CYZO 2008/01号。表紙は 山形道場 第 103 段

今月の断想:天下りの別の効用

(『CYZO』2008 年 01 月)

山形浩生

要約: 天下りは悪いこととされるけれど、でも政治家が自分の人気取りで勝手なことをさせず、公共サービスが長期的に維持されるよう突っぱねるところは突っぱねるだけの力を得るためには、OBが天下って、政府に対してそれなりのくちごたえ力を確保することも重要じゃないかな。それができないから某国の電力会社とかボロボロよ。



 ぼくがいま仕事をしている某途上国は――いやそこに限らず、多くの途上国は似たような状況だが――電力需要の急激な増加に対して、設備の増強が追いついていない。新しい発電所もいる。送電線や配電線ものばさなきゃいけない。古い設備の改修も進めなきゃいけない。それに加えて最近では原油価格が高騰し、火力発電所の発電費用もうなぎのぼり。

 本当ならこれに対して「かくかくしかじかの事情ですから電気料金を上げますね」ということになる。コストを負担できるだけの収入がなければ、電力会社も経営がなりたたなくて倒産してしまう。必要な投資が先送りされて、あちこちで停電が起こり、各種工場も操業が危うくなってヘタをすると移転してしまい、雇用が失われ、経済や社会にも大きな影響が出る。

 ですからちゃんと料金上げましょうね、というのが当然の答えではあるんだが……これに対して必ず出てくるのが「いや料金を上げたら人々の生活が圧迫される、けしからん」という話だ。貧しい人々はそんな金は払えない、絶対反対、電力会社が負担しろ、という話になる。そして救われないことに、政府や政治家たちが(特に選挙前になると)まさにそういうことを言い出して人気取りをしようとする。さらにはちょっとした汚職や業務上のまちがいを見つけて鬼の首をとったように騒ぎ、電力料金を上げるよりも電力会社が無駄をなくせばいいのだ、なんて議論が得意げに展開される。日本でもよく聞かれる議論だ。

 もちろん汚職も無駄もあるにはある。でも全体から見れば微々たるもの。発電コストの八割を燃料費が占め、それ以外も設備投資の占める部分が多い事業では、多少の「無駄」をなくしたところで、費用が半減したりするわけじゃない。そして電力会社はそれをちゃんと主張して料金引き上げを実現しないと先がないんだが……

 でも多くの途上国で、電力会社は政府の完全な配下にある。政府に対してちゃんと反論したり、その意見に逆らったりすることはできない。ちょっとでも逆らえば社長が翌日にはクビになったりするような事態が平気で起こる。電力会社は政府の意向にずるずる引きずられ、必須の料金引き上げも実施できず、費用はかさむ一方で、サービスはさらに低下し、するとこんどは「サービスが劣化しているのに料金を上げるとは何事か」という議論になり、料金引き上げの話自体がむずかしくなる。これもどっかで見かける図式。結果として電力会社はものすごい赤字をしょいこまされ、赤字がひたすら積み上がり、バランスシートがほとんどお笑いのような代物となり、債務超過なのはだれも知っているけれどそれを政府貸付や政府出資などで帳尻をあわせ、というどうしようもない状況となる。

 さてぼくは、以前に官僚の天下りも悪いことばかりじゃないという話をしている。それは官僚のやる気を出させるインセンティブとして、それなりに有効なんじゃないか。と。だが途上国の電力業界の状況を見ると、天下りには別のメリットがあることがわかる。もし電力会社がエネルギー省の天下り先になっていたら? エネルギー省の現職の役人たちは、天下り先OBたちに対してそんなに強いことは言えない。またOBたちのほうも、官僚たちに対してはっきり意見も言いやすくなる。現役の官僚たちも、天下り先がまるっきり経営のなりたたない赤字付け企業になって、解体とか民営化とかいう話が取りざたされるようになっては困るはずだ(もちろん旧国鉄のような例はあるので鉄壁ではないけれど)。安定した天下り先は確保したいと思うだろう。するとそんなに無茶はいわなくなるはずだ。必要な料金引き上げを認めるのも、今よりはやりやすくなるはずだ。

 それを見て国民はもちろん文句を言うだろう。佐高信みたいなやつが出てきて、官僚と天下り先が癒着して国民の生活を圧迫しているとかなんとか、ケチをつけることだろう。でも、いったい社会全体のためによいのはどっちなのかな。

近況:あけましておめでとうございます。その国からドバイ経由で戻ってきましたが、あそこも必ずしもいい状態ではないなあ。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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