CYZO 2000/07号。表紙は品田ゆい 山形道場 復活第 14 段

『eエコノミーの衝撃』の衝撃

(『CYZO』2000 年 07 月)

山形浩生



 中谷巌『eエコノミーの衝撃』はゴミクズ以下の本で、バカにするため以外の目的でこの本を読むのは、積極的に恥ずかしいことだ。本屋で手に取るのも、バカがうつるので手袋をしたほうがいい。今回ぼくが言いたいことはこれだけだ。

 ぼくは、中谷巌というのは、腐ったにしても一応は経済学者だと思っていた。学者としての手続きや矜持や、これまでの学問的成果に対する敬意や、何よりも良心のかけらくらいはあるだろうと思っていた。ところが本書には、それが皆無。いたるところ、そこらの泡沫ビジネス雑誌のネット経済特集と一言半句変わらない。どこを見ても目新しい内容がまったくないどころか、ことだ。しかもそれが、情報や技術はおろか、経済についてすらまちがいだらけ。

 情報をデジタル化したからコンピュータは画期的、と中谷は言う。「デジタル」の意味を知らないな。言語を含め、ほとんどの意味ある信号はデジタルなのに。ITSでカーナビ端末に各種サービス情報を流すのに、専用の人工衛星がいるとか。どうしてよ。携帯ですら衛星使ってないんだよ。技術面も暗いな。

 さらにアマゾンなどのeビジネスは収益逓増が働くんだって。どこに? マイクロソフトなら、デファクトの独占でそれが可能ではある。でもアマゾンは? どうやって収益逓増させる? 説明できないでしょう。ここ数ヶ月、ネット企業は続々とリストラ。イギリスで鳴り物入りで始まったboo.comも先日倒産。ネット商売は、たちあげが簡単な分、乗り換えも簡単だし、顧客が値段を比べたり二股をかけるのも簡単。収益が逓増したり爆発したりするような仕組みって、よく考えるとむずかしいぞ。一時華やかだったISP商売をごらん。いまはどこも、スズメの涙ほどのマージンでヒイヒイ言ってる。おねがいだからさ、情報経済がナントカとか口ばしるんなら、ヴァリアン他『ネットワーク経済の法則』くらい読んでね。

 そして情報革命を生かした今後の主役たる新世代企業と、消えゆく旧世代企業との差は、いまや株価の差で明らかだ、と中谷は言う。本書の書かれた三月にはそうだったかもね。それがこんなにすぐ大幅に下がるとは、いやあなたも運が悪い。でも、株価が業績や将来性を忠実に反映するものじゃないことくらい、経済学の常識でしょうに。

 そしてネット企業は、高騰する株価を背景に、新日鉄や日債銀などの旧企業を買収し、日本経済を牛耳るようになるんだって。でも、どうしてそのネット企業は、そんな古い成長の見込めない旧産業を敢えて買うわけ? 株価が下がるだけでしょう。そして株価が下がったらどうなるか。中谷がほめそやすストックオプションから何から、すべてがくずれる。それが現実となってしまった五月末の現在、中谷はどう申し開きをするのかね。あんたのソニーでの役割って、目先の株価高騰に浮かれたりしがちな人々を、経済学的な知見でもっておさえるとか、そういうことじゃないの? それが経済学忘れて、いっしょに浮かれてどうすんのよ。

 そして肝心の経済でも、日本は3-4%の持続成長が可能とか(トホホ)、アメリカでは失業が下がってもインフレにならないとか。ウソだからね。もう1年以上前から、アメリカで労働コストがどんどん上がってきているのは指摘されていた。それが、原油価格なんかの低迷で表に出なかっただけ。だいたい中谷は一方で「優秀な人材を獲得するためなら企業はいくらでも金を出す」と書いている。だったら労働コストはあがるに決まってるじゃないか! それにアメリカの生産性だって、上がってるのはコンピュータ製造業だけだ。ほかの部門は相変わらずなのに。学者のくせに見てないのか……

 と書いたところでぼくは気がつく。そういやこの人、もう学者じゃないんだよね。でも、学者じゃないんなら、この人の価値ってなんなんだろう。というところで、衝撃の次号を刮目して待て!

近況:あー、発売時には、たぶん二回目のモンゴルから帰ってきてるはず。今回はウランバートル北半分のレストラン制覇しまーす。



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