CYZO 2000/06号。表紙は中根かすみ。なんか顔つきがどんくさいとは思うのだ。 山形道場 復活第 13 段

またもや新聞

(『CYZO』2000 年 06 月)

山形浩生



 一ヶ月ぶりにモンゴルから帰ってきてみると、小渕は死にかけてるし、有珠山は噴火してるし、株は暴落してるし(ざまみろ、ほら言わんこっちゃない)、そしてぼくは珍しく本業の不動産がらみで、取材を受けたのだった。

 最近の新聞を見ていると、どうもかなり粗雑でへたくそな情報操作が入っている。景気関係で、悪いニュースは控えめに、よい(あるいは株価を煽るような)ニュースだけ、大きめにとりあげましょう、という傾向が明らかに見て取れる。ぼくはこれは、新聞社と政府カナンかが共謀してやっているんだと思っていた。でも、今回取材を受けて思ったのだが、どうも新聞側は何も考えていないのではないか。ともに謀るどころか、動かされてるだけじゃないだろうか。

 もともと、不動産とか開発の分野はプレーヤーが少ない。特にいまはそうだ。その分、情報操作しやすいのは事実。「この世界では、A 社の N 氏と M 社の T 氏と、ウチが口裏あわせておけば、新聞なんてみんなその通りに書いちゃうんですよ。連中、何も知りませんから、わははは」とそのプレーヤーの一人がよく笑っている。

 そして確かに、今回取材しに来た人は、まるっきり何も知らなかった。さらに明らかに常識のないことを平気で聞いてくる。たとえば、今後東京では、新しい大型のビルや開発がたくさん市場に出てくる。景気だってまともに戻ってないのに、供給過剰でやばいんじゃないの、賃料が値崩れするんじゃないの、というのが常識的に考えることだろう。

 ところが取材にきた記者さんは「大型物件が出てきて、賃料は上がるでしょうか」と聞いてくる。

 うーん、なんで供給が増えて値段が上がると思うんだろうか、この子は。そりゃまあ、いろんな条件をたっぷりつければ、そういう事態もないこたぁなかろう。でもそれは、それに見合うだけの需要があればの話で、そんなものいまの東京のどこを叩くと出てくるのやら。万事がこの調子なんだ。

 聞けばこの子は、なんとこの 4 月に入社したほやほやの新人。研修が終わって配属になってわずか 1 週間。それが 1 人でやってきて、ここまで馬脚をむきだしにした「取材」をして、そして原稿を書いて、それが新聞に載るのか。

 もちろん、まあ上司(デスクとかいうの?)とかが一応は原稿をチェックして、極端に変なところは見直すんだろう。一応、ほかの人にも取材して、まあなんか多方面の意見をまとめたりはするんだろう。それでも、よくてもこの子は、聞いたことをそのまま適当に並べる以上のことはできないだろう。A さんはこう言った、B さんはああ言った――そういう羅列をして、なんか公正なバランスの取れた記事を書いたようなふりをして、それだけだろう。その発言について何らかの判断をするにしても、せいぜいが「上がると言った人が 2 人で、下がると言った人が 1 人」とかいう粗雑な多数決くらいだろう。

 そしてこの子が場数を踏めば、事態は改善されるだろうか。まさか。たぶん、ますます混乱して整理がつかなくなるだけだろう。かわいそうに。

 取材される側の、メディアへの正しい対応、というのがある。それは、相手の質問は無視して、自分のしゃべりたいことを堂々とまくしたてる、というやり方。テレビも新聞も、なんだかんだ言いつつ、手ぶらじゃ帰れない。こちらが一方的にしゃべれば、最終的には連中はそれを伝えるしかないのだ。でも、なんかいまの日本の状況は、すでにそんな手口すら必要ないところにきているのかもしれない。本誌の連載第 1 回で、新聞なんか読まなくていいという話を書いた。新聞は情報操作のツールで、でもどうも一部のメディアを除いてその自覚がなくなりつつあるんじゃないか、という話も書いた。けれど、今回ぼくんとこに取材にきたのは、そのとき除いた「一部のメディア」の一つなのだった。うーむ、総崩れではないか。本当に大丈夫なんだろうか、こんなことで。

近況:ここ数年懸案の。Linux日本語環境の本がやっと書き上がったぞ! しかしわれながら超マニア向けの異様な本。だれが買うんだ、こんなもの……



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