山形道場 第 104 段

今月の喝ではなく断想;ポル・ポトをめぐる本多勝一

(『CYZO』2007 年 12 月)

山形浩生

要約: 本多勝一はかつてポル・ポト政権を賞賛していており、そしてベトナムの情報をそのまま垂れ流すことで事たれりとしていた。でもかれは純粋に社会主義を信じ切っていて、社会主義同士が争うなんてことが理解できなかったらしく、一時は明らかに困惑しきっていた。かわいそうに。そのまま自分の軌跡を見直すことなく、いまのだらしない姿に堕してしまったのは残念だが。



しばらく前から、ポル・ポトの伝記翻訳の最後のゲラチェックに入って、ついさっきそれを送り返したばかり。来年早々には本になるんじゃないかな。

 さてその中で、日本におけるクメール・ルージュ報道についてちょっと調べていたんだが、そこでどうしても出てくるのが、本多勝一という人物だ。

 本誌の読者に、本多勝一といってどれだけなじみがあるのかはわからない。今だと週刊金曜日の編集委員として一番有名なのかな。日本を代表する左翼ジャーナリストの一人で、クメール・ルージュによるカンボジアでの虐殺を詳細に報道し、内臓をえぐりだされた死体写真を朝日新聞に得意げにしこたま載っけて、ぼくは一時飯が食えなかった記憶がある。そして、クメール・ルージュの蛮行はかくもひどいもので、それを否定しようとする連中は人間のクズだとでもいわんばかりの文章を書き散らしていた。

 だが実は、その三年ほど前に当の本多勝一自身が、クメール・ルージュによる各種の虐殺報道について、デタラメだ、アジアについてわかっていない、カンボジアの革命政府が人民を虐げるわけがない、と口を極めてののしっていたのだった (*1)。そして、突如として態度を豹変させた後は、作品集に収録された過去の文章を改竄し、あるいは削除し、それを追求されてもまともな回答すらしていない。

 これが姑息で不誠実な行動なのはだれが見ても明らかだ。さらに、この一連の変節ぶりは、見事なまでにベトナムの思惑通り。本多勝一が反クメール・ルージュ報道を始めたのはまさにベトナムのカンボジア侵攻前夜。ベトナムとして侵攻の正当性を世間に訴えたかった時期だ。もともとこの地域のかれの報道は(北)ベトナム政府べったりで、ベトナム軍がいかに清廉潔白で、ホー・チミンがいかに聖人君子であるかというような赤面するようなプロパガンダを平然と垂れ流し続けていたし、またカンボジアについての情報をまとめた『カンボジアはどうなっているのか?』も、ベトナム政府に便宜をはかってもらって情報を得てそれを流しているだけ(当時の状況からして、それは悪いことではなかったのだけれど)。

 ただ、この『カンボジアはどうなっているのか?』を見ると、本多勝一は、明らかに事態に困惑している。かれの頭の中には基本的に、アメリカ帝国主義vs革命的人民の社会主義勢力、という単細胞な図式しかなかったようで、ベトナムとカンボジアの革命政府同士が対立するなんてことは、まったく想定外だったようだ。結果としてこの本は、いろいろ難民の話をそのまま書きつつ、どう解釈していいかわからない。そして社会主義国がちゃんと取材をさせてくれないとか、社会主義同士で対立が起きているのは変だとか、社会主義だからというだけでほめるのはよくないのではとか (*2)、今更のような基本的なことを書き連ね、だから「『保留』以外にない」と逃げる。また、自分がベトナム側だけの情報に頼っていることについて弁明しつつ、その一方で「カンボジアについての黒い噂がすべてデマで、実は『すばらしい社会主義国』になっているとしたら」という未練たらしいタラタラの希望をついつい書いてしまう。

 かわいそうに。たぶんショックだったんだろう。本多勝一は、この時点で自分のやってきたことを、見直せる分かれ道にいた。多くの左翼は(きっかけこそちがえ)そこで正気に返ったりもするんだけれど、本多勝一は結局自分の中で社会主義をきちんと評価しなおすことができず、それをあいまいにごまかしたまま、反米とか反企業とかいったそつないお題目に逃げ込んでそれっきりとなってしまった。でも、かれがこの『ポル・ポト』を読んだらどう思うのかな。自分が図らずも果たしていた役割について、何か思うところはあるだろうか。少しきいてみたい気もする。

近況:日本に一週間だけいてすぐガーナ。それにしても、どうして敢えて行きたくもない国に限って、査証だなんだと手続きがうるさいんでしょ。

*1 本多勝一「欧米人記者のアジア人を見る眼」、『貧困なる精神 第3集』(すずさわ書店、1975)初刷pp.191-200. 現在販売されている版では、この文章は削除されている。

*2 本多勝一『カンボジアはどうなっているのか?』(すずさわ書店、1978)pp. 302-6.


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