CYZO 2005/08号。表紙は山崎真実。なんか老けたね。 山形道場 復活第 ?? 段

今月の喝……ではなく期待! 世界銀行の方向性について。

(『CYZO』2005 年 8 月)

山形浩生



 先日、世界銀行の総裁がひっそりと交代した。旧総裁のウォルフェンソンにかわって、新総裁になったのは(名前が似てて混乱しやすいんだけど)あのアメリカのネオコン筆頭格ウォルフォウィッツ。マイケル・ムーアの『華氏九一一』を見た人なら、冒頭でしきりに髪をとかしていた気持ち悪い人を覚えているかもしれない。あの人だ。そしてその就任とほぼ同時に、世銀内部の監査報告みたいなのが出た。これまでの貧困削減や社会問題重視の方向性はもうダメ、やっぱりインフラ融資をばりばりやって途上国の経済成長を重視したほうがいいよ、という内容だ。なんとなくこれで、新総裁の下での世銀の方向性がちょっと見えてきた感じではある。世銀はこれで、やっと正気にかえってくれるんじゃないだろうか。

 前総裁は、世界銀行の力点を大きく変えた。それ以前の途上国援助は、高速道路やダムや発電所や灌漑施設など大規模インフラに投資することで経済成長を即すことだけ考えていた。でも大規模インフラは土建屋さんと地元政治家結託による汚職の温床になりやすくて、無駄なインフラがたくさんできるばかりでちっとも経済成長につながらず、一部の特に金持ちだけが利権で潤って貧乏な下々の一般国民には何の恩恵もないことが多かった。それに政府のてこ入れで経済成長を実現する、というのが、八〇年代のサッチャリズムやレーガノミクスで流行らなくなってきたのもある。やっぱこれからは小さな政府でしょ、インフラは民営化でしょ。経済発展は市場経済化すれば自然に実現される、世銀が余計な金を貸すと、政府が余計な市場介入してかえって経済発展が阻害されるのでは? そこで前総裁は、もうインフラ投資やめた、経済成長は市場に任せる、うちはもう底辺の貧困層に最低限の生活水準を実現させることだけ考えます、と宣言した。医療とか教育とか井戸とか基本的な農道とかね。

 でも今回の世界銀行内部の報告は、これが失敗だったと述べている。まあ考えてみればあたりまえのことだ。経済成長しなければ、パイは同じ大きさのまま。それで底辺の貧困層が豊かになれば、上のほうは多少なりとも下がるしかない。それに政府が何もしなきゃ勝手に経済発展が実現されるなんてこともない。アジアを見ても、貧困削減が実現した国はちゃんと発展してるし、そういう国ではたいがい政府がしっかりインフラや市場環境を整備してる。そのうち世銀内部のエコノミストでさえ、貧困削減には成長が必須ですよ、という論文をたくさん書いて造反しだした。それともう一つ:世界銀行も一応は銀行なので、お金を貸して利息を取るのが商売だ。でも底辺の福祉とか教育とか、規模が小さいしお金がとれないから、世界銀行としても商売にならないんだよね。

 というわけで、ちゃんと成長考えましょう、インフラにも投資しましょう、というのは関係者すべてにとってありがたい話だ。ウォルフォウィッツが総裁に決まったときは、これで世銀は完全にネオコンの手先になる、なんていう悲観的な見方もあったし、またこの内部の提言を受けて具体的な方針転換がどうなるかもわからないけれど、欧米の親玉は企業でも役所でも前任者と差をつけて自分の特色を際だたせたがるから、たぶんインフラと成長重視の方針がだんだん出てくるんじゃないかな。そうなってくれたらぼく的には大拍手だ。ついでに、世銀が各国におしつけている貧困削減戦略ペーパーと称する無意味な作文を廃止してくれたらもっと大拍手だけれど、このネタはまたいずれ。あとは今、音楽屋とかが嬉しそうにやってる債務削減運動とかが、新規融資の足かせにならないことを祈りたいけれど、このネタもまたいずれとりあげよう。



近況:ガーナでワニの尻尾をつかんできました。ガーナでは、ワニの尻尾をつかめば不可能なことはなくなると言われているそうですので、これで無敵です。



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