 16. これはフィッシャーやピグーの本でも指摘されているけれど、お金の価値変動が事前に期待されたものだ、というのを明示していないので意味不明になっている。
- 17. お金の価値の変動予想が、資本ストックの限界効率に作用するのではなく、金利に直接影響すると想定してしまったのがフィッシャーやピグーの難点。お金の価値低下による物価高がいきなり金利を上げたら、高金利は通常は投資を抑えるはずだから変でしょう。でも実際にはまず見込み収益が上がるから、投資は促進されるのだ。
- 18. 金利低下が予想された場合には、資本の限界効率は低下する。今日の設備で生産されるものは、将来の低い金利の設備で作られるものと競合せざるを得ないから。
- 19. とにかく、設備投資の限界効率が、将来の期待で左右されることを理解するのはとても重要。このために交易サイクルを生み出す大きな限界効率変動が生じる。詳しくは第22章で。
Section IV
- 20. 投資の規模を左右するリスクには2種類あるけれど、これまではごっちゃにされてきた。一つは事業者(または借り手)のリスク。期待通りの収益を得られるかわからない、という疑念から生じる。自腹の投資なら、リスクはこれだけ。
- 21. でも借金して投資するときには、二番目のリスクが生じる。これは貸し手のリスク。お金を貸したら踏み倒されるかも、というリスク。あと、第3のリスクとしては通貨の基準が変わることで、これによりお金は実物資産よりちょっとリスキー。でもこれはあまり大きくない。
- 22. 第1のリスクはほんものの社会的費用だが、事業予測の精度が増すと減る。二番目のは、ある意味で第1のリスクと重複した部分もある。貸し手も、事業の成功を気にするから。
- 23. これは通常は大した問題じゃない。でもひょっとしたら重要になる場面もあるかもしれない。バブル期には事業者と貸し手の両方がリスクを過小に見積もることになってしまうとか。
Section V
- 24. 資本の限界効率スケジュールはとても重要。将来についての期待はこれを通じて現在に作用するから。だから、今期の収益だけを見るのでなくて、将来の収益すべてを現在価値にして見ること。
- 25. いまの経済学は、定常状態しか考えていないので、今期だけ見ていても話が通ってしまう。でもそれが、いまの古典派経済学の非現実性をもたらしている。ここで述べたような概念を入れると、古典派経済学にあまり手を加えなくても、現実性が増すのでは?
- 26. 経済の未来と現在とは、耐久設備の論理でつながっている。だから、将来の期待が現在に働きかける経路は、耐久設備の置き換え価格を通じてなのだ。
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YAMAGATA Hiroo日本語トップ
2011.10.10 YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)
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