CYZO 2000/08号。表紙は須藤温子 山形道場 復活第 15 段

「中谷巌の利用価値」

(『CYZO』2000 年 08 月)

山形浩生



 さて、前回は中谷巌の『 e-エコノミーの衝撃』(東洋経済)のダメさ加減について説明した。この人はご存じのように、もともと一橋大学の先生で、それがソニーの社外取締役になるときに日本の国立大学の兼業規定にひっかかって、大見得切ってやめた。でもそもそも、なぜソニーがあなたなんかを社外重役にしようと思ったか考えてみたことがあるか。実はこの本の中には、社外取締役の意義についていろいろとご託を述べた部分がある。要するに、社内のしがらみにとらわれずに各種事業の有望性を評価できるから、ということだそうだ。

 でも、あなたに事業の有望性がホントに評価できるの? プレステ2をつくろうってときに、「中谷せんせぇ、こんなもの開発しようと思ってんですが、どうでしょう、モノになりますかね」ってなことをソニーがおうかがいたてにくるだろうか? こないだろう。だって、経済学者にそんなものが評価できるわけがないもの。少なくとも中谷には無理だ。だって『e-エコノミーの衝撃』にもプレステ2の意義とか話は出てくるけれど、プレスリリースと、きいたふうな日経式業界記事を焼き直しただけの代物で、目当たらしさは皆無。ソニーの提灯持ちみたいなことを書いているだけなんだもの。

 じゃあなんだろう。ソニーが買っているのは、もちろんあなたが経済学者としてこれまで築いてきた業績であり肩書きだ。広い視野でビジネスを見ています、というポーズがしたいから、中谷巌を雇おうという話だ。目先の現象にとらわれず、経済学的な知見で冷静な評価ができます、というのが、中谷巌の持つ唯一の商品価値であるはずなのだ。それが『ビジネスウィーク』や『週刊ダイヤモンド』かなんかの特集記事をそのままひきうつしたような代物を書いたらどうなる? 目新しい視点もなく、ぼくですらつっこめるような穴だらけの議論を平然と書きなぐるやつに無駄飯喰わせて、出資者にもうしわけがたつ?

 あるいはソニーの腹はちがうのかもしれない。自分の思い通りに動く広告塔がほしいだけという可能性もある。宮崎哲弥がかつて、中谷巌はかつては護送船団方式支持者で、それが最近日和って競争支持者になったと指摘しているし、そういう転身ははやいようだ。『e-エコノミーの衝撃』の中身は、なにかと言えば井出社長が云々と、見事な九官鳥ぶり。でも、その九官鳥に価値があるのは、人々がそれに耳を傾けるからだ。そして人々が中谷巌に耳を貸すのは、経済学者としての経歴があればこそ。それがなければ、だれも中谷巌になんか耳をかさないぞ。

 どっちにしても、あなたは自分の経済学者としての評判をもチッとだいじにしないと、後がないんだ。それだけがあなたの商品価値なんだから。「取締役会やそれ以外の数多くの会合におけるさまざまな人たちとのホッとな議論は、それまでアカデミズムの中にいた著者を覚醒させてくれたような気がする」と中谷は序文で書く。下手に覚醒しないほうがいいぞ。あなたにアカデミズム以外のものがある? なまじ覚醒剤(比喩)に手ぇ出すとこわいんだから。あなたは、自分の大衆的人気の実績をもってすれば、何をやってもそれを切り売りしてあと十年くらいはいけると思っていただろう。でも、大衆的人気なんて、ホント水ものなんだからね。それにこの世界、下からもだんだんうるさいのが突き上げて、揚げ足取ろうとして手ぐすねひいておるのだ。そこへ自分でこうやってその実績を根こそぎひっくり返すような真似をしてたら、年内にもあなたの商品価値はまったくなくなって、切り捨てられるだろう。そしてその後に待ってるのは、あなたがこの本で否定してる頭の固い(けど物忘れの激しい)オールドエコノミーのおっさん相手の、どさ回りサーキットだぞ。そこんとこよく考えてみるよーに。

近況:なんか最近、一ヶ月続けて日本にいることがありませんのです。やれやれ。今回はめずらしく先進国のカナダから。



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