山形道場 第 95 段

今月の喝!……ではなく悟り:人類の大規模な宇宙進出はありえない

(『CYZO』2007 年 04 月)

山形浩生

要約: 地球人口は今後、せいぜい倍になるくらい。全部地球上におさまるので、わざわざ宇宙進出しようという人はいないだろう。故郷を捨てて新天地に挑もうというのは、昔から故郷で絶望的な状況におかれた人々だったんだから。先進国は植民するどころか、母国の人口すらなんとか補わないとイケナイ状態。すると、もうかつての楽しい宇宙開発の夢はあり得ないということだ。



  先日、レイ・カーツワイル『ポスト・ヒューマン誕生』(NHK出版)を読みながら、ぼくはふと気がついてしまったんだよ。かつての人類のSF的な夢の多くは、もはや絶対に実現できないことが確実になってしまったということに。

  ぼくがガキの頃、人類は21世紀になったら、とっくに宇宙に進出しているはずだった。月への移住、火星への植民。そのまま太陽系外にまでその活動範囲を広げ、何光年もかなたのいろんな世界に人類は広がるはずだった。でも――もはやそんなことは起きないことが確実となってしまった。地球の人口はいまだに増加を続けてはいるけれど、もうその伸び率はだんだん鈍化する。人口はがんばっても今の倍くらい。経済が豊かになり、教育が普及すればするほど、あらゆる国で出生率は落ちる。そんな状況で、月に移民するほどの人が確保できるか? 火星や新しい星に植民するほどの人口が確保できるだろうか?

  たぶん無理だろう。ましてその外の広い宇宙に出て行きたがる人がいるだろうか?

  かつての移民たちの記録を見ると、そのごく一部は狂信、そしてほとんどは地元での絶望的な状況――貧困そして/あるいは迫害――があってこそ移民している。飢餓に見舞われたアイルランドからのアメリカ移民。日本で隷属状態に置かれていた次男三男たちのブラジル移民。地元にまったく希望が持てなかった人々だけが、何もないところにわざわざ出かけて新しい生活を築こうなどという無謀な試みに乗り出す。フィリップ・K・ディックの小説の多くでは、火星やアルファケンタウリ等への移民は、地球の人口過剰に伴う絶望的な下層階級の存在があるために成立しているでしょう。かれは、そこらへんの状況がわかっていた。今ここでそこそこの生活を実現できている人は、そこを捨てようなどとは思わないということを。

  今後の世界人口が、せいぜい今の倍にしかならないのであれば、たぶんその人たちをすべてこの地球上に収めることは十分可能ということだ。もちろん多少のもめごとや紛争はまだまだ起こるだろう。水やエネルギーの取り合いも、多少は起きるかもしれない。でも大したことにはならない。カーツワイルのように、ナノテクがそのすべてを解決してくれると思うほど楽天的ではないにしても、市場原理と技術進歩の組み合わせで対応可能な範囲だと思う。地球上では絶望で、宇宙に飛び出さないとまったく居場所がないような人なんていうのは、たぶん生まれることはないだろう。火星に移住するのと、アフリカ奥地に移住するのとどっちがいい? ぼくはたいがいの人は後者を選ぶと思うのだ。

  すると――もうスペースコロニーなんてのが作られることはありえない。そんなところに人が住む理由がないんだもの。ガンダムの背景となるような世界は決して来ない。そして、話はそんな SF やアニメのリアリティなんかではとどまらない。現実の宇宙開発も、実験や通信、部分的な資源探査を除けば、たぶんあまり発達する余地がないんじゃないか。輸送手段を作ったところで、運ぶ先が生まれる見込みは将来的にほとんどないんだもの(資源探査だけは可能性があるけれど)。ぼくたちが思い描いた光速・亜光速宇宙船だのワープ航法だのも、開発されたところで出番はないということだ。

  唯一可能性があるとすれば、カーツワイルの予言するような、ナノテクとAIによる死なない人々が大量にできて、かれらが飽きて「別の世界にでも出て行くか」と思い始めることかもしれないけれど、でもカーツワイルによれば、そういう人たちは AI としてシミュレーション世界に生きることで十分に満足できるらしいし……。

  すると、なんだ。つまるところ結局、ぼくたちが20世紀後半に思い描いていた未来は、やっぱりここでも成り立たないということだ。つまんないの。

[近況] 宇宙開発なんかとは程遠いガーナの奥地で、ふとこんなことに思い当たるというのも不思議なものです。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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