すでに旧聞だろうけれど、マイケル・ムーアの『華氏九・一一』を見てきましたよ。いろんな人が奥歯にもののはさまったような物言いをするから、つまらないのかと思ったら、いやすばらしくおもしろいじゃないか。『ボウリング・フォー・コロンバイン』には劣るとか、前半が説得力ないとか、ネットでハンチクな批評をあれこれ読んだけど、何を言ってるんだ。あの主演男優のスーパーぼけ演技は、『コロンバイン』にはなかった求心力を作品に与えていたし、『コロンバイン』の強引さ(軍需工場と学校乱射事件の関係をにおわせた部分もそうだし、労働者の待遇問題の部分は浮いていたし)に対して今回はすべてがきっちりかみ合っている。論証が十分でないとかデマだとか、聞いた風な口をきくレビューもたくさん見たけれど、そういう連中は一人として自分では証拠をチェックしたわけじゃないのだ。ポール・クルーグマンのコラムでも合わせて読んでごらん。多少勇み足はあれ、マイケル・ムーアが言っていることはほぼその通りだよ。宮台真司は、ムーアがブッシュ陣営と同じ手口を使ったと非難している。どこが同じなんだよ。大量破壊兵器をはじめ、基本的にウソとごまかしを中心にプロパガンダを構築したブッシュ陣営と、基本は事実を中心に話を構築したムーアとでは全然ちがう。それを笑いあり、涙あり、突撃レポートありの見事な映画にまとめあげた手腕のどこにケチがつけられるというんだろう。
その表現も、ぼくは見事だと思う。あの誰もいない海岸の警備員を使った、対テロのお題目の空疎さの描き方。そして何よりあの息子がイラクで戦士したおばさんがホワイトハウスにでかけていく場面。そこにはバカを絵に描いたような職業サヨク反戦活動家が、見た人に反感をおぼえさせるだけの自己満足な座り込みをやっている。自分の息子も死んだ、と言っても、相手は自分のクサい演技を繰り返してみせるだけ。一番訴えたい相手はホワイトハウスの中。一方で唯一話が通じそうな相手も、明らかなバカ。あのおばさんの、孤立無援ぶりと絶望をあれほど深く描き出せるとは。
もちろんそれは、ある種にイメージ戦略だ。その意味では相手方と同じかもしれない。でもそれが何かいけないかね。イメージ戦略がいちばん効く相手に対して、イメージ戦略を使うことになんのためらいがいるだろう。これよりもっと有効で、しかもイメージ戦略をアウフヘーベンするようなやり方があるならともかく、そんなものはおえらい社会学者でさえ提案できていない。れじちましーがどうしたとかいう愚にもつかないご託に、あの映画のかけらほどの力でもあるかね。唐沢俊一は、この映画はイメージの持つ単純化力にムーアがのみこまれる過程が見えているから賞賛できないそうな。まあいいんですけど、それってあなたが心配してやること?
で、ムーアの戦術は成功してくれるだろうか。ケリー候補はやっとイラク撤兵を明言したし、もしブッシュが落選すれば、ムーアの狙いも本気で実現されそうだ。そうなれば、結局何をしにいったんだかよくわからない自衛隊も帰ってこれる。ケリー候補が当選したら通商がらみで対日強硬策になるとかいう声もあるけれど、でもかれがブッシュのやみくもな金持ち減税でない、ちゃんとアメリカの短期的な景気回復につながるような施策をしてくれれば、そんなものは問題にならないくらい日本の貿易にとって――そして世界の貿易にとって――メリットがあるだろう。もちろんぼくたちに何ができるわけでもない。でもこの映画を見ておくことで、少なくともこのアメリカ大統領選に何がかかっているかくらいはわかるようになるんだ。
近況:また、ムーアはネオコンの手先であると主張したのは田中宇だ。この電波ぶりにはさすがに笑った。この人、ホントにこれでジャーナリストなのぉ?
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